○殺される理由と『おうどん』

「〈自己創作〉ぅ?」


 冒険者ギルドで依頼を受けて町に繰り出した私とサクラさん。さっきの素っ頓狂な声は、サクラさんのものだ。ちょうどお昼時だったから、冒険者ギルド近くのお店で『おうどん』なる食べ物を頂きながら、コトさんの悪行について話していた。


「ええ、そのスキルはどうやら自分自身の容姿を変えることが出来るみたいなの。体組織を再構成する都合、身体の身体機能を強化したり、自身の寿命を延ばすことだってできるってわけね」

「え、何それズルい」


 これらの情報は、職業衝動と共に私に流れ込んできた知識だ。正確には、犠牲になった人々に対してコトさんが語った内容ね。死んでいった人たちの無念が、私に知識ちからを授けてくれる。


「もちろん、そんなスキルが無制限に使えるわけがない。〈自己創作〉に必要な代償があったというわけ」

「……なるほど。もしかしてそれが、人の命?」


 たわわに実った穀物と同じ色をしたおつゆを頂くと、海鮮と醤油の香りが口一杯に広がる。私の知る和食――サクラさんの手料理――とは違って、濃い目の味付けかしら。醬油の塩辛さを受け止める優しい甘味の正体について考察しながら、私はサクラさんの推測を一部否定する。


「いいえ。正確には、動物の心臓ね。必ずしも人の命である必要はないみたい」

「うげぇ……。なんとなく話が見えて来たかも」


 聡いサクラさんは、もうそれだけでコトさんが何をしているのかを悟ったみたい。キリゲバのお肉を食べた時と同じ顔をしていることからも、あまり気持ちのいい話ではないようだった。

 おつゆに続いて、真っ白なおうどんそのものを頂く。


「……美味しい!」


 私の知る麺とは比べ物にならないくらい太い麺『おうどん』。信じられないくらいの弾力があって、噛むたびに口の中で跳ねるように踊る。だけど、しっかりと噛みしめるとぷつんと切れる素直さもある。で、断面から押し寄せる圧倒的なコムギの香り。さっきおつゆの色を見て穀物畑を想像していた私だけれど、そこにコムギの香りが加わった感じね。視覚だけの静止画だったおうどんのが、香りを持つことで立体感を生む。


「でも、なんで心臓?」

「さあ? 心臓には魔素が溜まりやすい、なんてメイドさんが言っていた気がするし、それが関係しているんじゃない?」

「心臓が心の在りか、ともいうし。それも関係してるのかなぁ? 不思議だ」


 ちゅるちゅると、極太のおうどんを器用にすするサクラさん。実は私、アレがなかなかできなのよね。パスタを食べる時はフォークに巻いて食べるから、すすらなくても問題はない。だけど、お箸で食べるおうどんはそうもいかない。結果、こまめに箸を使っておうどんを口に入れる作業を繰り返さないといけなかった。


「はむ、はぅむ……はふ……。んぐ、んぐ……」

「ひぃちゃん、うどん食べるの下手だね」

「仕方ないじゃない。サクラさんみたいに、すすれないんだもの」


 私が抗議している間にも、唇を尖らせてうどんを流し込むサクラさん。ああすることでおつゆも一緒に口に入るから、よりおうどんを楽しめるはずなの。でも、私には出来ない。

 と、私はそこでひらめいた。おつゆを飲むために添えられていた底が深いスプーンにおつゆとおうどんを乗せて、小さな『おうどん』を作る。これを一気に口に運べば……。


「ん~~~~~~! おつゆとおうどんがしっかりと口の中で共演してくれて……これが、おうどん!」

「オーソドックスな昆布と鰹節かつおぶしにかえしを加えたお出汁だし、かな? でも少しだけ辛味の方が強い……。それに、かつおの香ばしさもちょっと強め……」


 手元のメモにおつゆの配合を書き込みながら、サクラさんは今日も勉強熱心だ。


「サクラさん! これ! この黄色くて薄いクッションみたいなやつは何?!」

「油揚げ、だと思う。甘い味付けだし『きつね』って言うべきかも」

「きつね! このきつねから染み出した甘い油がまた、隠し味になっていそうだわ。穀物畑に迷い込んだ動物みたいにね!」

「ちょっと何言ってるか分かんないけど、まぁ、うん。きつねも大事なお仕事をしてるのは、そうだと思う」


 甘いもの好きな私にとって、そっと添えられたこの『きつね』こそが、おうどんの主役だわ。


「そんなにきつねが気に入ったんだったら、今度、いなり寿司でも作ろっか?」

「いなりずし?」

「うん。きつねを2つに切って、白ごまを混ぜた酢飯を包んだだけのシンプル料理」

「よく分からないけれど、美味しいことだけは分かるわ! 明日……いいえ、今晩、それにしましょう!」

「今日も宿で晩ごはん出るからね、また今度にしようね」


 夜食にも向いているらしいし『いなりずし』が出てくるのも時間の問題かしら。まだ見ぬ和食への興奮が冷めやらないうちに、私は温かいおうどんを平らげるのだった。


「ご馳走様!」」

「うん、ご馳走さまでした……って、違う! いや、ご馳走様はそうなんだけど。わたしが聞きたかったのはコトさんの話!」


 独特の渋みとほのかな甘みを持った緑色の紅茶を飲みながら、私はほぅっと息を吐く。


「38よ」

「……え?」

「38。それが、コトさんが自分のスキルを使用するために犠牲にした命の数。そのうち、人族の数は31ね」


 最初は、鼻や唇、目じりと言った小さな顔の整形だけだったコトさん。だけど、次第に美と可愛さを求める彼女の欲求は増していった。ついには骨格や胸、お尻の大きさなんかも変えるようになって、その代償には人族の命が必要だったみたい。


「たった1人で、31人……」

「心臓を捧げたのも、心臓を取り出すを手伝ったのも彼女の信者……ファンみたいね」

「解体……。うっ……」


 少し顔を青ざめさせたサクラさんが、口元を手で押える。食事中にしなくて良かったわ。


「コトさんのために命すら投げ出して、犯罪に手を染める。そんなファンたちが居る場所に私が行けば、間違いなく争いが起きる。そうして争いが起きれば、場合によっては殺さざるを得なくなる」

「だから、ひぃちゃん達は、コトさんと1対1になれないか考えてるわけか~……」


 例えばファンの人が自ら望んで行なっているのであれば、あるいは救いがあったのかもしれない。だけど、犠牲になった人々の多くは、コトさんとの握手会? の延長で個室に連れていかれて。身ぐるみをはがされた後に、命を捧げさせられることになった。“普通”の人なら、そんな凶行に手を染めることは無い。だけど、コトさんには人々を魅了する歌と踊りがある。結果、ファンの中に普通ではない人を生み出してしまった。

 人々を惑わせ、自身の欲のために利用する。挙句、38もの命を奪い、今なおその数は増えているかもしれない。これこそが、“あいどる”コトさんが“フォルテンシアの敵”でもある理由だった。

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