○これも使命のためよ、私!
0番地に来て、6日が経った頃。私たちの主目的であるコトさんの抹殺計画は、佳境を迎えていた。
「Tシャツ、よし。
「あ、ひぃちゃん。
「あ、本当ね。ありがとう、サクラさん」
サクラさんから「こっち向いて!」と大きく書かれた
「まとめた髪を帽子の中へ。服もメイソン同様に少し地味目にしまして……んふ♪ 完成です!」
「ありがとう、メイドさん」
服装と髪型を変えて、私は今日も戦場へと向かう。この格好をして戦いに向かうのも、もうこれで3日目。少しは慣れてきた。
「今日は何時からだったかしら?」
「午前の部が、10時。午後の部が15時と20時からです」
戦いが始まる時間を、メイドさんが教えてくれる。と、服装を整えた私の所にテテテとやって来たのはリアさんだ。その手には、薄く切ったツツの木を編み込んで作ったお弁当箱が握られている。
「頑張ってください、スカーレット様。リアが作ったお弁当です」
「わ! 美味しそうな『おむすび』ね!」
「スカーレット様の好きなものだけを入れました。それ以外には……何も入れていません。本当です」
「どうして最後強調したのか気になるけれど、良いわ。それじゃあポトト。カバンに入って?」
『クルッ!』
両手のひらに乗る大きさになったポトトには、肩掛けカバンの中に入ってもらう。
「もし苦しかったら言ってね? 日向ぼっこでもしましょう」
『クルックー』
カバンの中ら返事があったことを確認して、私は戦いの場である0番地の中央公園へと向かう。
「
メイドさんが言った翡翠石は、魔素を流して通信を行なう石のことね。送信用の石が拾った音を、受信用の石がほとんど時差なく再生する。今、私が首から下げてネックレスにしているのは、送信用の石。リリフォンを始め、私が1人で出歩くときには大抵持たされているものだった。
「分かったわ。かれこれ3日目。そろそろ、動きがある……のよね?」
「はい。お嬢様の可愛さに、そろそろ相手が焦れる頃かと」
「……本当かしら?」
メイドさんによる徹底的な指導のもと叩き込まれた“戦いの作法”。それを
「いい、ひぃちゃん? 毎回言ってるけど敵に会ったら、まずは大きく深呼吸。自分が今、本当にするべきことを考えて」
「ええ。そして、もし私の様子がおかしかったら、ポトトが鳴いてサクラさんに知らせる」
「そう。で、場所はなるべく後ろの方。出来るだけ、敵から距離を取って」
今回、サクラさんは戦いに協力してくれないし、させない。なんと言っても、これは私の戦いだから。
「大丈夫。我慢できる距離は心得ているつもりよ?」
「……そっか。じゃあわたしはひぃちゃんを信じて、冒険者業に専念しとく。言っとくけど依頼から帰って来て騒ぎになってたら、絶交だから」
「ぜ、絶交……」
それだけは絶対に避けたいところね。このやり取りも実は3回目なのだけど、否が応でも緊張感が高まる。
「スカーレット様、8時30分。時間です」
「ありがとう、リアさん。それじゃあ、行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「うん、頑張って」
「いってらっしゃいです、スカーレット様」
メイドさん、サクラさん、リアさん。それぞれがそれぞれの言葉で、私を送り出してくれた。宿を出た私はポトトと着替えとお弁当が入ったカバンを肩にかけて、乗合馬車に乗る。目指す場所は、0番地の中央公園だ。
1時間ほどかけて、公園の最寄りにたどり着いた私は、カバンの中から
「
『ルゥッ!』
少しだけ広くなったカバンの中で羽を広げるポトトの羽毛を撫でて気持ちを落ち着けた私は、いよいよ、戦場である公園へと足を踏み入れる。周囲を見渡せば、戦士の顔をした男性がたくさん居た。私のように女性の戦士が珍しいからでしょう。
「おい、あの子……」
「ああ。今日も来てるな。……実は俺、あの子も推してるんだ。よく見ればめちゃくちゃ可愛いしな」
「分かるっ! 誰かを推してる子って、推せるし、可愛いよな!」
なんて、ひそひそ話をしていた。「推す」。戦士がよく使う言葉なのだけど、意味がまだ曖昧なのよね。好きとはまた違う、何か特別な言葉だと言うことは分かるのだけど……。一応、称賛の言葉ではあるから、ありがとうの意味を込めて褒めてくれた男性2人に笑顔を向けて手を振ってみる。すると、なぜか2人は歩く速度を速めて、逃げるようにどこへ行ってしまった。
「おかしいわね。死滅神だとは気づかれていないはずなのだけど」
その後もちょくちょく注目されながら歩くこと5分。たどり着いたのは、灰黒い石畳が敷かれた噴水広場だ。噴水の前には高さ2mくらいの広い台『ステージ』があって、そこに、サクラさんが言っていた私たちの“敵”が現れる。
ステージの前にはもう既にたくさんの歴戦の猛者たちが揃っていて、新米の私は最後方に陣取る。この場には沢山の暗黙の了解があって、その1つ1つを覚えるのに丸1日を費やしたのはまだまだ記憶に新しい。だけど、もうすぐその努力も報われる。
カバンを開けて、派手な色合いをしたぶかぶかの
――それより今は、戦いに集中しないと。
大きく息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。気づけば開戦1分前。広場には同じ色の法被を着た人しかいなくなっていて、異様な熱気と静けさに包まれている。この緊張感は、いつまでも慣れることは無いでしょうね。
「あっ、危ない危ない。忘れるところだったわ」
急いでカバンのもとに駆けた私は、戦いで使う武器――
――大切なのは、自分を
そう自分に言い聞かせて、あの日、メイソンさんに抱いた感情とよく似たものを無理矢理にでも引き出す。この想いこそ、この場に居る戦士たち――ファンたちと共有しなければならないものなのだから。
「「「よっしゃ行くぞー!!!!!」」」
そして、踊る。それはもう、全力で、叫んで、踊って、
「「「うー、はいはい! うー、はいはい!」」」
……よしっ! 諸先輩たちにも負けてない! きちんと踊りにも、掛け声にもついていけている! 腕を伸ばして、回して、膝を曲げて、腰を下ろした後は、全力で腕を上下に振る!
なんてしていたら、ついに。私たちファンの声援に応えるように、1人の女の子が甘ったるい声を出してステージの下から飛び出してくる。それは、いつか、サクラさんと一緒に聞いたもので。
「みんなぁ! 今日も来てくれてぇ、ありがとぅ!」
フリフリの衣装を着て、ファンに向けて笑顔を振りまく。そんな彼女の名前を、私は練習通りにファンの人たちと一緒に叫ぶのだった。
「「「超絶可愛いコートーちゃーん、ふーーーっっっ!!!」」」
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