○『救う者(イーラ)』
7月の1日目。ナグウェ大陸における3つのお仕事の内、2つを終わらせた私、メイドさん、ポトトの3人は2週間ぶりに死滅神の邸宅へと帰還することになった。
氷晶宮がある洞窟を抜けると、見覚えのある白黒のイーラの町並みと、ハリッサ大陸特有の肌を刺すような寒さが私たちを迎えてくれる。時刻は夕暮れ時。だけど、西側に高い山があるイーラはもう既に真っ暗だ。街灯はもちろん、町のあちこちの家々では魔石灯の明かりが
白い光を放つ魔石灯の下、私は水路を流れる水の音を聞きながらゆっくりと歩く。こうして薄暗い道でせせらぎを聞いていると、ささくれだった心が安らぐような気がした。
「お疲れですか、お嬢様?」
私のやや前を歩くメイドさんが、顔だけ振り返って私に聞いてくる。
「……そうね。久しぶりだったから、というのもあるかもしれないけれど、今回は色々としんどかったわ」
お仕事の1件目に当たるアケボノヒイロの抹殺。また、その後に6番地で行なった2件目のお仕事――リンさんという人間族の女性の抹殺。どちらも、根っからの悪人を殺すものではなかった。2人とも『大切な物を守るために』という、私でも共感できる理由で悪人を殺していたのだ。
もちろん、彼らを殺したことを後悔はしていない。だけど、わたしが本当に殺すべきなのは、アケボノヒイロたちが殺していた悪人の方たちなのだと思う。
――私が頼りないから。力が無いから、アケボノヒイロたちに罪を犯させてしまった。
思い出すのは、アケボノヒイロを殺した時、私を糾弾した垂耳族の女の子、シシリーさんの言葉だ。
『でも……死滅神様はシス達を助けに来てくれなかった、ですよね?』
『どれだけ叫んでも、泣いても、誰も助けてくれなかった』
シシリーさん達のような不幸はきっと、フォルテンシアにはありふれている。今もなお、この世界のどこかでは私の救いを待つ人々が大勢いる。だけど、彼ら彼女らを救うには、私の手はあまりにも小さい。
強くなりたい。自分と、出来るなら他人を助けたい。そう思って始めた鍛錬も、ありふれた不幸を前にして、果たしてどれだけ効果があるのかしら。
「メイドさん。私は、どうすればフォルテンシアで苦しむ人たち全員を救えると思う?」
自分の手を見つめながら、博識なメイドさんに聞いてみる。彼女であれば、何かしら有益な助言をしてくれるかもしれない。そう期待してしまうくらいには、私は行き詰まりを感じていた。
「……あの小娘たちの言葉を気にしておられるのですか? であれば、
「うぅっ……。そ、そうよね」
きっぱりと、私では力不足だと言い切ったメイドさん。
「お嬢様でなくとも。例えご主人様が生きていらしたとしても、不可能でしょう」
「だけど、シシリーさん達も言っていたように、私は“死滅神”よ」
4大神にはそれぞれ異名がある。例えば、テレアさんでおなじみ創造神。人々や動物たちが暮らす環境を整えて進むべき道を示す創造神は「
じゃあ私、スカーレットが担当するイーラこと死滅神はと言うと……。
「『救う者』。あらゆる苦しみ・不幸から人々を解放することが、命を刈り取る使命の根本にはあるんだもの」
「もちろん、知っています。そして、心優しく、考えの甘いお嬢様が傲慢にも全ての命を救おうとしていることも、知っています」
「ちょっと! 心優しいって褒めてくれたことは、純粋に嬉しいけれど! 考えが甘いなんて、一言多いわ?!」
それに、メイドさんは考えが甘いなんて言うけど、全ての命を救うことこそが代々続く
「それでも、やはり。全ての命を救うことなど不可能だと、
「ふんっ。別に良いもの。メイドさんが考えてくれないなら、私1人で考えるから!」
全く。“死滅神の従者”でありながら、その在り方を理解していないなんて。私とメイドさんが口論していると、私の後ろをぽてぽて歩いていたポトトが鋭く鳴いた。
『ルゥ! クルルクク クルルククク!』
「『2人とも、仲良くして』だそうですが?」
「メイドさんが分からず屋さんなだけだわ。従者なら、主人の理想をどう叶えるかを考えるべきじゃないかしら」
それとも何? やっぱり私はまだ、主人にはふさわしくないとでも言いたいの? ……まぁ、それなら納得できるかしら。結局、私の努力不足ということよね。じゃあ、一体、どうすればいいのか。最終的にはその疑問に立ち返ってしまった。
迷宮でたまにあるらしい、進んでも進んでも元の場所に戻ってしまう『無限回廊』みたい。だなんて考えていたら、気付けばもうそこは邸宅に続く階段がある演説広場だった。
「……
「ひぃちゃん! メイドさん、ポトトちゃんも! お帰り~!」
メイドさんが何やら小声で言ったのと、広場で待ってくれていたらしいサクラさんが嬉しそうに手を振って出迎えてくれたのが、ほとんど同時だった。
「戻ったわ、サクラさん! えぇっと、メイドさん。何か言った?」
「……いえ。お気になさらず」
そうかしら。何かを言おうとしていた気もするけれど、独り言とか?
「そう? 言っておくけれど、言いたいことがあるならきちんと言ってね? 私、こう見えても人の心を察するの、苦手だから」
些細な行き違いは、やがて大きな問題になる。それは、サクラさんが言いたいことを我慢していたと知った時に学んだことだ。私も成長しているのだと、メイドさんに示して見せた、つもりだったのだけど。
「どうしてそこで可愛らしいお胸を張れるのかは疑問ですが……。はい。どこからどう見ても、人の細かな心の機微を察することが出来る淑女には見えませんものね?」
「なっ?! 言いたいことは言ってと言ったけれど、そこまで言って良いとは言っていないわ!」
「はぁ……。聞いているだけで頭が痛くなるようなことを言わないでください。本当に、お嬢様は成長されませんね?」
頭を抱えて、やれやれと首を振るメイドさん。とても、主人を敬っている従者の態度とは思えない。こんな、従者もどきのことは放っておいて、私は甘やかしてくれるはずのサクラさんの所へ駆け寄る。
「聞いて、サクラさん! メイドさんってば、ちっとも私のいうことを聞いてくれないの」
「う~ん? 少なくとも今のやり取りは、ひぃちゃんが横暴なだけだと思うけど?」
「う、嘘でしょ。サクラさんまで……。ふん、いいわ、リアさんに話を聞いてもらうから!」
「いつになく荒れてるな~……。メイドさん、お仕事で何かあったんですか?」
「はい、実は――」
サクラさんにここ2週間の出来事を語るメイドさんの声を背後に聞きながら、私は邸宅へと続く広くて長い階段を速足で上るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます