○心を痛めてはダメ

 つい1秒前まで動いていた人が、動かなくなる。他人から見たら非現実的な光景も、私にとっては日常の1つでしかなかった。


「ヒイロ……様? ヒイロ様!」


 先ほどまで微笑ましく私とアケボノヒイロのやり取りを見ていたとは思えない、真っ青な顔をした耳族の女の子たちがアケボノヒイロに駆け寄る。特に茶髪で黄色い毛並みの垂耳族の女の子――シシリーさんは今にも倒れてしまいそうなくらいに取り乱している。


「……お勤め、ご苦労様でした、死滅神様。この後はどうなさいますか?」


 メイドさんがしずしずと私に歩み寄って、今後の歩みを聞いてくる。

 約2か月ぶり。久しぶりに使命を果たした私を、圧倒的な多幸感が満たす。レベルは上がらなかったけれど、次に抹殺対象を殺せばレベルが上がりそう。スキルポイントも思ったよりは減らなかったし、これといった“厄介ごと”も無かった。


「そうね。このまま、6番地に向かいましょうか。そこにもう1人、フォルテンシアの敵が居るから」


 アケボノヒイロを抱いて泣きじゃくる3人の女の子たちに背を向けて、私は店を出ようとする。だけど。


「……待ちなさい!」


 背後。アケボノヒイロに救われたと思われる黒髪、黒い毛並みの角耳族の女の子が私を呼び止めた。


「……何かしら?」

「どうしてヒイロを殺したの?! 何も……。何も悪いことなんてしていないのに!」


 涙を流し、手足を震わせながら、それでも気丈に私を睨みつける黒毛の娘。その手には、刃渡り10㎝くらいの果物ナイフが握られていた。


「悪いことをしていない? 違うわ。例えどのような理由があっても、死滅神以外が独断で他者の命を奪ってはならない」

「そんなことありません! ご主人様は、ニアたちに暴力を振るってきた奴隷商を倒しただけです!」


 3人の女の子の内、最後の1人。金髪に白い毛並みの丸耳族の女の子も、アケボノヒイロを抱えたまま私を糾弾する。


「ええそうね。だけどその役目は、アケボノヒイロの物じゃない。この町の衛兵さん、もしくは、私の役目だわ。あと、倒すだなんて言葉で濁さないで。彼は人を殺したの」


 たとえどのような言葉で取り繕おうとも、アケボノヒイロは人を殺した。私がそう言って聞かせると、ニアさんは目にさらに大粒の涙をたたえて、黙り込んでしまった。そんな彼女を庇おうとしたのでしょう。


「でも……死滅神様はシス達を助けに来てくれなかった、ですよね?」


 自分のことをシスと言う愛称で呼ぶシシリーさんが、私の不手際を指摘した。

彼女の言うことは正しい。何も私は、フォルテンシアの全土を監視できるわけじゃない。フォルテンシアが魔素を通して判断した“敵”を、職業衝動という形で知ることが出来るだけだ。それに、知ることが出来たとしても、悪人を殺しに行くには時間がかかる。

 シシリーさん達のように苦しんでいる人みんなを救うには、私はまだまだ力不足だった。


「それは……、そうね」

「なのに、シス達を助けてくれたヒイロ様を……シス達の英雄を、殺した! どれだけ叫んでも、泣いても、誰も助けてくれなかった。ヒイロ様だけが、危険を冒してシス達を助けてくれたのに!」


 憎悪が込められた瞳で私を見上げるシシリーさん。私が店を訪れたときに見せてくれた笑顔はもう、そこにはない。ただただ敵を見るような冷たい目が、私の心をえぐる。


 ――心を痛めてはダメよ、スカーレット。憎まれることも、役目なのでしょう?


 とは言え、苦しんでいた彼女たちを助けてあげられなかったのも事実。その点について謝罪しようと、シシリーさん達に向き直った時だった。


「助けに来てくれなかった、ですか?」


 メイドさんが呆れるように、そんなことを言った。


「まるで自分たちが最も不幸であるかのように言いますね?」

「メイドさん? どうしたの?」


 彼女が口を挟むなんて、珍しいことだ。どうしたのかと尋ねる私を、メイドさんは翡翠色の目線だけで制する。そして私にポトトを手渡すと、ナイフを持つ黒毛の娘から私を庇うように間に立った。


「なぜ、助けられようとしていたのですか? なぜ助かろうと、自らが努力しなかったのですか?」


 問いかけるメイドさんの声は、なぜか怒りを堪えているように私には感じられた。そんなメイドさんの威圧感に押されてたじろいだ3人だけど、気が強そうな黒毛の娘が踏みとどまって反論する。


「頑張った! 何回も逃げようとして、頑張って……だけど、ダメだったんじゃない!」

「それは単に、あなたの努力不足です」


 黒毛の娘の反論を、ぴしゃりとメイドさんは断ち切ってみせる。


「失敗を重ねて、しいたげられる現状をいつの間にか受け入れて。誰かに救われることを祈るようになったのではないですか? どうして目的を果たすまで、命を賭けて逃げ出そうと努力しなかったのです?」

「そ、そんな無茶なこと、出来るわけないじゃない……っ! 努力したってどうしようもないこと、この世には沢山――」

「そんなこと、小娘のあなたに言われずとも分かっています」


 反論しようとした黒毛の娘の言葉を、メイドさんは言葉のナイフでバッサリと断ち切る。


「努力してもどうしようもないことがあることを、分かっているのでしょう? なのにあなたは……あなた達は。自分たちを救わなかったお嬢様を、糾弾するのですね?」

「だ、だって! その人は死滅神で……」

「お嬢様たった1人で世界の全ての不幸を救えと? それが出来ないのはお嬢様の努力不足だと? まさか努力の限界を知るあなた達が、そんな無茶なことを言うはずはありませんよね?」


 そんなメイドさんの言葉に、ついに黒毛の娘が黙り込んでしまった。


「さて、では論点を戻しましょうか。なぜ悪いことをしていないアケボノヒイロを殺したのか、ですか? 理由は単純、人を18人も殺したから、です」


 あらゆる事情を排して、事実だけをメイドさんが伝える。


「あなた達の健やかな様子を見るに、恐らく、その召喚者は悪人では無かったのでしょう。しかし、独善的な思想で殺人と言う禁忌を18回も犯した人物を、フォルテンシアの守り手たるお嬢様が罰した。……一体そのどこに間違いがあると言うのでしょう?」

「「「……」」」


 丁寧なメイドさんの説明に、シシリーさん達が黙り込む。


「お嬢様を……死滅神様を恨むなとは言いません。最愛の人を奪われる悲しみも、憎しみも、苦しみも。わたくしは理解しているつもりです」


 メイドさんも、フェイさんと言う最愛の人を失っている。もちろん、シシリーさん達はそんなこと知らないでしょうけれど、それでも、メイドさんの言葉にある重みを感じ取ったのでしょう。反論する様子は見られない。


「ですが、もし今、恨みではなく怒りという感情だけで短絡的に死滅神様を言葉で、武器で、害そうと言うのなら――」


 私に背を向けたまま、スッと肩幅に足を広げて臨戦態勢を取ったメイドさん。いつもと違う紺色のメイド服と、背中にある前掛けの結び目を見つめる私の前で、彼女は毅然とした態度で言って見せた。


「――“死滅神の従者”たるわたくしが、守ってみせます。かかってきなさい」

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