○きちんと殺して見せるから
コトさんが歌って踊って……ライブを始めて、15分が経とうとしていた。曲と曲の合間、少しだけ雑談をする「えむしー」の時間を挟みながら、迎えた3曲目。
「それじゃぁ午前の部、3曲目。……『初恋ビスケット』」
ゆったりとした曲調に合わせて、コトさんが身体を揺らす。この曲の時は、ファンはゆっくりと
「甘くて、ちょっぴり香ばしい~♪ 恋ってまるで、ビスケットみたいだね~♪」
青色の
見た目は10代半ばの女の子。種族は、人間族だ。身長はサクラさんと同じで160㎝の半ばから後半ね。自分の身体を好きに改造できる〈自己創作〉のおかげで、身体の線はまさに理想的。出る所は出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。
顔かたちも、もちろんびっくりするくらい可愛らしい。ピンク色に染められた髪は私でも羨しいくらい
私がそうして熱心にコトさんを観察していると、私の視線に気付いたらしい彼女とばっちり目が合ってしまった。棒状の拡声用魔法道具『マイク』を握りしめながら歌うコトさんと見つめ合うこと数秒。
「(ぱちっ!)」
片目を閉じて『ふぁんさ』をしてくれる。……良かった、バレていないみたい。
サクラさんにも負けないくらい大きくて丸い瞳は、やや赤みを帯びた黒色。吸い込まれるようなキラキラした瞳は、2つの命を使って作られたものだった。長いまつげにぱっちり二重。小さいながら、細くてすらっとした手足。指先に至るまで、コトさんの身体にはコトさん自身の理想が詰め込まれていた。大勢の命と一緒にね。
――歌に合わせて、彼女に殺された人の
「割れないで僕のビスケット♪ 苦い紅茶なんか要らない♪ どこまでも甘くして欲しいの~♪」
しみじみと歌に浸るコトさんに、やっぱり私の目は釘付けになる。呼吸は浅くなって、今すぐにでも彼女を殺したい衝動が募っていく。この押し寄せる職業衝動を抑えることが、何よりも苦しいのよね……。
「ふぅ……、ふぅ……」
サクラさんの言葉を思い出しながら一生懸命に深呼吸を繰り返す。
――今はまだ、その時じゃない。きちんとコトさんを殺して見せるから。
コトさんを殺したがるもう1人の自分にそう言い聞かせて、ゆっくりと目を閉じる。すると、少しずつ、少しずつ、身体に職業衝動の熱が馴染んでいく。
『クルールッル……?』
気づけば、私の足元には大好きなポトトが居た。私を心配するように見上げてくる彼女に「大丈夫」と笑って見せて、私はもう一度、コトさんを見遣る。
曲に合わせてコトさんは衣装を変えるのだけど、その着替えの速さが尋常じゃない。「せぇのっ」と言うと瞬く間に衣装が変わる様は、まるで魔法のようだ。実際、スキル何かを使っているのでしょう。
今、彼女が着ているのは深い青色のドレス。前の曲とは違って落ち着いた雰囲気を持つ服装は、少し大人びた雰囲気を演出していた。これもきっと、ファンの人たちを飽きさせないための工夫なのでしょうね。
服に曲、『ふぁんさ』ことファンサービス。コトさんの“あいどる”としての探求心には、正直、驚かされる。出来ればその努力を、本来の自分の
「やっぱりちょっと苦いね♪ 君と僕、2人のビスケット……♪」
やがて曲が終了してすると「それじゃあ最後の曲、『真夏のプッケ』! 行っくよぉ!」と、またしても激しい早くて激しい曲が流れ始める。それに合わせてファンの私たちも、
「「「うりゃ、おい! うりゃ、おい!」」」
と
「――アタシ、
そんな風にライブが終わる頃には、私の全身はもう、雨にぬれたようにびっちょりだった。しかも今は、長い髪をまとめて帽子の中に入れている。おかげで、頭も蒸れ蒸れ。気持ち悪いこと、この上ない。
「はぁ……はぁ……ふぅ。まったく、これで本当にコトさんと2人きりになれるのかしら?」
愚痴をこぼしたくなるのも、仕方のないことじゃない? そもそも私がこうしてファンの真似事をしているのには理由がある。それはもちろん、余計な犠牲を出さずにコトさんを抹殺するためだ。その最善策としてメイドさんが提案してきたのが『私(お嬢様)、コトさん(様)のファンになる! 大作戦』。その名の通り、コトさんのファンとしてふるまうことだった。
「私に何も伝えない方が上手く行く、だなんて言っていたけれど……。私、もしかして、またからかわれてる?」
暑苦しい長袖の
「うーん! 風が涼しい!」
脱いだ服や光剣なんかをかばんにしまいながら服をパタパタと仰ぐ。カバンの中で大人しく待ってくれていたポトトを撫でてあげながら、お散歩に出も行こうかと誘おうとした時。ふと、視線を感じた。周りを見てみれば、ファンの男性たちが遠巻きに私を見ている。……いいえ、違う。私の背後に目線を向けているのかしら?
時を同じくして、屈んでいた私に人影が重なる。どうしたのかと振り返ってみれば
「こんにちはぁ」
逆光の中、後ろで手を組みながら私を見下ろすコトさんが居た。格好は、最後の曲の時に着ていた衣装そのままだ。白を基調とした服に、ピンク色のフリルをあしらった可愛さ全開の服ね。見えなかった足元も今ならよく見えて、光沢のある素材で作られた靴は着脱しやすくて、ややかかとの高い靴……白とピンクのローファーだった。
「コトさん……?」
「そぉだよぉ? ライブ中、目が合ったよねぇ? 女の子のファンって珍しいから、嬉しくて会いに来ちゃったぁ」
私の言葉に、無邪気な笑顔見せるコトさん。でも、何かしら、この違和感。コトさんが
――普通ならある物が無い、みたいな。あり得ないことが起きている、みたいな。この違和感は何……?
そうして違和感の正体を探っていたせいで、私の帽子を取ろうとしていたコトさんの手に気付くのが遅れてしまった。あっけなく帽子を取られた私の変装は解けてしまって、髪型が違うだけのただの
こうなったら、私の正体がバレるのも時間の問題。だったらもういっそこの場で殺してしまおうか。そう思うけれど、さっきの違和感の正体が〈即死〉の手を鈍らせる。
「うん、やっぱり。この子、あり得ないくらい可愛いです。と言うか、どこかで見たような……」
デアを背に、私のことを見下ろして値踏みするように言ったコトさん。その声はファンに向けられる作られた声では無くて、きっと、彼女本来のものでしょう。
「決めたぁ! あなた、特別にアタシの握手会に招待してあげるぅ!」
「え、けっこ――」
結構よ。そう言おうとした私の言葉を遮って、何の警戒もなく私の手を握ったコトさんはそのまま、ステージの裏へと私の手を引いていく。とっさにポトトと衣服なんかが入ったカバンをひっつかむことはできたのは、日頃の鍛錬のおかげかしら。
さっきから強くなる違和感のせいでコトさんを殺せないまま、私は握手会なるものに連れていかれるのだった。
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