○夜を駆ける
エルラの町の冒険者ギルドは、丸いケーキを模した色形をしている。どんな人でも入りやすいように、ということらしいわ。ウルセウとは違って、掲示板に依頼主が依頼を貼って、冒険者が気に入った物を早い者勝ちで取る仕組みね。出品者による報酬の競争がある反面、冒険者本人には依頼そのものを見極める経験と勘が必要になる、そんな仕組みだった。
「それじゃ、ひぃちゃん、メイドさん、一足先に行ってきま~す」
「ええ、気を付けてねサクラさん。危ないことはしちゃダメよ。信号は守ること。他にも、いろんなことに気を付けて……」
「ざっくりし過ぎだよ、ひぃちゃん?」
今回サクラさんが受けたのは、お店の警備の依頼だった。価格競争が起きている分、報酬はかなり良さそう。依頼者の意向で女性冒険者限定というところも、報酬に関わっているんじゃないかしら。
「気を付けて行ってらっしゃいませ、サクラ様」
「はい! サクラ、行って参りますっ」
額に手のひらを当てる謎のポーズをとったサクラさんを見送る。表にいるポトトと一緒に、サクラさんには“日常”を過ごしてもらいましょう。
ギルドからサクラさんが出て行ったことを確認して、私たちは私たちの日常を始めないと。
「……さて、お嬢様。一度宿に戻って、着替えてしまいましょう」
「着替え? この服じゃダメなの?」
私が見下ろすのは、クリーム色で長袖のモコモコした服に、黒で長い丈のスカート姿の自分。サクラさんが選んでくれた服で、「セーターのモコモコふわふわ感をフレアスカートでちょっと大人に引き締めるんだよ」らしい。服の中には上下長い丈の肌着に、動き回ることを想定して
「配達の依頼であればその格好でも大丈夫ですが、これからお役目を果たしに向かうのです。それなりの正装と言う物があります」
「……そういうものかしら?」
「服には機能性以外にも意味があるものです」
指を立てたメイドさんの言葉に一応の納得をして、ギルドの受付を後にする。
この時、私たちはすっかり失念していた。今、エルラには犯罪者集団が居て、それなりの影響力があることをね。私もメイドさんも、自分の役割を果たすことで思考が一杯になっていたというのもある。カーファさんとの約束の時間が迫っているから、急がないと。そう思っていたのも事実。
私たちが犯罪者たちを殺すから問題ない。そう思ってエルラに潜む闇を軽視した結果は、この後すぐ、サクラさんの涙という重い事実となって私たちに返って来る――。
「よろしいですか、お嬢様?」
「え、ええ。というより、またこれなのね……」
「すごい絵面だな、おい」
着替えを済ませた私は、ディフェールルでそうだったように、メイドさんの小脇に抱えられていた。場所はカーファさんとの待ち合わせ場所でもある、時計台広場の1つ。時刻は4時の少し前だった。
捕まってしまったメリのように手足をだらんとした状態の私。威厳もへったくれも無い格好で、メイドさんを見上げる。
「こう、いつも運んでくれるみたいに両手で私の背中と膝を抱えるのはどう?」
「そうすると、両手が
きちんと理由があるなら、まあ、仕方ないのかしら。文句があるならレベルを上げて、私1人で動けるようになれって話よね。
「それに、こうしているとお嬢様を
「そっちが本音じゃない! ……え、冗談よね?」
「んふ♪ では、参ります」
「ちょっと! どっちなのっ――きゃぁーーー!」
夜のエルラに私の叫び声が
「メイドちゃん、飛ばし過ぎだ。もう少し押さえた方が良い。主の意識が飛ぶ」
「あら、そうでしょうか。……いえ、そうですね」
並走するカーファさんが私の状態を察してくれる。おかげで、メイドさんの走る速度が一気に落ちた。これなら、大丈夫そう。
カーファさんもカーファさんで、メイドさんに匹敵するステータスを持っているのでしょう。いいえ、むしろ生きて来た年を考えれば、カーファさんの方がレベルは上なのかも。詰所から拝借したらしい重い鎧をまとってなお、メイドさんの速さについて来ているんだもの。
――ほんと、頼りになる2人ね。
話すと舌を噛んでしまうから、今は話せないけれど。
「エルラの町は本当に厄介です」
私の頭上で、もどかしそうなメイドさんの声が聞こえる。
メイドさんも私と同じで、感覚通りに体を動かすといつも以上に速度が出てしまう。ステータスが高い分、自由に動けないもどかしさはきっと、私以上でしょうね。逆に、カーファさんはずっとエルラに住んでいるから、感覚の
「まずは
「かしこまりました」
カーファさんもただ遊んでいただけじゃないみたいで、しっかりとゴブリンの情報を集めていたみたい。衛兵として、“死滅神の従者”として、やっぱり彼は優秀だった。……それにしても、歓楽街には行き過ぎだと思うけれど。
「お嬢様、職業衝動があれば教えて下さいね」
移動しながらも、優しい目で私を見下ろすメイドさん。歓楽街の明かりに照らされるきれいな顔も、白金の髪も、普段とは違うメイドさんの色合いを映し出す。そんな彼女に見惚れそうになりながら、私はどうにか眼だけで了承を伝えた。
だけど、ことはそう上手くいかなかった。歓楽街を隅々まで回ってみても、職業衝動は無い。一度地上に降りて、広場で休憩を取ることになる。時刻は4時30分くらい。体感で1時間近く、メイドさんたちは走り回っていた。
「珍しい。メイドさんが汗をかくなんて」
「お嬢様、茶化さないでください」
「あ、ごめんなさい」
素直に失礼を詫びて、私は黙ることにする。椅子に座って反省する私を置いて、息を整えるメイドさんとカーファさんが次の予定を話している。
「カーファ様。次はどちらに参りましょう?」
「そうだな。あと怪しい所と言えば……」
鎧姿のまま、カーファさんが考え込む。メイドさんの息が整った頃、カーファさんがおもむろに口を開いた。
「次は俺たちが警戒している店を探ってみようか」
俺たち、というのはエルラの衛兵さんのことでしょうね。カーファさんの話では、ゴブリンの関係者が経営しているのではないかという噂があるお店がいくつかあるみたい。町の治安に関わる機密情報。いくら死滅神とは言え外部に漏らしたとバレたら怒られるから内緒で頼む、とのことだった。
「それじゃあ今度は、俺が主を運ぶ番だな」
「ええ、よろしく頼むわ」
カーファさんは私を横抱きにして運んでくれるみたい。こういうところは、紳士的なのよね。
「“何か”があった時はどうするのですか?」
両手を使えないでは無いか。というメイドさんの半眼に
「メイドちゃんが対処するんだろ?」
と素で返したカーファさん。からかうような口ぶりだったけれど、そこにはメイドさんならできるという信頼があるように見える。そんなカーファさんの予想外の言葉に固まってしまったメイドさんを置いて、
「じゃあ、主。行くぞ。しっかり捕まってろよ」
私を抱えたカーファさんは再びエルラの町を駆ける。メイドさんとは違う、広くて硬い胸の感触に驚きながら、カーファさんの言う“心当たり”を回ること3軒目。実際の時間にして30分後。エルラの町の外周部にある細い路地にひっそりと佇む大人のお店を私が見た瞬間、ついにその時がやって来た。
――『オオサカシュンを殺せ』
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