○いつものことよ
結局、シシリーさん達が襲い掛かってくることは無かった。黄色い毛並みと茶毛の垂耳族のシシリーさんが、黒毛の角耳族のミィリィさん、金髪に白い毛並みをした丸耳族のニアさんの2人をなだめた形だった。
そうして待っているのは、事後処理。衛兵さんへの連絡は、近くに居た通行人さんに頼んだ。死滅神の役割で殺したことを告げると、衛兵さん達も苦い顔をしていた。実際、悪人を成敗していたアケボノヒイロは、衛兵さん達にとって貴重な存在だったのでしょう。少なくとも私に感謝の言葉が返ってくることは無かった。
アケボノヒイロの遺体を衛兵さん達に引き渡し、ただお店の地面にへたり込んで
「もしあなた達が生活に困る事があれば、死滅神の神殿を頼りなさい。最低限の生活は保障してくれるはずです」
お役目のせいとはいえ、彼らはアケボノヒイロという保護者を失った。彼女たちだけじゃない。死滅神によって親を失った子供が
だから、各地に死滅神の神殿がある。死滅神によって親を殺された子供たちを受け入れる孤児院としての役割も、神殿が担ってくれていた。受け入れられた子供たちは一般的に“大人”と呼ばれる年齢になるまで、神殿での生活を保障されているわ。
そうして死滅神の神殿を頼る道がある、という事実を教えたメイドさんに、だけど。黒毛のミィリィさんが細長い尻尾をピンと立てて首を振る。
「そんなの、絶対に嫌!」
「意地を張るのは結構です。ですが、そこに居るあなたの友人……いいえ、家族が。再び苦しむ道を選ばないことを、
行きましょうお嬢様。そう言って、もう2度とシシリーさん達を振り返ることなく店を出て行くメイドさん。私とポトトも彼女に続こうとしたけれど、私は足を止めて悲痛な面持ちのシシリーさん達を振り返った。
「さっきは言えなかったから、きちんと言わせてもらうわね」
そんな私の言葉に泣き腫らした目をして地面にへたり込んでいる3人が、私を見上げる。まだ何か用があるのかと。そう言いたげな彼女達に対して、私は自身の胸に手を当てて、
「苦しんでいた時。あなた達を助けてあげられなくて、ごめんなさい」
誠心誠意、謝罪する。でも、私が謝ることが出来るのは、それだけだ。アケボノヒイロを殺したことで、もう一度彼女たちを苦境に立たせることについては、謝るべきではないでしょう。私は使命に従った自分の判断を間違っているとは思っていないから。アケボノヒイロの死を、殺した当人である私が「謝罪」という形で否定するわけにはいかなかった。
私の謝罪に、目を見開いた3人。どうしてそんな顔をするのか。
「……シス達の方こそ、その、ごめんなさい」
どうして、謝罪の言葉を口にしたのか。その辺りについて、本当はもう少しお話をしたいけれど、きっとそれはサクラさんの言う“空気の読めない行動”になるのだと思う。
「……それじゃあ、失礼するわ」
ドレスの裾をつまんで膝を折った私を、3人はただ
アケボノヒイロは、町の人からの信頼も厚かったみたい。店を出た私を見る人々の目には無理解がうかんでいた。「どうして正義の味方であるアケボノヒイロを殺したのか」と。正義に敵対することが悪であるならば、やっぱり私は悪側の人間なのでしょう。
町に来てまだ1時間だと言うのに。4番地には、死滅神である私を遠巻きにする、なじみ深い空気感が漂っていた。……まぁ、いつも通りね。
「改めて、お勤めご苦労様でした、お嬢様」
デアがもうすぐ天頂に登ろうかという時間。ポトトの鞍に跨って手綱を握るメイドさんが、背後で2人乗りをする私に言ってくれる。
「ふぅ。そうね。それじゃあ、引き続き、6番地を目指しましょうか。ポトト、行けそう?」
『クルッ!』
黒くて大きい羽を元気いっぱいに広げて、ポトトが鳴く。目的地である6番地までは、ポトトに乗って1週間ほどだろうというのがメイドさんの見立てだった。
メイドさんの細い腰に抱き着きながら観光も兼ねて町並みを見ていると、右手側。背の低い建物が多い中でもひときわ立派で、高さのある建物が見えた。いくつもの建物を積み重ねたような見た目をしていて、足元には堀と石垣が見える。全体的にぼんやりと台形をしたその建物――お城は圧倒的な威容を放っていた。
「メイドさん、もしかしてあれが、あなたの言っていたお城?」
「はい。ここは4番地なので、四ノ
「お城のてっぺん? うーんと……」
手でひさしを作ってヨンノシロの頂きを見てみると、何やら屋根の両端に金色の彫刻が飾られている。
「何かが乗っているのは分かるわ?」
「あそこに飾られているのはカメです。チキュウの故事になぞらえて、『ゆっくりと着実に進む』と言う意味が込められていたはずですよ?」
そうして様々な意味を込めた彫刻が24種、各番地にあるお城の屋根に飾られているらしかった。ここで注意したいのは、お城が住居や行政府ではなくて、ただの飾りだということね。
そもそも、ナグウェ大陸には、国が存在しない。大陸を24分割して各地に番号を割り振ったものが「番地」と呼ばれる物よ。投票で選ばれた各番地の代表者が、大陸中央の0番地にある『中央議会』で様々な事柄を議決する仕組みを取っているらしい。
「中央議会って具体的に何をしているの?」
「大抵は、大陸における法の制定と、各番地から吸い上げた財の再分配ですね」
ナグウェ大陸は各地における貧富の差が最も少ない場所なのだとメイドさんは説明した。
「つまり、法律は統一されているけれど、その他の所はそれぞれの番地に任されているということ?」
「そういうことになりますね。もし何かしら問題があれば、中央議会で話し合う。そのような形でかれこれ100年以上、今の体勢が続いていたはずです」
それぞれの番地ごとに特色を生かして自治を行なっていて、困りごとは中央議会で話し合う。なんとなく、行き当たりばったりな印象を受ける。
「よ、よくやっていけてるわ……」
「ひとえに、ナグウェ大陸に住む人々が重んじる協調性の高さによるものかと。互いが互いを思いやる。悪く言えば監視し合うことで成立している、国のような“何か”なのです」
各自治体、法律に基づいて税を課したり、より細かな規則を作ったりする強力な自治権はあるけれど、一部の財政権は無い。中央議会という意思の統一と財政を担う機関はあるけれど、逆に言えばそれくらいしか出来ることは無い。
「なんだか母親の下で自由に暮らす、娘・息子さんみたいね」
母親が0番地で、娘・息子さんが各番地。国のように上に立つ者の指示で「こうしなさい」と言われるのではなくて「こうしちゃいけないけど、それ以外は自由!」と自主性にゆだねられている。もしケンカや騒動があれば、家族会議をする。そんな、ゆるーい感じ。
「その表現、言い得て妙です、お嬢様。それぞれが最低限のルールのもと、自由気ままに生活している。ナグウェ大陸は、そんな放任主義の家族のようなものです」
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