○『カノシャツ』って何?
メイドさんは、もうすぐ昼食が出来ることを私に伝えに来たみたい。お手伝いさんが、シンジさんの部屋に入って行く私を見たことをメイドさんに教えたようだった。結果、私はかなり恥ずかしい場面を、誰よりも見られたくない人に見られてしまったというわけね。
時刻は、12時30分ごろ。それぞれが出先から帰って来て、みんなで食事をすることになったのだけど。
「あれ? ひぃちゃん、何でメイド服?」
弓と剣を持って居間に姿を見せたサクラさんが、食卓の椅子に腰かける私の格好を見て不思議そうにしている。対する私は、恥ずかしさのあまり顔を逸らすことしか出来ない。別に、メイド服姿が恥ずかしいというわけじゃない。ただ、油断している姿を見られた挙句、今もなお料理の準備をしながらにやにやと私を見てくるメイドさんが居るこの状況に、言いようのない恥ずかしさがあった。
「しかもそれ、メイドさんが着てたやつ……だよね? なんで?」
「い、色々あったの」
「ふ~ん、色々ね~……。その“色々”があって、メイドさんの服で彼シャツ……じゃない。
『かのしゃつ』が何か分からないけれど、私を見るサクラさんの目はなぜか冷ややかなものだ。どうしてかしら、尋問されているような気分になって来たわ。
「んふ♪ よくお似合いだと思いませんか、サクラ様?」
「まぁ、確かに? 可愛いですけど? わたし的には、ひぃちゃんに
「そうでしょうか? お嬢様であれば何を着ても似合うと。そう言ってのける度量こそが、今のサクラ様には必要なのでは?」
服のことになるとそれぞれこだわりが強い2人が言い争っている。と、そこに折よく水色のメイド服を着たリアさんが、5人分のスープをお盆に乗せてやって来た。
「メイドさんの言う通りです。スカーレット様は、何を着ても。何も着ていなくても、魅力です」
「な、何も着ていなくても……?」
私にとことん甘いリアさんが私の全てを肯定してくれるけれど、そう言われると逆に馬鹿にされているように聞こえなくもないのよね。
「とりあえず、わたしは着替えてきますね。メイドさん、続きはお昼ご飯の時に」
「どうぞ、お待ちしております」
「うわっ! その余裕な顔、めっちゃむかつく~!」
こうしてケンカしているけれど、メイドさんとサクラさんはなんだかんだで仲が良い。私が少し、
『ルゥ……』
「案外、あなたがこの場で一番大人なのかもしれないわ、ポトト?」
やれやれと言わんばかりに足元で首を振っているポトトを、前掛けが垂れる膝の上にのせて。私は湯気をあげる昼食を口に運ぶことが出来る時を、今か今かと待つことにした。
昼食を済ませた後。私は真っ先にメイドさんを捕まえて、地下にあるらしい書斎へと向かうことにした。目的はもちろん、サクラさんがチキュウに帰る方法を調べるため。あと、可能なら、私とメイドさん、リアさんを作った経緯や施設などの情報を集めることだった。
地上部分とは違って灰色の、のっぺりとした素材で作られた廊下を2人で歩く。
「廊下の奥行きから考えて、書斎の大きさは別荘と同じくらい?」
「恐らく、ですが。実は
「え、そうなの?」
「はい。基本的に、こちらにいらっしゃるご主人様をお迎えに上がった経験しかないのです」
メイドさんが生まれたばかりの幼少期(?)は、メイド道の探求に全ての時間を割いていたらしい。成長してからはフェイさんのお役目の手伝いをしていたこともあって、こうして邸宅の書斎を訪れる機会が無かったらしかった。
階段を下りてほんの少し歩くと、燃えにくい塗料が塗られた木製の扉が見えてきた。別荘との違いと言えば、天井の高さよね。地上部分は長身族の人でも通ることのできる作りになっていたけれど、地下も例に漏れない。あらゆる種族が“死滅神”になることを想定してこの邸宅が作られていることがよく分かった。
「開けるわよ?」
私の声にメイドさんが珍しく緊張した顔で頷いたことを確認して、私は扉を引く。……のだけど、鍵がかかっていて開かない。とは言え扉に鍵穴のようなものはないし――。
「もしかして」
私は扉の取っ手を握りながら〈即死〉を使ってみる。すると、静かな廊下に解錠の音が響いた。やっぱりね。別荘の玄関扉と同じ造りになっていたんだわ。
中に金属でも仕込まれているんじゃないかってくらい重い扉を引くと、本と
入り口で突っ立っていても意味がないし、私はメイドさんと連れ立って中に入る。本が散らかっているということも無くて、中はきれいに整頓されていた。だからこそ、入り口の真正面。机の上に開かれた状態のまま置かれていた本が真っ先に目に入った。
「まるで、急に人が居なくなったみたい……」
「当然です。ご主人様は殺されるその少し前までは、こちらの書斎を使われていたはずなので」
まぁ、そうよね。いつ自分が殺されるかなんて、誰も分からないもの。フェイさんは冒険者たちに殺されるその直前まで、この部屋で“
と、そんなことを考えていた時、ふと。私はなんとなく、ここに来たことがあるような既視感に襲われた。いつだったか、夢の中でぼんやりと見たような気がする。ここでシンジさんらしき男性と話して、廊下に出てみれば、スカートの裾を踏んづけて転ぶメイドさんが居た。そんな記憶だ。
「ねぇ、メイドさん。あなた、ここでスカートの裾を踏んづけて転んだことってある?」
「いえ、覚えはありませんが……。どうしたのです、急に?」
とぼけた様子は無くて、本当に記憶にないと言った様子。さすがのメイドさんも全ての出来事を記憶できるわけじゃないということね。
「いいえ、何でもないわ。それより、早速調べものと行きましょうか」
「かしこまりました。お嬢様は召喚者について。
「ええ、そう……いいえ、待って」
今思えば。もしメイドさんが職業の遺伝について何かしらの方法を見つけた場合、私は殺されてしまう。だって恐らくだけど、今のメイドさんの最終的な目標は、フェイさんの記憶を持つリアさんに死滅神の職業を移すことだもの。
折角、サクラさんをチキュウに帰す方法を見つけたのだとしても、殺されてしまっては意味がない。ここは、例え時間がかかったとしても、1人で調べるべきなんじゃないかしら。
早速といった様子で手近な本に手を伸ばそうとしたメイドさんを、
「止まりなさい、メイドさん」
私は命令して、止める。
「……どうされたのですか、お嬢様?」
「ごめんなさい、メイドさん。だけどやっぱり、私1人で調べることにする」
「ですが、決して要領の良くないお嬢様が調べるとなると、かなりの時間がかかることが想定されます」
「ええ、そうね。でも、しばらくは私1人で調べても良いかしら?」
ここは命令じゃなくて、一応、確認の形をとることにする。もしここでメイドさんがどうしても調べたいと言うのなら、私は彼女の意思を尊重しようと思う。別に殺されたいわけじゃないけれど、フェイさんの疑似的な蘇生はメイドさんの悲願でもあるはず。
これまでたくさん、たくさん私を支えてくれた彼女の願いに
その代わり、殺される直前に命令するの。
――『サクラさんをチキュウに帰しなさい』
ってね。そうすれば、私はある意味、全ての願いを叶えた状態で死ぬことが出来る。私と違って、有能な人だもの。きっと効率よく、それこそ要領よく、サクラさんがチキュウに帰る方法を見つけてくれるはず。……まぁ、主人になるだろうリアさんの命令の方が優先されるのでしょうけれど。
そんな風にあれこれ考えていたのだけど。
「かしこまりました。もし
メイドさんはあっさり引き下がって、書斎を出て行ってしまった。
あまりの拍子抜け感にあっけにとられた私は、しばらく固まってしまう。でも、すぐに引き返してきたメイドさんが、
「お茶会を予定している3時ごろにまた、お伺いしますね。それまではこの、誰も居ない、防音のしっかりした書斎で。
なんて言ってくれたから、我を取り戻すことが出来た。
「もう! そんなことしないから! さっさと、散りなさい!」
「はい、お楽しみは長く、ですね?」
「ち、が、う! ……全く、今すぐにでも着替えてやろうかしら」
「誰も居ない書斎で全裸。やはりお嬢様は裸族だったと」
何を言っても返される。口の回るメイドのことを放置することに決めて、私は書斎で調べものをすることにした。
―――――――――――
※本作のイフストーリー『【短編】わたしを殺しに来たチョロかわいい死神ちゃんを餌付けしてみた!』(https://kakuyomu.jp/works/16817330661427820646)を公開しました。地球を舞台にしたスカーレットとサクラの物語です。ご興味があれば、覗いてみてくださいね。
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