○その棒で何をするつもり?!

 翌日、5月の4日目。今日からしばらく、私はルゥちゃんさんのお店で働くことになっている。というのも昨日のトーラス騎乗講習の後、ルゥちゃんさんからお店で働かないかという勧誘を受けたからだ。

 私自身、ルゥちゃんさんには苦手意識があってためらったのだけど、


『報酬は1日20,000nよ?』

『やるわ』


 高額なお給金の前では、多少の苦手意識には目をつむりましょう。ケーナさんの時と違って、ルゥちゃんさんとは知らない間柄でもないしね。

 しかも、事前に聞いている仕事の内容は荷物の配達だ。いつも冒険者ギルドでやっている事と同じなのに、金払いが良いだなんて。こんなに美味しい話は無かった。それにしても、どうしてルゥちゃんさんは最初会った時に誘うのではなくて、昨日勧誘してきたのかしら。


「気が変わった……? ルゥちゃんさんならあり得そうね……っと、着いた!」


 乗合馬車を乗り継ぐこと2つ。私はファウラルの中心地に店を構えるルゥちゃんさんのお店である『工房・ルゥ』に来ていた。


「お店の名前、そのまんまなのね」


 通りにある他のお店と比べると小ぢんまりした印象の、歴史がありそうな店構えね。通りに面した壁はケリア鉱石……じゃなさそう。これはガラス製ね。高い透明度の見世窓の奥には素敵な婦人服・紳士服それぞれが数着ずつ飾ってあって、お店の技術を示す役割を担っていた。

 入り口のドアを開くと、軽やかな鈴の音が聞こえる。開店前だから魔石灯は灯っていなくて、見世窓から差し込む朝日だけが店内を照らしている。内装は非常に簡素な造りで、受付台とお客さんが待つための机と椅子のセットが2つあるだけだった。


「人は……居ないわね。ルゥちゃんさーん! スカーレットよ、お仕事に来たわー!」


 入り口に立ったまま、受付台の扉の向こうに居るだろうルゥちゃんさんに声をかける。少しして、扉の奥から出て来たルゥちゃんさんを見て私は驚くことになった。


「あら、もう朝なのね? ご機嫌よう、スカーレットちゃん」


 私に気付いたルゥちゃんさんが、いつもの調子で挨拶をしてくる。のだけど、その顔はどう見ても不健康そのもの。赤く波打つ髪は乱れていて、目の下には分かりやすくクマがある。どう見ても、寝不足だった。


「ルゥちゃんさん、きちんと眠ったの?」

「うふふ。心配してくれるのね? ええ、1時間はきちんと眠ったわ。だけど、昨日遊びに行った間に溜まった仕事をしなくちゃいけないの」


 昨日というと、ハルハルさんによるトーラス騎乗免許講習のことね。ルゥちゃんさんは訓練場が見える長椅子で楽しそうに私たちの様子を見ていただけだったけれど……。


「こうして無理をするくらいなら、途中で帰れば良かったじゃない」

「どうして? 母親として、友人として。娘とお友達が楽しそうに遊んでいる姿を見なくてどうするの?」


 小さなお口で大きなあくびをしながら、当然だと語るルゥちゃんさん。昨日は決して遊んでいたわけじゃないけれど、ルゥちゃんさんにもルゥちゃんさんなりの考えがあるということかしら。だったらもう、私がとやかく言うべきじゃないでしょう。母親の気持ちなんて、私に分かるわけがないしね。ひとまず自分勝手なだけじゃない人ってことが分かって一安心だわ。

 受付台の裏に肩掛けカバンを置きながら、眠そうなルゥちゃんさんに聞いてみる。


「そう。それじゃあ今日から改めて、よろしくお願いするわ。私は何をすればいいの? 仕立てた服の配達と聞いているけれど」


 仕事内容はきちんと事前に聞いている。それ以外の仕事を請け負うつもりがないことも伝えてある。……そう。伝えていた、はずなのに。


「うふふ。それじゃあとりあえず、工房の中に入って? 服を着替えてもらうから」


 私よりも小さな手で私の手を取ると、有無を言わせずに受付台の奥にある扉の向こう――工房へと引きずり込まれる。そこは表よりもはるかに広い空間があって、沢山の人形と機織はたおりり機、ルゥちゃんさんと同じく顔色が悪い従業員さんらしき女性たちが複数人居た。


「みんな、手を止めて。この子が昨日紹介したスカーレットちゃん。今から貴方たちにはこのを着つけて頂くわ?」

「ちょ、ルゥちゃんさん?! 私、着替えるだなんて聞いてな――」

「それじゃあ――始めて」


 私の意見なんて無視して、ルゥちゃんさんが指示を出す。すると、ゆらゆらと揺れるように立ち上がった従業員さん達が虚ろな目で私を見た。


「ひぅっ……」


 感情が見えないいくつもの目が私を見ている。負の感情を持って見られることには慣れているつもりだけれど、人形にも負けないくらい感情のない瞳がこうも集まると……怖い。ええもう、どうしようもなく怖いわ。

 生物としての本能でしょう。いつの間にか私の足は後ずさりを始めていた。だけど頭には至極真っ当に「初対面の人に対して挨拶しないと」という義務感がある。結果、


「あ、えっと、私はスカーレット。職業は死滅神で――きゃぁぁぁ!」


 逃げ遅れた私は、従業員さん達に押し倒されてもみくちゃにされる。


「ちょ、みんな落ち着いて?! こう見えても私、死滅神で――」

「黒髪、赤目、釣り目、童顔……。カトリ、あの服を持ってきて!」

「胸は、中の下……いや、下の上ね。って、ブラが合ってないじゃない! これだから素人は」

「ちょ、人に下着を取られるのはさすがに恥ずかし……やめ――」


 ショーツ以外の身ぐるみをはがされたかと思うと、恥ずかしがる間もなく今度は服を着せられていく。自分で脱ぐのは恥ずかしくないし、人前で裸になることにもそれほど抵抗はないけれど、他人に服を脱がされるととたんに恥ずかしいのはどうして?


「あれ、この娘が着てた服もなかなかいいわね……これも保管しておいて! かなり丈の短いボトムスを合わせるから、ムダ毛を――」

「ちょ、そこは」

「――無い。脇も大丈夫そう。というより毛穴1つないわね。きれいはお肌、羨ましい!」

「先輩、言われた服持ってきました!」

「よくやったわ、それじゃあカトリはお化粧の準備! マルエナ! 髪のセットの準備もして!」

「は、はぃぃぃ!」

「下着はこれで良いわね。これから動くから肌着はこれで……」


 手足を押さえつけられたかと思うと、今度は地べたに座らされて上の服を着つけさせられる。すぐに立たされたかと思うと、今度はズボン。椅子に座らされたら靴を履かされて、最後には手足を拘束されて抵抗できなくされた。

 会話の内容もろくに吟味できないまま、視線を上げた先には、息を荒くしながら口元に笑みを湛えて見つめて来る無数の目がある。


「お、お願い。みんな落ち着いて? ね? こんなことされなくても、私もう、抵抗しないから」

「ごめんね、スカーレットちゃん。だけど、一応ね?」


 先輩と呼ばれていた人間族の女性が、私の髪を撫でながら微笑みかけてくれる。だけど、その笑顔になぜか恐怖を覚えた私の喉が「ひくっ」と鳴る。と、マルエナと呼ばれていたおどおどした垂耳たれみみ族の女性が赤く熱された棒を持ってきて、私の目の前に掲げた。


「ま、マルエナさん? ねぇ、その棒、どうするの? ねぇってば、何か言って?! 怖いわ!」


 さすがに身の危険を感じた私は必死で身をよじって椅子ごと逃げようとする。けれど、すぐに椅子はカトリさんが押さえられて、ピクリとも動かなくなった。


「だ、大丈夫ですよ~? 熱くないはずですから」

「『はず』って何?! ねぇ、お願い、もう少し説明を……」

「ごめんね、スカーレットちゃん。これも、店長ルゥちゃんの指示だから」


 そんな先輩さんの言葉で、私は察する。……そう、そういうことね。やっぱり私はルゥちゃんさんにめられたんだわ。そうと分かったなら、覚悟を決めなさい、スカーレット。こうなる可能性があることが分かっていてなお、私は人を信じなければならないのでしょう? だったら!


「良いわ、受けて立とうじゃない! 私は死滅神よ! どんな仕打ちだって真正面から受け止めて見せるんだからっ」


 手足を縛られたままだけど、心だけは私の物だ。どんな痛めつけにも、はずかしめにも屈しない。そんな意思を込めたにらみつけを見せてもなお、従業員さん達は止まらない。


「そ、それじゃあ。失礼しますぅぅぅ!」

「あ、うそ、そこは……それだけはダメっ」


 結局、私の抵抗は実らないまま、私が大切に守ってきた尊厳は熱された棒によってはかなくねじ曲げられてしまうのだった。

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