○side:???

 目覚めた私の最初の記憶は、暗闇だった。充満する不潔な匂い。光の当たらない、真っ暗な空間。


「……どこ?」


 そんな私の声が反響する。と、小さな明かりを持った3人の男が近づいて来た。


「おい、こいつ、目を覚ましてやがる!」

「シュンさんを呼びに行くぞ」

「あーあ。俺たちの人形遊びもこれまでかよ」


 複数の男の声が聞こえて、足音が遠ざかって行く。彼らが持っていた魔石灯のおかげで分かったのは、ここが牢屋だということ。そして、私が全裸だということだった。それを自覚すると同時に、体が震える。


「さむい」


 ここがどこなのか分からない。記憶もほとんどない。でも、2つだけ覚えている名前があった。


「シンジ……メイドさん……どこ?」


 名前を呼ぶ度に、温かな気持ちになる。自分の膝を抱きながら何度も名前を呼んで、冷え切った体を温める。しばらく震えながらそうしていると、再び魔石灯の光と共に足音が聞こえて来た。


「お、目が覚めたのか」


 そう言って、牢の柵をへだてて私を見下ろすのは黒髪黒目の少年だった。記憶の中の『シンジ』も『メイドさん』も金色の髪をしている。


「……だれ?」

「ん? オレ? オレは大幸おおさか駿しゅん。シュンで良いよ。君は?」


 名前を尋ねられて、私は首をかしげる。だって、私に名前は無いから。しばらくじっと少年を見つめていると、やがて彼の方が観念した。


「ま、いいか。折角動くようになったみたいだし、うん、見た目も完璧だ。きっといいお客さんが付くと思う」


 1人で何かを納得した少年……シュンは、先ほどとはまた違った笑みで私を見下ろす。


「まずは、きれいにしないとな。あいつら、大事な商品を汚しやがって……」

「……?」


 シュンに言われて私は自分の身体を見下ろす。痩せていても凹凸が分かる体は、確かに垢がひどい。魔石灯の光を映す白い髪も、ふけで汚れてしまっている。それに体中に何か白い液体が這ったような跡もある。股からは白い液体そのものが漏れ出していた。


「とりあえず、水を持って来るから体を拭けよ。っとその前に……〈洗脳〉」


 一瞬、シュンの黒い瞳が光った気がする。だけど、私の身体に変化はない。


「これでいいだろ。それじゃ、今日からお前は髪が白いから『シロ』。源氏名だから覚えといて。明日から奉仕、よろしくな」


 奉仕。その言葉が私の脳内を駆け巡る。そうだ。私は奉仕するために生まれて来た。誰かに使われるために生まれて来た。疑いようのない本能が、ぱちんと弾けた気がする。

 この日から、私……シロの、お客様に奉仕する日々が始まった。




 目が覚めてから1か月。シロにはいくつか分かったことがありました。

1つ。お客様の前では話さないこと。話すときは、こうして敬語を使うこと。


「あはっ! あはははっ!」

「……っ。……っ!」


 シロに向けて何度もむちを振るうお客様。とても痛いです。それに、しばらくすれば、今度は夜眠れないくらいにかゆくなるんです。でも、血が出ればポーションを飲んで元通り。また新しい身体でお客様の前に立ちます。これがシロの当たり前でした。

 2つ。お客様の要望には最大限応えること。


「シロちゃん、自分でシてごらん?」

「おい! これを、舐めろ!」

「泣け、叫べ!」


 その全ての要望に、シロは誠意をもって応えます。最初はどれも意味が分かりませんでしたが、優しいお客様が教えてくれました。声を出せと言われれば出しますし、泣けと言われれば泣きます。相手の全てを受け入れる。人族に尽くす。それこそがホムンクルスという種族に生まれたシロの役割なのです。

 3つ。自分をしっかりとくすこと。お客様に合わせてきちんと対応するには、シロ自身の思考も、記憶も、必要ありません。食事の仕方さえ分かっていれば、あとはお客様が私に役割いきかたを与えてくれるのです。

 4つ。誰にも逆らわないこと。お客様はもちろん、シュンを始めとするお店の従業員にもです。彼らがシロを求めるならそれに応えて、痛めつけるなら耐えます。そうしないと、他の子が代わりにシロと同じ目に遭ってしまうから。

 他の子というのは、お店に居るいろんな女の子のことです。大体7日ごとに、2、3人が新しく店にやって来ます。でも、次に新しい子が来るまでに大抵は居なくなりました。おかしくなったり、死んでしまったり。理由はいろいろあるみたいです。

 彼女達はドレイという国の出身者が多いみたいでした。無理やり連れてこられた人もいるみたいです。日に日に弱って行く彼女たちを見ていると、なぜだか関係ないはずのシロの心が痛みます。それは、何度繰り返しても無くなることはありません。


 ――早く、心が無くならないでしょうか。


 そうすれば、何も痛くなくなるのに。3つめの気づきを実行できない自分が、ただただ情けないです。




 目覚めてから、どれだけ時間が経ったでしょうか。分かるのは、居なくなった女の子が59人だということくらいです。一度もお店の外に出たことが無いシロですが、別に良いんです。ここに居れば、シロはご奉仕できるのですから。種としての役割を果たせるのです。

 その日、営業時間外のお店で全裸のシロを片手間に遊びながら、シュンたちが話していました。人数は5人。全員が古くからこのお店の従業員で、シュン以外はフォルテンシアの人族でした。


「実はさ。昨日からエルラに召喚者っぽい女の子が居るんだよね」


 その一言だけで、シロを含めた全員がシュンの言いたいことを理解します。シュンはその女の子をこのお店に連れてこようとしているのでしょう。


「だけど、シュンさん。最近は衛兵の目が厳しくなっててよぉ」

「そうですぁ。ことを大きくして見つかってしまう方が、シュンさんの言うリスクってやつですぁ」


 シュンが私を使い終えたのを確認して、短身族と角耳族の2人が私を使い始めます。名前は……忘れました。最初こそ「好きだと言え」「もっと求めてくだせぇ」と指示をくれました。でも最近はシロを物として扱うので、シロも黙って応えるだけです。

 男たちに言われてシロが四つん這いになると、お話と行為の続きが始まります。


「ようやくシロの買い手もついたんだ。大金を頂いてからでいいだろ?」

「けどなぁ……。地球の女かもってだけで興奮するの、なんでだろ? オレ、寂しいんかな?」


 どうやらシロは、この前お相手したお客様に気に入って貰えたみたいです。身体に剣を刺されて死にかけましたが、シュンたちが特製のポーションでどうにか治してくれたのが記憶に新しいです。


「シロ、か……。オークションで買って動き出さなかった時は焦ったけど、今じゃそれ以上の金を稼いでくれたもんな」


 ソファに腰かけながら、シュンは遊ばれているシロを見下ろします。その言葉、表情の意味は、シロには分かりません。考える必要もありません。


「じゃあ、まあとりあえず。シロを出荷してから、行動することにするか」

「諦める選択肢を取らないシュンさん、しびれるぜ」

「当たり前だろ。最悪、衛兵が来たとしても、オレのスキルで自殺させれば良いからな」


 召喚者であるシュンは、相手を自分の意のままに操る〈洗脳〉のスキルを持っているらしいです。なぜかシロには効きませんでしたが。


「茶髪で元気そうでさぁ。あー……あの子のこと考えるとムラムラしてきた。シロ、来い」


 言われるがまま、シロはシュンの膝の上に座ります。シュンはこの体位が大好きでした。シロが抱きしめてあげると、とても幸せそうな顔をするんです。


「シロは出荷前に特製ポーション漬けにして膜まで戻すとして……。召喚者の子はどうするんで?」


 事を終えてへたり込んだままの角耳族の男が、シュンに尋ねます。それに対してシュンはたのしそうに笑いました。


「とりあえず、冒険者やってるっぽいからギルドに依頼するんだよ」

「でもよぉ。その子が受けるかどうかなんて分かんないぜぃ?」

「いや、それがそうでもないんだなぁ」


 召喚者の女の子のことを嗅ぎまわったシュンの話では、その子には大切な友達っぽい子が居て、その子のためにお金を稼いでいるらしいです。


「で、その女友達もシロに負けず劣らず可愛いんだ」

「……なるほど! 召喚者の女を餌に、その友達も釣るってわけですね?!」


 やせぎすの人間族の男の声に、シュンは得意顔で頷きます。


「ギルドに怪しまれないぐらいに報酬の良い依頼にすれば、多分あの子は釣れる。友達のためだったら無理してくれそうだからな……」


 目の前でそう言ったシュンの表情の意味は、やっぱり、シロには分かりません。


「っと。嫌なこと思い出した。シロ、あえげ」

「わかりました」


 シュンの指示に頷いてシロは声を出します。どうすれば自然に聞こえるのか、喜んでくれるのか。シロは数えきれないお客様との経験から、知っています。ワタシの中にあるシュンの欲望が、大きくなっていきます。


「可愛い子を抱いて、心行くまで遊んで、食って、寝る……。やっぱり、異世界は最高だな!」


 何かを振り切るように笑って私の胸に顔をうずめるシュン。そんな彼を、シロは他のお客様同様、なぜか可愛いと感じるのでした。

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