○……いつから?

 イーラに戻った翌日は、休養に当てることにした。シシリーさん達のこともあったし、なるべく早く、1人でも多くフォルテンシアの敵を殺すべきだと主張した私に、


「ですが、無茶をして身体を壊されては意味がありません」


 とメイドさんが釘を刺してきた。結局、お互いの折衷案として1日だけ休養してからナグウェ大陸に残っている最後の1人の抹殺に向かうことになった。

 朝。いつも通り2度寝をした後に朝食を食べて、自由時間となる。邸宅の良い所と言えば、宿泊費・食費といった金銭面の心配がないことよね。どちらも、信者さん達の寄付金などでまかなわれているから、私は働く必要がない。

 だけど、いざ、何もしなくて良いと言われても困る。例えばメイドさんなら趣味の裁縫があるし、サクラさんは空いた時間にキュウドウの型を練習したり、勉強をしたり、鍛錬をしたり……。とにかく、時間の使い方が上手い。あのリアさんだって、外に出て動物たちとたわむれたり、お手伝いさんから給仕を習ったりしている。

 対して、私の趣味と言えばせいぜいお買い物と食事くらい。だけど、知っての通りイーラにはお店が無いし、食事もメイドさんとサクラさんによって厳しく制限されている。あと好きなことと言えば、眠ることくらい。だから朝食を終えて寝室に戻った私は惰眠だみんむさぼろうとベッドで横になってみたのだけど……。


「無理!」


 ベッドの上、部屋着姿の私は叫んだ。森で目覚めてから半年以上。いつも何かしら動いてきた私にとって、何もしない時間と言うのは耐えられなかった。というよりそもそも。信者さん達のお金で生活できているということを忘れてはいけないでしょう。


「私、結構なまけ者だと思っていたのだけど……」


 とりあえず、何かをしていないと落ち着かない。掃除でもしようかと部屋を見渡してみるけれど、憎らしい程にきれい。……お手伝いさん達には感謝しかないわね。じゃあ何か手伝えることがないか。居間や廊下で掃除をしていたお手伝いさんに聞いてみてると、


「「おそれ多いです!」」


 と頑なに手伝うことを拒否されてしまった。仕方が無いから時間を早めて鍛錬でもしようかと庭に出て、いつもの腕立て伏せだったり、上体起こしだったりをしてみる。


「はぁ、はぁ……。ふぅ! どうかしら?!」


 程よい疲労感と気持ちのいい汗をかいて空を見上げてみれば、まだまだデアは天頂には程遠い位置にあった。


「……絶望って、意外と身近な所にあったのね」


 こんなにも「何もしない時間」が苦痛だったなんて、知らなかった。きれいに整えられた芝生の上で火照った体を冷やしていると、ふと、妙案が浮かんだ。


「シンジさんの部屋を捜索してみるのはどうかしら?」


 目下、お役目以外の私の目標と言えば、サクラさんを故郷のチキュウに帰してあげることだ。その手掛かりがシンジさんの部屋にあるんじゃない?


「やることもないし、ダメもとよね!」


 私は自分でひねり出したやることに飛びつく形で、邸宅1階にあるシンジさんの部屋へと向かうことにした。




 メイドさんの着せ替えでも使ったシンジさんの部屋は、台所や居間がある空間の隣にある。シンジさんの部屋とは言うけれど、メイドさんの話では、シンジさんはこの邸宅に住んでいたわけじゃないらしい。イーラに遊びに来た時にシンジさんが使っていた専用部屋と言うのが、その部屋を表すのにふさわしいわね。ついでに言うと、この部屋の隣にメイドさんの私室がある。リアさんとサクラさんには上の階、私の寝室の隣にある2つの部屋が割り当てられていた。


「お邪魔するわ」


 誰にともなく断りを入れて、入室する。部屋の大きさは、私が使っている寝室の4分の1くらい。5人が入れば少し手狭に感じるくらいかしら。白色の魔石灯が照らす室内には、メイド服が大量に収められた衣装棚が3つと、ベッドが1つ、姿見が1つと、必要最低限の物しかない。板張りの床には淡い水色の絨毯が敷いてあった。


「やっぱり。こうして見ると、本当に寝泊まりだけをする部屋だったのね」


 となると、例えば日記だったり、研究資料だったりがある可能性は低そうかしら。とは言え、ダメで元々ここに来ている。故人の墓を荒らすようで気が引けるけれど、何かないか探させてもらうことにした。

 そのまま、かれこれ30分くらい部屋の中を探してみたのだけど、案の定、これといって何も出てこない。さすがに、そうそう都合よくはいかないわよね。


「こうなると、やっぱりシンジさんの実家……ナグウェ大陸0番地に行く必要があるかしら」


 メイドさんの話だと、シンジさんの家はナグウェ大陸にあるらしい。今から40年くらい前。メイドさんが生まれるそれよりも前に、ナグウェ大陸を訪れたフェイさんとシンジさんは出会った。それ以来、フェイさんの数少ない親友として、彼を支えていたと聞く。


「そう思うと、私とサクラさんの関係に近いのかしら」


 死滅神と、召喚者。お互い信頼し合って、支え合っている。違いと言えば、私の場合、サクラさんに助けられるばかりで助けたことがほとんどないということかしら。……というより、待って。私がサクラさんを助けたことなんて、あったかしら? いつも支えられてばかりなような……。


「さ、サクラさんがチキュウ帰ってしまうまでに『助かったよ、ひぃちゃん!』って言ってもらうこと。これも小さな目標にしておきましょう!」


 与えられてばかりは、公平じゃない。私も、私にできることで、サクラさんに恩返しをしないとね。


「……それにしても、このメイド服の数は尋常じゃないわよね」


 私は探索の過程でけている衣装棚に並んだ多種多様なメイド服を見遣る。この1つ1つが全て魔法道具で、メイドさんにぴったりに作ってあるなんて、今でも信じられない。


「だけど、ふふ! どれも可愛い服だわ!」


 数あるメイド服の1つの中から、この前までメイドさんが着ていた黄緑色のメイド服を手にとってみる。そう言えば、リアさんはこの中からお気に入りの1つを選んで着ていたのよね。髪を切った衝撃が大きくて見落としていたけれど、何気に、リアさんが自ら進んで何かを選んだというのも大きな変化だと思う。


「私も着られるかしら?」


 服や髪型を変えれば気分が変わることは、ルゥちゃんさん達のおかげで知ることが出来た。だったら私も。理想であるメイドさんの服を着れば、何か変われるかもしれない。


「……よしっ!」


 パパッと部屋着を脱ぎ捨てて下の下着1枚の姿になった私は、メイドさんのメイド服に袖を通してみる。まずは肩口が膨らんだワンピース。次に胸まで覆うフリル付きのエプロンを付けて、背後で可愛く結び目を作る。最後に、頭にちょこんとカチューシャを乗せれば、お着替え終了!

 早速、姿見の前に立ってみる。


「うーん、ぶかぶかね」


 袖もスカートの丈も、手袋も。どれもメイドさんの大きさで作られているから、ぶかぶかだ。でも、こうしてメイドさんの服を着ていると、彼女にそっと抱きしめられているみたいで落ち着くわ。

 ついこの間までメイドさんが半年間も着ていたんだもの。さすがに毎日洗っていたのだとしても、メイドさんのお日様の匂いが深く染み込んでいる。


「スンスン……。いつまでも嗅いで居られそう……」


 でも、さすがに人の匂いを嗅ぎ続けていたらどこかの変態聖女様と同類になってしまう。それに、もしこんな所をメイドさんに見られでもしたら――。


「よくお似合いです、お嬢様♪」


 姿見越しに、メイドさんの翡翠色の瞳と目が合った。


「……えぇっと、いつから?」

「そうですね。ちょうどお嬢様が全裸になったあたりでしょうか。い脱ぎっぷりですが、屋内だからと上の下着を着けない癖は治すべきかと」


 いつもように小言を言ってくれたけれど、つまるところ。着替えの最初の方からずっと見られていたということよね。メイドさんの服を着て喜ぶ私も、匂いを嗅いで落ち着いていたわたしも、全部、全部、見られていたということ。


「うふふ♪ そうですか。わたくしはお嬢様に愛されているのですね? まさかわたくしの匂いでお嬢様が興奮されるとは。まるでシュクルカのよう――」

「お願い、メイドさん。恥ずかしさで死ぬ前に、私を殺して?」


 地面にへたり込んだ私にはもう、それくらいしか言えることが無かった。

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