○『ゴブリン』の話

 だらしなく見えたカーファさんも、しっかりとフォルテンシアに生きる人だと分かった。時計台がある近くの広場の長椅子に腰掛けて、私たちの話は続く。


「で、俺が今何をしているのかだったな、あるじ


 あごひげを撫でながら私に聞いて来るカーファさん。彼の問いかけに頷くと、少し考える間を置いて、再びカーファさんが話し始めた。


「『ゴブリン』についてメイドちゃんから何か聞いてるか?」

「ゴブリン……? 聞いたことない名前ね」


 食べ物の名前かしら。それとも、動物や魔物の名前? 少なくとも私の知識に無いし、メイドさんからも聞いたことが無かった。

 フルフルと首を振った私に、カーファさんが説明してくれる。


「ゴブリンってのは、今、エルラで暗躍している犯罪集団の名前だ」

「犯罪集団……?」

「ああ、そうだ。金品の強奪は当たり前として、抵抗しようがしまいが関係なく、持ち主も殺す。非合法な奴隷・人身売買にも手を出してるって話だ」

「そんな……っ」


 聞くところによれば、『ゴブリン』は召喚者たちが持ち込んだ言葉みたい。悪いことをする妖精の名前らしいわ。妖精とは言っても、フォルテンシアにいる妖精族とは違うみたい。概念から言えば、魔物に近い生物らしかった。

 私の知らないところで悪行がまかり通っている現実に言葉を告ぐことが出来ない。だけど、言われてみれば思い当たる節もあった。


「まさか、この前殺したアーズィさんが?」

「そうだ。ゴブリンの悪行はエルラの市民議会でも問題視されていてな。だが、やつらは隠れるのが上手いらしい。衛兵の情報網では対処しきれていないのが現状だ」


 悔しそうに表情をゆがめたカーファさん。私もフォルテンシアの敵がのうのうと生きていることに腹が立つけれど、どうすればいいか分からない。


「そこで、わたくしたちの出番というわけです、お嬢様」

「おっ?! ……っと。誰かと思えばメイドちゃんか」


 突如一陣の風が吹いたかと思うと、ブーツを鳴らしたメイドさんが白金の髪とワンピースの裾を揺らして現れる。

 カーファさんは驚いて立ち上がり、腰の帯剣に手をかけていたけれど、もう私は慣れてしまった。淡々と話を進めることにする。


「私たちの出番って、どういうことよ、メイドさん?」

「はい。隠れることを得意とする極悪人を探し出す方法を、お嬢様はお持ちかと」

「私が? そんなスキルは無いはずだけど……〈ステータス〉!」




名前:スカーレット

種族:魔法生物 lv.21  職業:死滅神

体力:362/405(+15)  スキルポイント:183/186(+6)

筋力:59(+2)  敏捷:58(+2)  器用:97(+4)

知力:77(+3)  魔力:126(+5)  幸運:22(+1)

スキル:〈ステータス〉〈即死〉〈調理〉〈掃除〉〈魅了〉〈交渉〉〈スキル適性〉〈状態耐性:病気/微小〉




 こうして見ても、ポトトやサクラさんみたいに索敵に特化したスキルは無い。〈調理〉のスキルの効果が成長したことと、不名誉な姿をさらした魔素酔いのおかげで〈状態耐性〉を手に入れたこと。ここ最近のスキルの変化と言えば、それくらいだった。


「やっぱり、無いわよ?」

「んふ♪ いいえ、お嬢様。スキルではなく、我々の本能と呼ぶべきでしょう」


 本能。生まれ持った力、と言うことかしら。うんうんうなって私が答えを導くまで、メイドさんもカーファさんも黙って見守ってくれている。そして、ひらめきは不意に下りてきた。


「……あ、職業衝動ね!」

「その笑顔、満点です、お嬢様♪」


 手を打った私にメイドさんとカーファさんが頷く。そう、これまでも職業衝動は私を殺すべき対象の所へ導いてくれた。相手を知っているか、知っていないか。見えているか、いないかに関わらず、本能的にフォルテンシアの敵の場所が分かる。その性質を利用しようと、2人は考えていたみたい。


「だけど、そう都合よく行くかしら? それに、職業衝動が必ず襲ってくるわけじゃないわ」


 例えばディフェールルで非人道的な実験をしていたケーナさんを殺した時、私に職業衝動は無かった。私たちにとっての悪が、フォルテンシアにとっての悪であるとは限らない。それに、悪人がいるからと言って必ずしも発生するわけではないでしょう。

 眉根を寄せた私に、カーファさんは頷く。


「その通りだ、主。それでも、その可能性にすがろうとする程度には、行き詰まってるのも事実なんだ。『キリゲバに見つかった』ってな」


 どこか申し訳なさそうに言ったカーファさん。従者として、私に手間を取らせることに後ろめたさを感じているみたい。だけど、犯罪者たちを許せないのは私も彼も同じ。……ここはとりあえず、可能性に賭けて行動してみるべきかしら。


「分かったわ、やってみましょう。だけど、職業衝動を誘発すにしてもどうやって?」

わたくしに考えがあります。まず、これまでお嬢様の職業衝動を間近で見守って来たわたくしの推測では――」


 メイドさんが語ったのは、私の職業衝動の発生条件。それは、抹殺対象が私の一定範囲内に入った時に発生するのではないか、と言う推測だった。さらに言うと、私が一定時間内に移動できる場所にいる対象に反応しているのではないか、と言うもの。


「つまり、お嬢様がエルラの町を隅々まで移動して、手当たり次第に反応を探るというのはどうでしょう?」


 私が殺すべき敵の反応があるまでしらみ潰しに町を回る。そんな地道な作業を、メイドさんは提案した。……ところで、しらみって何かしら。言葉として走っているけれど、何かは知らない。きっとチキュウに居る何かでしょうね。今度サクラさんに聞いてみましょう。

 っと、考えが逸れたわ。


「作戦は分かったわ。だけど、ごめんなさい。私の足じゃエルラを端から端まで歩くだけでも2日はかかると思う。しかも町中を歩くとなるととても1週間じゃ――」

「そこは、俺とメイドちゃんの役目だ。な、メイドちゃん?」

「はい♪ お任せください」


 カーファさんとメイドさんが従者同士、通じ合っているかのように話す。主人を置いてけぼりにするなんて。……なにかしら、この少し寂しい感じ。モヤモヤするわ。


「で? 具体的にはどうするの?」

「簡単です。わたくし、あるいはカーファ様がお嬢様を抱えて運ぶ、以上です」

「俺たちなら半日もあればエルラを網羅もうらできるだろうな」


 少しつっけんどんな言い方で聞いた私に構わず、メイドさんとカーファさんが語った作戦は、びっくりするくらい単純だった。つまり、ステータスに任せた力技を敢行するということね。


「ま、まあいいでしょう。問題は職業衝動が本当に発生したときね。多分だけど私、我慢できる自身が無いわ」


 職業衝動に襲われると、身体がほとんど言うことを聞かなくなる。対象を殺すことで頭が一杯になるから、考え無しに敵地に突っ込んで行ってしまうでしょう。相手は人を殺すことをためらわない犯罪者集団。私が触れるよりも早く、私が殺されてしまうこともあるでしょう。


「はい、なので常にわたくしたち3人で行動します」

「主を守るのも、俺たちの役目だからな」


 ふむ。いつ行なうかは決めないといけないけれど、とりあえず概要は理解できた。私を抱えてメイドさんとカーファさんがエルラ中を走って、を探すということね。

 敵の数が分からない以上、数が多い方が良いのか。そう思ってサクラさんに助力をおうと思ったけれど、ダメね。サクラさんには人を殺してほしくない。それから、なるべく私が職業を果たしている姿を見て欲しくない。職業衝動の中にある私は、私じゃないみたいだもの。人を殺して笑う私を見たサクラさんに怖がられるなんて、想像もしたくなかった。


「……ええ、分かったわ。フォルテンシアに害をなす存在に教えてあげましょう。死滅神わたしが居るってね」

「ええ、必ず。お嬢様」

「そうだな。それから――エルラのためのご助力、感謝します、我が主」


 昇り始めたデアの光を浴びながら、私たちは決行日を明後日――2月の4日目に決める。理由は単純で、カーファさんの仕事が休みの日だったから。


「じゃ、俺はそろそろ行くな。イフィアちゃんに励ましてもらって来るわ」


 そう言って今日も歓楽街の方へ消えて行ったカーファさんを、私はメイドさんと共にジトリとした目で見送った。

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