○トーラスに乗ってみた!
「よいしょ……っと」
工房『ルゥ』の前の大通りで、私はトーラスに
トーラスは、金属製の細い
「安全ベルト、装着済み。左方、良し! 右方、良し! 後方も……良し! それじゃあ、行ってくるわ、ルゥちゃんさん!」
「ええ、気を付けるのよ? 練習機と違って、燃費も加速も最高速度も、段違いだから」
今回私が乗るのは、ルゥちゃんさんのお友達が作ったという特製のトーラスだ。講習の時に使った練習用のトーラスと比べて柄は長くて太く、三角錐も大きい。全長は2.5m近くありそう。しかも、2人乗り用の座席に加えて荷物を引っかけるための装備まで付いている。
どう見ても初心者が乗る物ではないのでしょうけれど、これに乗って配達することがルゥちゃんさんに示された最後の条件だった。曰く、私が『工房・ルゥ』の服を着て飛び回ることで、お店の宣伝の効果を期待しているそうよ。
初めて会った時に勧誘してこなかったのは、私がトーラスに乗れないことを知っていたからなのね。そしてあの日、私が免許を取ったことを確認したから、お店に勧誘してくれたみたいだった。
「それじゃあ、えぇっと……まずは変換効率を1に設定して……」
講習で習った通りの手順を確認していく。落下しても大丈夫なように
すると四角錘の部分が赤く輝き始める。飛空艇にも使われている〈飛行〉のスキルを持つ魔石に、燃料部から魔素が流れている証拠だ。数秒すると、大地を踏みしめていた私の足がゆっくりと宙に浮かび始める。同時に股に全体重がかかるのだけど、ルゥちゃんさんのトーラスは特別品で、騎乗部にきちんと緩衝材が敷いてある。おかげで、それほど痛くない。
「空中の姿勢、安定……。忘れ物も無いわね。よし、変換効率を2に!」
地上3m付近まで浮いたところで、指示器の出っ張りを「2」の所まで移動させる。こうすることで、魔素がより多く流れて浮かび上がっていく速度がグンと増す。この時に気を付けるのは、すでに上空を飛んでいる他のトーラスとぶつからないようにすること。基本的には相手方が避けてくれるけれど、なるべく邪魔をしないように、とハルハルさんに言われていた。
周囲に目を配りながら、浮上していくことしばらく。どの建物よりも高い地上100m以上の「飛行帯」と呼ばれる高さまで来たところで、指示器の出っ張りを「3」の場所に入れる。同時に、トーラスをゆっくり前方に傾けると、トーラスが前進し始めた。
「前傾で直進、後ろに倒して減速。曲がる時は先端を曲がりたい方に向けて……きゃっ!」
周囲を高速で飛び交うトーラスが、私の服を揺らす。髪は……お団子にしてあるから大丈夫ね。もし大きくなびくようなことがあれば、交差する時に他の人の目に入ってしまうかもしれない。
「あっ、だからルゥちゃんさん達は髪をまとめてくれたのね」
思えば講習の時、ハルハルさんも長い髪を丸くまとめていた。法律違反ということではないけれど、他の人を思いやってのこと。些細なことにも意味があるんだわ。
「っと、それよりも。配達をしないと。給料泥棒だなんて言わせないんだから」
今日はまず、ファウラルの北西部に居るゾーザさんに紳士服を届けることになっている。徒歩で移動すれば6時間、乗り合い馬車を乗り継いでも1時間くらいかかる道のりを、トーラスなら30分で走破出来てしまう。
「ま、
まだ運転になれていない私は、1時間で約40㎞の速度のまま、最低高度を飛んで移動する。速く飛ぶときは「高速飛行帯」と呼ばれる上空を飛ぶ。追い抜くときは右側から。交差する時は右側の人が優先。色んな決まりがあって、勉強に手を焼かされたし、訓練で初めて飛んだときは手足が震えたけれど……。
「空を飛ぶって、気持ち良い!」
足元を流れる町並みを見下ろしながら風を受けて飛ぶことなんて、これまであるはずもない。初めての体験に心躍らせないなんて、無理な話よね。周囲を見ながら、目一杯ファウラルという町を上空から堪能する。
「あれは……運動場があるから学校かしら? あれは、破壊神の神殿ね。逆にあっちに見えるのは……創造神の神殿! テレアさん、今頃どこに居るのかしら」
空中にいるとゆっくりに見えるけれど、これでも馬車より早いというのだから不思議ね。ついでに、このトーラスは
「不思議と言えば〈飛行〉のスキルもそうよね。メイドさんが昨日、得意げに話していたような気もするけれど……」
滑らかな手袋をした指をフリフリ。楽しそうにぺらぺら。メイドさんが話していたけれど、講習で疲れ切っていた私はあまり聞いてあげられなかった。
「メイドさん。技師さん探しに苦労しているみたいだけど、見つかったのかしら」
上空から、白金の髪と黄緑色のメイド服を探す。まぁ、見つかるわけも無いのだけど。独り言が多いのは寂しいからとか、こうして見るとちょっと高くて怖いから、じゃない。
「安全ベルトも安全装置もあるし大丈夫よ、私!」
そんなふうに上空からの観光を楽しみながら移動すること、40分弱。ゾーザさんの家が見えてきた。ルゥちゃんさんの取引相手にはいわゆるお金持ちが多いらしい。ゾーザさんも例に漏れず、背の高い建物が多いファウラルの中では珍しい平屋建てで庭付きの家に住んでいた。
「着陸する時はまず低速飛行帯に……ってここがそうだから変換効率を0にして、後は安全装置に任せてゆっくり降下して行く……」
きちんと言葉にして確認しながら、着陸の手順を踏んでいく。トーラスには、もしもの時のためにゆっくりと降下する安全装置が必ず付けられている。着陸の際は、その装置の機能を使って時間をかけて降りることになる。
「慣れた人はトーラスを地上ギリギリまで落下させるらしいけれど……」
魔力の変換を完全になくす「停止」の場所に出っ張りを入れると、〈飛行〉のスキルの効力が完全になくなって落ちることが出来る。そして、ある程度の高さまで落ちたら変換効率を「1」か「2」に入れて再び〈飛行〉のスキルを発動。落下の速度を相殺した後、「0」に入れて着陸すると言う裏技もあるらしい。時間を短縮する際に使われる技術らしいけれど、失敗による事故も多いとか。少なくとも、トーラスに乗りたての私にとってはまだまだ早い技術だと言えた。
3分くらいかけてゆっくり降りて行くと、ようやく両足が地面を踏む。ずっと空を飛んでいると平衡感覚が狂ってふらふらするから注意しないと。
「最後に魔素の変換を停止させて……着地!」
30分間と少しの飛行だったけれど、楽しかった。でも同時に、初めての飛行で身体は緊張していたみたい。額と手のひらには、私が思っていた以上の汗をかいていた。
本体だけで3㎏以上あるトーラスだけれど、四角錐のおかげで地面に立つように設計されている。荷物をフックから取り外してトーラスを自立させた私は、目の前にあるゾーザさんの家の呼び鈴を鳴らす。しばらくしてやってきた
「魔石残量は100分の62。出た時が90だったはずだから、28消費したのね」
数値にすると28だけれど、動力源である四角錘には10,000n相当の魔石が入っていたはず。だから、
「30分の飛行で3,000n……。なるほどね」
参考までに言うと、乗合馬車でここまで来ると大体500nくらい。トーラスを普段使いしない理由の1つがよく分かる数字だと思うわ。しかも、ルゥちゃんさんの言葉を信じるならこのトーラスは魔石の変換効率がかなり良い方の機体らしい。安いトーラスだと、一体どれくらいのお金と魔石がかかるのかしら。
「便利な物にはお金がかかるのね」
やっぱり何事にもお金がかかることを確認した私は再びトーラスに
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