○メイソンさん

 白い麺と黄金色のおつゆ、きつねで構成された『おうどん』を食べた後、私はサクラさんと一緒に日帰りできる依頼を受けた。その内容は、ツツの木の伐採。幹が空洞になっている背の高いツツの木を適度に伐採すると言うものだった。依頼主のおじいさんに聞いた話だと、放っておけば荒れ放題になって、景観が乱れてしまうそうだ。他にも、野良ガルルが住み着いたり、良からぬ人たちの潜伏先になったりしてしまうのだとか。

 私とサクラさんを孫のように可愛がってくれて、お昼休憩の時はお団子も振舞ってくれた。報酬とは別にお礼ボーナスも貰えたし、依頼としてはかなり良い物だったと思うわ。


「うーん、程よい疲れね!」


 夕暮れの0番地。乗合馬車降り場から宿までの道を、サクラさんと歩く。午後4時には真っ暗になってしまうイーラと違って、0番地は午後6時過ぎの今でも十分に明るかった。

 背伸びをして今日1日に別れを告げる私の言葉に、左の腰に差した剣を鳴らすサクラさんが同意してくれる。


「うん! たまには狩猟系以外の依頼も良いよね。おじいちゃんも優しかったし」

「そうね。みたらし団子、あれも最高だったわ……」

「そうだね~。団子がちょっと固めだったのが、わたし的には高評価かも」


 なんて話しながら町を歩いていると、ふと。宿泊している宿オーミ屋の前で、馴染みのある男性を見つける。いいえ、私が一方的に知っている顔、と言うべきかしら。全体的に地味な色の服を着て、中世的な顔立ちをしている。髪は帽子の中にまとめられているけれど、恐らくメイドさんと同じできれいな白金色をしていると思う。はっきりとした鼻尖びせんに、これもメイドさんと同じ翡翠色の瞳をした男性だった。

 実はこの人、私が行く先々で時折見かけることがあった。格好からして新聞記者さんとかだったりするのでしょうけれど、こう何度も遭遇すると、運命的な何かを感じてしまう。今までは時機が悪くて声をかけられなかったけれど、今なら。


「サクラさん、ちょっと待っていて。すぐに戻るから。……あの、ちょっといいかしら!」


 オーミ屋に入って行こうとする男性を、必死で呼び止める。背後ではサクラさんの「え、ちょ……ひぃちゃん?!」という困惑した声が聞こえるけれど、今は無視させてもらいましょう。

 私の声に気付いた男性は一瞬、しまった、という顔をしたように見えたけれど、すぐににこやかな笑みを浮かべてくれる。その笑顔も、メイドさんとそっくりだった。


「どうかしましたか?」


 大人の男の人にしては、やや高い声。だけど、聞いていると安心できるような、不思議な声ね。身長は170㎝くらい。人間族の、美青年だった。


「あ、えぇっと。実はこれまで何度か、あなたを見かけたことがあって……。気になって声をかけたの。私はスカーレット。良ければあなたの名前を教えてくれない?」


 つい勢いで話しかけてしまったけれど、迷惑だったかも。そう思ってしまって、尻すぼみになってしまった私の姿が可笑しかったのか、メイドさん似の青年は「ふふっ」と笑う。だけど馬鹿にしたような雰囲気は無くて、どこか上品さを感じさせる笑い方だ。

 なぜか少し恥ずかしくなって赤くなる私に、彼は自身の名前がメイソンであることを教えてくれた。


「そ、そう……。メイソンさん、と言うのね? それで、メイソンさん。さっきも言ったように、これまで私、あなたを何度も町で見かけているの。どうして?」

「どうして、と言われましても――」

「ひぃちゃん、急にどうしたの?」


 と、お互いに自己紹介を済ませたあたりで、私の後を追ってきたサクラさんが合流した。そして、私とメイソンさんを茶色い瞳で順に見比べた後。


「何、してるんですか?」


 私ではなくメイソンさんの方に、ジトっとした目を向けるのだった。


「ちょ、サクラさん?! 初対面の人に失礼だわ! ……それとも、メイソンさんと知り合いなの?」

「メイソンさん……?」


 私が言った名前を繰り返した後、サクラさんはもう一度メイソンさんをじぃっと見る。対するメイソンさんは優しそうな笑顔で、現在進行形で失礼をしているサクラさんを見守ってくれていた。

 大体5秒くらい経った頃かしら。


「はは~ん、なるほど。わたし、なんとなく分かっちゃった!」


 したり顔で言って、ようやくサクラさんが不躾な目をメイソンさんから逸らす。心が広い人なのでしょう。メイソンさんもサクラさんの態度を気にした様子も無くて、


「初めまして。スカーレットさんが言ったように僕はメイソンです。以後、お見知りおきを」

「ふんふん、メイソンさん。メイソンさん……かぁ。一応わたしも自己紹介。センボンギサクラです。初めましてなんですよね、メイソンさん?」

「ええ、よろしくお願いしますね、サクラさん?」


 ふふふっ、と。お互いに何かを分かり合ったよう笑い合うサクラさんとメイソンさん。初めまして、と言ったということは、お互いに初対面のはず。なのにもう仲良しだなんて、少しだけけてしまう。


「それで? ひぃちゃんはなんでメイソンさんに話しかけたの?」

「実は……」


 と、私はサクラさんにメイソンさんに一方的に感じていた親近感について語る。


「ふむふむ。つまり……逆ナンだ。相変わらずひぃちゃん、行動力えげつないよね。で、メイソンさんの方は、どうしてひぃちゃんが居る所に毎回居るんですか?」


 メイソンさんの名前をやけに強調するサクラさんが、にやにやとメイソンさんに目を向ける。そんな無礼にも全く動じることなく。メイソンさんはその細いあごに手を当てて、考え込む素振りを見せた。


「そうですね……。実は僕、死滅神であるスカーレットさんの専属の記事を書いているんです。言ってしまえば追っかけ、と言うやつですね」

「記事、と言うことはやっぱり、メイソンさんは記者さんなのね?」

「はい。これまで町で僕の姿を見たというのも当然です。僕はずっと、スカーレットさんを追って、記事を書いていたのですから」


 説明しながら指を立てて振る仕草も、メイドさんにそっくり。だからかもしれないけれど、私も初対面のはずなのに、親近感がある。だけど、どうしてかしら。メイソンさんと話すときは、少しだけ緊張してしまう。これまでこんな事、一度も無かったのに。職業衝動とはまた違った熱が、ほんのりと、私の中にある。


 ――この、言いようのない熱は何……? どこかで感じたような、だけど、違うような……。


 正体の分からない鼓動の高鳴りに戸惑う私の横で、


「うわ、やっぱりこの人、理由付けが上手いな……」

「記者ですので」


 サクラさんとメイソンさんが話している。キュウドウで礼儀作法を習ったらしいサクラさんが、ここまで他人に馴れ馴れしく接することはまずない。


「やっぱりサクラさんとメイソンさんって、知り合いだったんじゃ?」

「ううん。少なくとも、わたしがメイソンさんに会うのは初めてだよ? ね、メイソンさん?」

「はい。僕がサクラさんと会うのも、これが初めてです。嘘ではありません」


 なんて、とっても中が良さそうに笑い合う2人。……。……むぅ。


「それにしては、仲良さそうじゃない。話し方とか」

「そう? 多分、メイソンさんがメイドさんにめっちゃ似てるからじゃない? ほら、ひぃちゃんもよく見て、声もよく聞いてみて?」


 サクラさんに言われて私も改めて笑顔のメイソンさんを見てみるけれど、そもそも性別が違うし、身長も、身体の線だって全く異なる。見て分かることと言えば、中性的で柔和な笑みの奥に確かに感じる凛々りりしさと、がっちりとした体。それに対して、露出している腕や足は華奢きゃしゃで、身長も小柄な私からすればちょうどいい。まさに私が思う理想そのもので。


「格好良い」


 気づけば、そんな言葉が漏れていた。


「「……え?」」

「あっ、えっと、今のは違うの! あ、格好良いと言うのは本当……よ? だけど、私が理想としている人を男性にしたらメイソンさんのようになるって話で……、だから、その……」


 全身の血が沸騰したように熱くなるのを感じながら、私は必死でメイソンさんに言い訳をする。でもそれが意味のないことだと分かって、もう私にはどうすることも出来なくなる。残っているのは、鼓膜を叩く私自身の鼓動の音だけだ。そのせいで、


「うわ、ひぃちゃんが、乙女の顔してる……っ?!」

「ああ……なんて、愛らしいのでしょう……」


 サクラさんとメイソンさんの言葉が、上手く聞こえない。……だって、仕方ないでしょう?! 私が理想する人――メイドさんにそっくりな男性なんだもの。緊張するなと言う方が、無理な話じゃない? むしろ、数分前の私はよく、自分から声をかけようだなんて思ったわ。

 それよりも、どうしよう……。今は汗だくで依頼をこなした後だし、ところどころに泥だってついている。服装だって、依頼を受けるために動きやすい服装をしていたから、少し変になっているかもしれない。自慢の髪だって汗でべたついて、乱れてしまっているでしょう。


 ――こんな格好、メイソンさんに見られたくない。


 いつしかそんなことを思っていた私は。


「ご、ごめんなさいっ! 私はこれで、失礼するわ! ま、また会いましょう!」


 今回ばかりは死滅神としての体面もへったくれもない。恥ずかしさで死んでしまう前に、私はメイソンさんの脇を走り抜けて、宿の自室へと逃げ込むのだった。

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