○人の話はきちんと聞くものよ?
小さな死滅神の神殿を出た私たちを迎えたのは、活気のある街の雰囲気だった。
「ここが、ナグウェ大陸……」
「はい。フォルテンシア南西部、人口約10億人。勇者領とも呼ばれる場所ですね」
メイドさんの説明を聞きながら、私は勇者領4番地の景色を眺める。まず特徴的なのは、家の作りかしら。平屋建て、あるいは2階建てくらいの建物が多い印象ね。ちょっと灰色がかった白い壁も見たことないけれど、何よりも目を引いたのは屋根だ。紺色、茶色系統の色をした小さな板のようなものが敷き詰められていて、通常は平面な屋根に“動き”を出しているように見える。
「よく見れば、あの板1枚1枚が波打った形をしているのね。屋根の頂点にある模様が入った三角形の板も素敵!」
「んふ♪ 未知に目を輝かせるお嬢様、素敵です。ワフー建築ならではの、
「平面ではない不思議な形をしているのに、ぴっちりと敷き詰められるのがすごいわ。あれも職人さんの腕なのかしら」
1本の道の両側に、所狭しに並ぶワフーの家々を眺めながら進む。折角ポトトが居るから、私とメイドさんはポトトの
前に座って操鳥するメイドさんの腰に腕を回しながら、私はもう少しだけ観光を続ける。
「メイドさん。家の前に垂れているあの布は何? 日よけかしら?」
「確か、
屋号……。つまり、お店ね。つまり、あの垂れ幕がある家々の中に宿があると考えて良さそうだった。そうして、目に入りやすい建物の観察をひとしきり終えると、私の目は人に向いていた。
私たちが普段から目にする服を着ている人もそれなりに居るけれど、不思議な服を着ている人も多いのね。特に女の人が着ている服は、とってもきれい! 色も派手な色から落ち着いた色までさまざま。模様も色々あって、魚や花、線と図形を組み合わせた幾何学模様なんかもあった。
人々の服装に目を向けていた私の視線に気が付いたのか。あるいは、メイドさんも同じことを考えていたのか。メイドさんが折よく服について教えてくれる。
「あれはワ服ですね。主に男性が着ている紺色の物が、
「わ、悪かったとは、思うわ。だけど、可愛らしいメイドさんを見られたから、後悔はしてない」
「ふむ。一度お嬢様は拘束されて服を着替えさせられる屈辱を味わうべきのようです」
「ふっ……。残念ね、メイドさん。私はもうその屈辱、経験済みよ」
遠い目をして思い出すのは、ルゥちゃんさん達によって私の尊厳(髪の毛)が踏みにじられたあの日ね。おかげで私は、自分の知らない私に出会うことが出来たわけだけど。
「……
「今、私に呆れられる要素あったかしら。被害者のはずなのだけど……ポトト、止まって」
『ルゥ?』
やいやい言いながらも。私は自分の使命を忘れていない。歩を進めるにつれて鈍く、強くなっていた職業衝動がついにこらえきれなくなる。どうやら、のんびりとした観光はここまでみたいだった。
「下ろしますね、お嬢様」
「ええ、お願い」
器用に鞍の上で立ち上がったメイドさんに横抱きにされた私は、彼女によって地面に下ろされる。地に足を着けた私が見上げたそこには、
そもそも、ナグウェ大陸にある氷晶宮からの転移先には『0番地』、『4番地』、『12番地』『20番地』の4つがあった。最も栄えているらしい0番地ではなく、4番地を最初の転移先に選んだ理由。それは、まさに4番地その場所に抹殺対象が居たからだった。
「ホホヅキヤ……いえ、『ほおずき屋』ですね。どうやら酒蔵のようです」
「そう。ここに居るアケボノヒイロが、フォルテンシアの敵よ」
言いながらも、気付けば私の足はお店の中へと向かっている。背後ではメイドさんがポトトに小さくなるよう指示して、少し面倒くさそうに拾い上げた様子が感じられた。
ほおずき屋に入ると、目の前には黒や透明の
全身を駆け巡る職業衝動に飲まれないよう、必死に殺すこと以外のことを考えていた時だ。
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用向きですか?」
黄色い毛並みの耳と尻尾、明るい茶色い髪を持つ垂耳族の店員さんが、入店した私に話しかけてきた。この人、というより、この子がアケボノヒイロ……ではなさそうね。
「こんにちは。突然で悪いのだけど、ここにアケボノヒイロという人が居ると思うの。面会したいのだけど」
「ヒイロ様にですか? 分かりました、すぐにお呼びしますね!」
ぱたぱたと。尻尾を振りながら垂耳族の店員さんが店の奥へと引っ込んでいく。……しまったわ。彼女の名前を聞きそびれてしまった。冷静で居ようと努めているけれど、なかなか上手く行かないわね。
「お嬢様。……大丈夫ですか?」
私の後方。何があってもすぐに
「不思議なことを聞くのね、メイドさん。私は大丈夫に決まっているじゃない。きちんと使命を話してみせるから、邪魔だけはしないでね。ポトトも」
「……っ。かしこまりました」
『ル ルゥ……』
折角心配してくれたメイドさんの配慮を無駄にしないよう、私はアケボノヒイロの罪を振り返りながら冷静でいることに努めることにした。
アケボノヒイロが犯した罪。それは、18の命を奪ったことだった。殺される相手の人がなぜ自分を殺すのか。アケボノヒイロに尋ねると、彼はこう答えていた。
『俺の大切な物を傷つけたからだ』
ってね。……笑ってしまう。だったら私刑を下すのではなく、町の衛兵さんに引き渡して正当な裁きを下せばよかったものを。どうして独断で、殺すなんてマネをしてしまったのかしら。そんな権利、あなたに与えた覚えは無いのに。
「こんにちは、僕がアケボノヒイロで……す」
姿を見せたアケボノヒイロは、男の子だった。年齢は15、6歳くらいじゃない? 少し癖っ毛の柔らかそうな黒い髪に、優しそうな黒い瞳。私と同じか、少し低い身長。典型的な召喚者の姿をしていた。
そんなアケボノヒイロだけど、私の姿を見た瞬間に固まってしまった。……どうやら、誰が来たのかを理解したみたいね。だったら、話は早い。自己紹介を済ませて、使命を果たすだけだ。
「初めまして、私はスカーレット。あなたを殺しに――」
「めちゃくちゃ可愛い……」
自己紹介の途中で、アケボノヒイロが私の言葉を遮って来る。どうやらさっき見せた反応は、私の〈魅了〉にかかってしまっただけみたいだった。……褒めたって、容赦はしないわよ?
「おほん。もう一度自己紹介をする――」
「あの!」
「もう、何よ! 人の話は最後まで聞くものよ!」
「そうなんだけど、そうだな……。えっと、とりあえず、スカーレット……さん? 僕の友達になってくれませんか?」
苦笑しながら、可愛げのある笑顔で言ってきたアケボノヒイロ。彼の背後には3人ほど、こちらの様子を微笑ましく伺う女の子たちが居る。さっき店番をしていた子を含めて、全員が耳族の子だった。
アケボノヒイロは召喚者だ。耳族との間に子供を成すことはできない。ということはきっと、彼女たちはアケボノヒイロの子供では無くて、彼に拾われたか、救われたかしたのでしょう。そして、アケボノヒイロは彼なりのやり方で彼女たちを守ってきた。……ええ、理解はできる。きっと、お互いに信頼し合った良い関係なのでしょうね。
だけど、アケボノヒイロの守り方が良くなかった。
『僕は、大切な物を傷つける存在に容赦しない』
のよね。その気持ちも、考え方も、理解できる。だけど、人を殺した。
「出会い方が違えば、あなたと友達になる未来もあったでしょうね。なんたって私、友達が少ないから」
「くっ……。この子、僕の救いたいポイントが高すぎる! とりあえず、今は友達になれないってことですか?」
「『今は』……? いいえ、これから先も、あなたと仲良くなることは無いでしょうね」
「ツンデレっ
急に言動を変えたアケボノヒイロ。……何かしら。言いようのない気持ち悪さがあるわね。ま、いいでしょう。
「初めまして、アケボノヒイロ。私は“死滅神”スカーレット。あなたを殺しに来たわ?」
「しめつしん? ああ、あれか。シシリー達が言ってた『死神様』。でも、僕は致死のダメージを受けても即座に回復する〈不死身〉のスキルがあるんだ。病気で死んだから、多分、神様的な人が気を利かせてくれたんだと思う」
うんたらかんたら。そこからも身の上話を続けるアケボノヒイロ。さんざん人の言葉を遮ったんだもの。私があなたの話を聞く義理なんて、もうないわよね? しかも、私は2度も殺しに来たと言ったのに無視をした。さすがにもう、良いでしょう。
「さようなら」
私がゆっくりと手を持ち上げると、隠れていた女の子の1人――店番をしていた女の子が悲痛な声で叫んだ。
「逃げて下さい、ヒイロ様!」
「大丈夫、シシリー。僕は君たちを残して絶対に死なない。〈不死身〉もあるし安心して……」
私のスキルポイントが31減ると同時に、アケボノヒイロは閉口してその場に崩れ落ちた。
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