○私にはまだ早かったのね……

 0番地中央部からやや外れた位置にある宿『オーミ屋』。もうすぐ夜も更けてくる。新聞記者のメイソンさんに出会ってから調子がおかしいと言った私の話を皮切りに始まった恋愛話……コイバナも、終わりの時間が近づいていた。


「それにしても……。そっかぁ、メイソンさんが、ひぃちゃんの初恋相手なのかぁ……。ほんと、ずるいですね、メイドさん?」

「はて。そこでわたくしに振られても、困ってしまいます。メイソンさんとは、どなたのことでしょう?」


 いつの間にか服をたたみ終えて〈収納〉までしてしまっていたらしいメイドさん。今はまとめていた帽子を解いて、眠る前にくしを当てていた。そう言えば、こういう時には何かと口を挟んで来るメイドさんが、今日はやけに静かだ。

 答えの見えない恋愛話はここでいったん置いておいて……。私は、実は密かに抱いていたとある推測をメイドさんに聞いてみることにした。


「……ねぇ、メイドさん。あなたに、兄妹は居ないのよね?」

「はい。可愛い姉妹なら、今ここに居ますね」


 同じ布団にくるまっている私とリアさんの髪を、それぞれ撫でて微笑むメイドさん。主人の頭を撫でるなんて、一体どういう了見かしら。まぁ、悪い気はしないけれど。

 ふむ、じゃあやっぱり、メイドさんとメイソンさんは他人の空似……なわけ、無いわよね。絶対に、何かしらのつながりがあるはず。さっきからメイソンさんのことを考えてしまうのも、顔がそっくりなメイドさんが私の側に居るからだと思う。


「さっきの口ぶりからして、メイソンさんと言う新聞記者さんは知らない?」

「ええ。全く、これっぽちも心当たりがありません」


 そう。これ。きっぱりと否定する、この反応。実はメイドさん、前にも何度かこうして否定したことがあるの。それも、同じ人物に対してね。

 私は思い切って、少しずつ確信に変わりつつある推測を言葉にしてみる。


「いいえ、知らないわけないわ。私、思うの。メイソンさんって、もしかして……」

「はぁ……。さすがのお嬢様も、ついに気づいてしまわれましたか」


 ついに観念したらしいメイドさんのこの反応で、私は確証を得る。ようやく、私の知性が輝く時が来たわ!


「ええ、そうね。性別という先入観があったから気付かなかったけれど、メイソンさんって――」

「はい、メイソンはわたくしで」

「――メイちゃんよね! って……え?」

「……え?」


 意気揚々と推理を口にした私の言葉と、メイドさんの言葉が重なった時。場に静寂が生まれた。


「……そっか。ひぃちゃん、今回はそっち方面の勘違いか」


 なんて言っているサクラさんなんて、今はどうでもいい。


「え、嘘でしょ? メイソンさんが、メイドさん……?!」

「……いえ、冗談です♪ そうなのです、実はメイソンさんこそがわたくしの親友のメイちゃんなのです」

「え、あ、そうだったのね……。って、そんなわけないじゃないっ!」


 さすがの私も、ここでごまかされるほど馬鹿じゃない。……嘘でしょ?! あのメイソンさんが、メイドさんだったなんて。


「た、確かに。顔と仕草、声もどことなく似ている気がしていたけれど……」

「どことなくってレベルじゃないけどね。本人だもん。むしろなんでひぃちゃんは違うって思ったの?」

「え、だって性別が違うじゃない。身体の線も、身長だって……」


 何より、メイドさんの身体を象徴すると言っても良い大きな胸が、メイソンさんには無かった。だから私は、心の奥で「そうかも?」とは思いつつも、別人だと判断したのに。


「お嬢様。人の外見は、恐らくお嬢様の想像以上に。容易に変えることが出来てしまうのです」

「そ、そんな……。じゃ、じゃあ私も、胸を大きくしたり、身長を伸ばしたりできるの?」

「はい。“偽ること”は可能です」



 つまり、変装。私が思う理想の男性「メイソンさん」の正体は、メイドさんだった。話を聞けば、“死滅神の従者”としてそれなりに顔が知れているメイドさん。彼女が情報収集をするときに、その職業ジョブが足かせになる時があるらしい。だからメイソンさんに変装をして情報収集をすることが、しばしばあるそうだった。

 だけど、これで色々腑に落ちる。私が行く先々でメイソンさんを見かけたのも、当然じゃない。だってメイソンさんは、私のためにいろいろな場所を駆け回ってくれていたメイドさんだったんだもの。同じ町で行動していたわけだし、行動範囲が被ることなんてざらにあったでしょう。それに、サクラさんらしくない馴れ馴れしい態度。


「そう……。サクラさんは、メイソンさんがメイドさんだって分かっていたのね?」

「まぁね。って言うか、確かに香水とかパッドとかで雰囲気を変えてたにしても。声とか顔つきでメイドさんって気付かないひぃちゃんって……はっ!」


 そこで何かに気付いたような顔をしたサクラさんは一転。口に手を当てて、メイドさんに嫌らしい笑みを向ける。


「わたしでも気づける変装に気付いてもらえない……。ぷふっ、メイドさん、愛されてますね?」

「なんと言われようと、お嬢様の貴重な貴重な初めてを頂いたので、わたくしとしては満足です」

「は、初めてって……初恋ですよね。それに、ひぃちゃんは勘違いしてたから、ノーカンですぅ」

「あは♪ 弱いガルル程よく吠える。かつてのニホン人の名言ですね?」


 今日も仲良く口論している。思い返せばこの雰囲気も、メイソンさんとサクラさんが言い合っていた時に感じていたものだった。……うん? と言うより、ちょっと待って。メイソンさんがメイドさんだとするなら、さっきメイソンさんに話したことって、全部メイドさんに筒抜けだったと言うことよね? 私、メイソンさんに向かって、


『私が理想としている人を男性にしたらメイソンさんのようになるって話で……』


 なんて口走ってしまっていた。それってつまり、メイドさんに向かって「あなたが私の理想よ」って言ったも同然なんじゃない? そんな私の予想も、メイドさんにはお見通しで……。


「んふ♪ まさかお嬢様が、わたくしを理想として思い描いていてくださったなんて。光栄です♪」

「~~~~~~~!!!」


 得意満面の笑みを私に向けてくるメイドさん。こうやって調子に乗ってしまうから、絶対に、本人には言いたくなかったのに。でも、これで分かった、わたしがメイソンさんに抱いていたのは、安心感。つまり、いつもメイドさんに対していつも抱いているものと全く同じだったということ。

 つまり、私は勘違いしていただけ……。しかもその勘違いについて「恋なのかも」なんて。本人の前で、延々と話していた……? それって、あまりにも愚かで、滑稽で、何より……っ。


「きゅう……」

「あ、ひぃちゃんが恥ずかしすぎて気絶した?!」

「まだまだお嬢様に、色恋の話は早かったようです♪」

「いいえ。スカーレット様なら、すぐに皆様の好きを理解するはずです。もちろん、リアの大好きにも応えてくれます」


 好き勝手言うみんなの声を聞きながら、私の意識は落ちて行く。

 結局、恋愛が何なのか。恋とは、愛とは何なのか。私の中ではっきりとした答えが出ることは無かった。自分のことで精一杯な今の私には、恋愛なんてまだまだ縁遠い物だったのかもしれない。

 でも、メイソンさんに抱いた感情は特別なものだった。この感情がまさかコトさんと2人きりになる好機に繋がるなんて、この時の私は思いもしなかったでしょう――。

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