○恋愛話(コイバナ)

 宿に戻ってしばらく経っても、私の中でくすぶる熱は収まらなかった。布団の上でくつろいでいる時も、食事中も、マッサージをしている時も、されている時も。ふとした瞬間にメイソンさんの顔が浮かんで、顔が熱くなる。

 夜。マッサージを終えた就寝前の自由時間。灯篭とうろうと言う暖色系の間接照明が照らす客室で、私たち4人は布団を寄せ合っていた。こうして眠る場所を自由に選べるのも、和室と布団の良いところよね。

 今日は、私の隣にリアさん。頭上にメイドさんが居て、メイドさんの隣――リアさんの頭上――にサクラさんが居た。


「私、どうしちゃったのかしら……」


 結局、1人で考えても分からなかった正体不明の胸の高鳴り。〈ステータス〉に何か状態の付記もない。だと言うのに、やっぱり鼓動が早まる時がある。

 その原因が知りたくて、私は今の自分が感じている事をみんなに聞いてみることにしたのだけど……。


「……恋だね」

「恋ですね」

「いいえ。愛です」


 早々に、結論が出た。


「はぁ~……。そっか、ついにひぃちゃんにも春が来たのか~……。嬉しいような、悲しいような」

「んふ♪ お嬢様の精神的な成長を促すうえで、欠かせない感情かと」


 サクラさんは布団の上でゴロンとしながら。メイドさんは今日洗濯した服を丁寧に畳みながら、適当なことを言ってくる。リアさんに至っては、


「スカーレット様に愛の芽生えです。これでようやく、リアの『大好き』も届きます」


 なんて言いながら、私の布団に潜り込んで来る始末だった。そんなリアさんを布団の中で適当にあしらいながら、私は不満を隠さずに顔に出す。


「みんな、適当なこと言わないで。恋愛感情は生殖に由来するものでしょう? だったら、生殖機能のないホムンクルスの私が、恋愛をするはずないじゃない」


 恋愛って、その対象と子孫を残したいと言う感情だったはず。だとするなら、私やメイドさん、リアさんにはあり得ない感情のはず。そう言った私に、大きなため息をついたのはサクラさんだった。


「ひぃちゃん。恋愛は、もっと自由なんだよ」

「自由……?」

「そう。別に、こ、子供が欲しいとかだけじゃない。その人とずっと一緒に居たい。独り占めしたい、とか。何してても、ふとした瞬間にその人のことを考えちゃう。それが恋だって、私は思うけどなぁ?」


 例として、ニホンでは色んな恋の形があるのだとサクラさんは語った。同性の人を愛したり、男性女性両方を好きになったり。


「逆にそういう感情を一切持たないって人も居たり。世間一般からすれば、ちょっと変わった『好き』を持ってたり。でも、どれも同じくらい『大好き』で、相手を大切に想ってる」


 そんな感情が恋や愛なのだと、少し気恥ずかしそうにしながらサクラさんは教えてくれた。


「そう聞くと、何でもありみたいじゃない?」

「そうだね。だから、恋愛は自由って言われてるんだと思う」


 私のように特定の価値観に縛られて、それは恋愛じゃないと否定するのはもったいないナンセンスじゃないかと、サクラさんは聞いて来る。


「ひぃちゃんだって、これまで色んな人の、いろんな『好き』を見て来たでしょ?」

「色々な、好き?」

「そう。例えば――」


 例えば、ジィエルに居たチョチョさん・ベオリタさん夫妻。短身族のチョチョさんと角耳族のベオリタさんとでは、子を成せない。だけど2人は夫婦で、チョチョさんは狂人病にかかったベオリタさんの看病を続けて、法を犯してまで、助けてあげようとしていた。確かにそこには愛があったと、私は思う。……まあ、チョチョさんは浮気もしていたけれどね?

 他にも、最近で言えばルゥちゃんさん。これもメイドさんの推測でしかないけれど、自分の誇りを失ってまで、召喚者のタドコロカイセイさんと添い遂げることを選んだ。


「子供を作れるかどうかじゃなくて、そもそも周りの意見がどうとかじゃなくって。自分が、きちんと声に出して、その人のことを好きだって言えること。それが、恋愛ってやつなのかも? 知らないけど」

「知らないのね……」

「うん、知らない。正解なんて、分かんない! って言うかわたし、何言ってんだろ! っずい!」


 耳まで真っ赤にして、布団の上で転がるサクラさん。転がり過ぎてメイドさんにぶつかって、睨まれているけれど、ともかく。


「好きだと、声に出せること。声に出さずにはいられないこと。それが、恋。……だとするなら、私はメイドさんにも、サクラさんにも、リアさんにも恋をしているということ?」

「はい。スカーレット様は、リアを大好きだと言ってくれました。つまり、愛です。リアたちは愛し合っています」


 私の布団の中からひょこっと顔を出して、リアさんが肯定してくれる。彼女は娼館しょうかんで働いていた。生きてきた環境が環境だから、この4人の中では最も多くの恋愛に触れてきているはず。それが例え相手からの一方的な“好き”だったとしても、彼女の意見には一定の重みがあるでしょう。だってリアさんは、相手を観察して、相手が求めている人を演じる達人なのだから。相手に全力で応えようとする姿勢や感情もまた、1つの愛だと私は思う。

 でも、サクラさんはリアさんとはまた違った意見を持っているみたい。


「う~ん、それはまぁ、1つの愛ではあるんだろうけど……。多分、恋とは違うんだよね」

「む。どう違うのよ?」

「さっきも言ったように、恋ってこう、何しててもその人のこと考えちゃう、みたいな。その人のこと考えると、胸の奥がキュゥってなるみたいな? そんな、特別な好きなんだと思う」


 特別な好き。確かに、メイドさん達に向ける好きと、メイソンさんに感じる好きは違うような気がする。今もこうしてメイソンさんのことを考えてしまうし、彼の顔を思い出すと胸がきゅっと締め付けられる想いだ。


「リアは、スカーレット様に抱きしめて欲しいです。愛して欲しいです。ずっとそばに居て欲しいです。だから、リアはスカーレット様が大好きです」


 私の胸元で、リアさんが自分の思う好きを言葉にしてくれる。もしリアさんの感情を恋愛だとするなら、私はメイソンさんにそんなことは思わない。ただ、また会って、お話がしたいな、くらいの気持ちだ。それだけなら、アイリスさんに抱いている感情とも似ている。だけどこれもやっぱり、少し違う。


「恋愛と言うけれど、恋と愛は別のもの。そしてどちらにもいろんな形がある……?」

「まぁ、そうだね。……多分」

「サクラさんも、たくさん恋や愛をしてきたの?」

「わ、わたし?! う~ん……」


 聡明で、だけど明るく、人懐っこくて。そんなサクラさんだもの。私以外にも、彼女を魅力的だと思う人は多いと思う。特に異性から言い寄られたことは少なくないんじゃないか。そんな私の予想に、布団の上に置き上がったサクラさんは、苦笑まじりに応えてくれる。


「ひ、人並みには、あると思うよ?」

「人並みって、どれくらい? 何人の人を好きになって、言い寄られて、睦事むつみごとをしたの?」

「うわっ、めちゃめちゃ素直に聞いてくる?! だけど、答えないのもフェアじゃないだろうし……」


 恥ずかしいことなのか、こそこそと、私に耳打ちをしたサクラさん。それによれば、3人の人を好きになって、7人の人に言い寄られた、と。きっと、チキュウでは、それくらいが普通なのね。そして、リアさんが得意な睦事むつみごとについては……。


「ぜろ……?」


 私の確認に、顔を赤くしたサクラさんが頷く。サクラさんくらいの年になると、友人の中には日常的に行なう人も居たらしい。そうでなくても、未経験の人は半分よりやや少ないくらい。自分が少数派であることを、サクラさんは気にしていたみたいだった。


「しかもわたしみたいに、付き合ったこと無いって人はもっと少なかったし……」

「え、お付き合いもしたことが無いの? 確か好きな人も居て、言い寄られたこともあるのよね?」

「そ、そうだけど~……。好きの矢印が双方向になる奇跡って、滅多にないんだよぅ」


 サクラさんの周りに居た男性は、見る目が無かったのね。もし私が人間族の男性なら、絶対に、サクラさんを放っておかないのに。と、まぁ、私の意見なんてどうでも良くて。


「そうは言うけれど、1人くらい“良い人”が居ても良かったんじゃない?」

「覚えておくと良いよ、ひぃちゃん。告白してくる男子の目って、結構、怖いから」


 何か怖い思いでもしたのかしら。サクラさんが自分の身を抱くようにしている。


「えぇっと。もしかして、運悪く私に〈魅了〉されてしまった動物や人の目と同じ? あるいは、世の男性がリアさんに向けるものとか?」

「ひぃちゃんのやつは分からないけど、リアさんを見る男の人のやつは、そう」


 何か品定めをするような、欲望を隠し切れない瞳。あの気持ち悪さは、きっと、向けられた人にしか分からない。


「その点、女の子同士は楽でいいよね」

「え、そ、そう? 少なくとも、私に恐怖を刷り込んだ2人は両方、女性だったわ」

「え、1人はケーナさんだろうけど、もう1人って……あ~、ね」


 サクラさんの視線の先には、今なお、布団の中で私の隙を伺うリアさんが居る。


「……?」


 私とサクラさんの視線に気づいて、表情を変えずに小首をかしげるリアさん。今はまだじゃれているだけだけど、その気になったリアさんの目はとっても怖い。しかも、あの、人をダメにする香りまで付いてくるんだもの。何より、本人は至って真面目に尽くそうとしてくれているだけというのが悪質だ。

 悪意のない無自覚の攻撃ほど、怖いものは無かった。

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