○リアさんの成長
ファウラルに来てから1週間が経った。季節は5月に移って、各地の気温が上がり始める。ファウラルがあるカルドス大陸は、7つの大陸の中でも最も年間の平均気温が高い場所でもあるわ。だからこの時期は、普通なら半袖でも暑いくらいなのでしょうけれど、ファウラルは例外ね。
ファウラルは大きな
そして、今日はその逆の日。
「聞いていた天気
「うん。ファウラルの外はあいにくの雨だけどね」
雨を落とす空を、晴れたファウラルの町から見上げる。そんな奇妙な気候の中、私とサクラさん、リアさんの3人は、ファウラルの町の中心地近くにある中央公園に来ていた。転移陣を直すことが出来る技師さんを探す日々が続く中、今日は息抜きになる予定の日だった。
「まだかな~、まだかな~?」
「そう焦らないでサクラさん。もうすぐ約束の時間だから……来た!」
時計台がある公園のベンチに3人並んで座っていると、正面奥の広い道を歩く、赤いローブ姿の女性が目に入る。母親譲りの赤い髪と赤い瞳。そして、翼族と人族の混血なだけあって、高いステータスに恵まれた才女。勇者の徒党に選ばれるほどの実績と成果を上げている貴族の1人。その女性の名前を、待ちかねたとばかりにサクラさんが大声で呼ぶ。
「ハルハルちゃ~ん! こっち、こっち!」
ベンチから立ち上がって、飛び跳ねる勢いで手を振るサクラさん。彼女の元気が届いたのでしょう、ハルハルさんが私たちに気付いて、赤いローブを揺らしながら駆けて来た。
「お待たせしました、死滅神様。サクラに、リア」
迷宮で会った時よりも幾分か砕けた口調で私たちに挨拶したのは、ファウラルの神童という異名を持つ人間族の女性ハルハルさんだ。今日は長い髪を1つにまとめて、後頭部にお団子を作っていた。
「死滅神様。改めて先日は、お母さんが迷惑をかけてすみませんでした」
「良いの、気にしないで? それより私たちの方こそ、今日はよろしくお願いするわ?」
「はい、任せて下さい! それじゃあ早速、飛行訓練場に移動しましょう。使用申請はしてあります」
金の刺繍が施された赤いローブの裾を揺らすハルハルさんの後を私たちが追う。そう、ハルハルさんのお母様であるルゥちゃんさんに連れ去られたあの日。どうしてもお詫びをしたいと言ってくれたハルハルさんに、私はトーラスの免許講習をお願いしてみたのだった。
ハルハルさんが持ってきてくれた練習用のトーラスをそれぞれ受け取って、飛行訓練場を目指す。
「私たち、もう既にトーラスの使い方を教えてくれる魔法使いに
ハルハルさんが金階級の魔法使いだと聞いた時はびっくりしたけれど、思えば当然よね。国が召喚した勇者ショウマさんと同じ徒党に居たんだもの。相当の実力と実績を持っていないと、勇者に同道することなんてできない。迷宮で見たあの強大な魔法だってそうよ。あんなものを一般人がホイホイと使えていたのだとしたら、とっくにフォルテンシアは滅んでしまっていたでしょう。
訓練場に向かう道すがら、私はまじまじとトーラスを見ているリアさんに話しかける。
「どう、リアさん? 空を飛ぶの、怖くない? 私は少し怖いわ」
キリゲバと違って、私たちには即死無効なんてない。落ちる高さに関わらず、打ち所が悪ければ簡単に死んでしまう。自由に空を飛ぶことに心躍るけれど、同時に少し、怖かった。
私の問いかけに、リアさんは上空を見上げる。そこには自由気ままにトーラスで飛び回るファウラルの人たちがいる。やがてもう一度私を見たリアさんの顔は……。
「ふふっ。やっぱり、怖いわよね?」
「……はい。
両手でぎゅっとトーラスの柄を握りしめるリアさん。フェイさんの記憶が戻ったからかもしれないけれど、最近ようやくリアさんに“自分らしさ”が見えるようになってきたように思う。夜這いの数も極端に減ったし、自分から話すことも増えてきた。
表情だってそう。トーラスの試乗に誘った時も、意を決したように形のいい眉をほんの少しだけ逆立てていたし、今も。怖いと言って、少しだけ身をすくませている。
「きっと他の町では出来ない貴重な経験になるから、一緒に頑張りましょう?」
私自身の中にもある恐怖をごまかすために、リアさんの柔らかい右手を握る。
「スカーレット様……」
私の名前を呼んで、うっとりした顔を寄せて来るリアさん。嬉しい時に言葉ではなく“行為”を求めて来るところは、変わらないのよね……。
「
「……。分かりました」
眉尻を下げて、シュンとしてしまったリアさん。結局、言った通り腕を絡めて身体を引っ付けてくる。ちょっとだけ歩きづらいけれど、リアさんのひんやりとした肌が心地良い。
「その子とも仲良しなのね、スカーレットちゃん?」
リアさんと腕を絡めて歩いていると、そんな声が聞こえる。
「そうね、ルゥちゃんさん。仲良しと言うかリアさんとは姉妹みたいなもので……うん? ルゥちゃんさん?」
リアさんの反対側、トーラスを持つ私の右手側に、波打つ赤い髪の小さな女の子ルゥちゃんさんが居た。しかも、トーラスに乗った状態で、だ。この前宮殿で会った時に聞いた話だと、ルゥちゃんさんはこの時間、自分が営む裁縫のお店にいるはずなのだけど……。
驚きのあまり立ち止まってしまった私は、隣でふよふよ浮いているルゥちゃんさんのひし形をした瞳孔を見て尋ねる。
「えぇっと、色々聞きたいことはあるけれど……どうしてここに?」
「
うふふ、と笑って当然のように言ったルゥちゃんさん。私、誘拐されたこともあってこの人が少し苦手なのよね。あと、何を考えているのか分からない。メイドさんと似た雰囲気があるけれど、メイドさんと違ってルゥちゃんさんの場合は基本的に自分本位な言動が目立つ。
悪い人ではないのでしょうけど、余り頻繁に関わりたい人では無かった。……そう思うと、あの変態聖女シュクルカさんみたいね。今頃彼女、どこで何をしているのかしら?
「ひぃちゃん、その可愛い女の子は? また町で女の子引っかけたの?」
私がシュクルカさんの茶色いモフモフの耳と尻尾に想いを馳せていると、ルゥちゃんさんの存在に気付いたサクラさんが振り返って聞いてきた。「引っかける」の部分を問い詰めたいところだけど、まずは紹介する方が先ね。
「この人はルゥルゥさん。ハルハルさんのお母様よ」
「え、ハルハルちゃんのお母さんが居るの?! どこ? 挨拶しないと」
手でひさしを作って、きょろきょろと周囲を見回すサクラさん。……そうよね、目に見えているものが見えなくなることって、あるわよね。すぐに小芝居を止めて現実を受け止め始めたサクラさんが、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……待って。ちょっと待ってよ、ひぃちゃん。どう見ても小学生くらいのその女の子が、ハルハルちゃんのお母さん?」
「初めまして、ルゥルゥよ。ハルハルの母親でもあるわ。トーラスの上から失礼するけれど、よろしくね?」
「おぉう、これ、マジなやつだ……。えっと、よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げたサクラさんに、ルゥちゃんさんは柔和な笑みを返す。と、
「みんなどうしたのって……お母さん?!」
私たちが足を止めていたことに気付いたハルハルさんが、ここでようやくルゥちゃんさんの存在に気付いたみたい。力強い足取りで歩いてくると、そのままルゥちゃんさんに詰め寄る。
「なんでここに……っていうのは大体分かるから、お店はどうしたの?」
「臨時休業したわ」
「はぁ?! 勝手に休んで、お客さんが迷惑してるでしょ?!」
「大丈夫よ。あちらさんもわたくしのこと、よく知っているはずだから」
笑顔を崩さないルゥちゃんさんに、ハルハルさんが大きくため息を吐く。まさに自由気ままを地で行くようなルゥちゃんさんに振り回されるハルハルさんが、少しかわいそうね。なんて思っていたら。
「ハルハルちゃん、振り回されるその気持ち、わたしもよ~く分かる。でも、仕方ないんだよね、好きだから」
項垂れるハルハルさんの肩に手を置いたのは、サクラさんだ。
「サクラの話も迷宮で聞いたもんね。本当、お互い苦労が絶えないわね」
迷宮で1日と少し一緒に過ごしたけれど、私が知らない間に2人は仲良くなっていたみたい。年も近いし話しやすかったのでしょうね。……それにしても、サクラさんってば「振り回される」だなんて。知らない間に厄介ごとに巻き込まれていたのね。
「サクラさん。もし困っていることがあるんだったら言ってね? 私も解決するのに協力するから」
力になりたくてそう言ったのに。
「……ほら、ね? これだよ、ハルハルちゃん」
「うちと違って本人に自覚無いだけマシよ、サクラ」
返って来たのは、サクラさんとハルハルさんによるどこか生温かい視線だけだった。
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