●ナグウェ大陸にて

○“ワフゥの町”

 転移の光が収まって、視界が戻る。そこは、白を基調とした建物――死滅神の神殿の中だった。大きさは、これまで見てきたどの神殿よりも小さい。収容人数は50人程度かしら。どちらかと言えば教会と言う言葉の方が合っているような気がするから、教会と呼びましょう。

 私とメイドさん、ポトトが今居るのが教会の最奥。目の前には教壇があって、背後には小さめの黒い鐘が飾られていた。


「到着ね。帰る時も同じようにするの?」

「はい。足元の転移陣に触れ、スキルポイントを使用することで氷晶宮へと変えることが出来ます」


 氷晶宮の転移陣とは違って、この転移陣の転移先は氷晶宮だけらしい。


「……今後の参考のためにも、私がやってみても良い?」

「どうぞ。出来るならば、の話ですが」


 含みのある言い方が引っ掛かるけれど、私はとりあえず膝をついて転移陣に触れてみる。粉末にした魔石を溶かし込んだ黒い塗料で書かれている文字に触れて……いざ!

 と思ってスキルポイント――私の体内にある魔素を流そうとするのだけど、全然流れない。


「ふんぬぬぬ……っ。ぷはぁっ、ダメね。うんともすんとも言わないわ。って、何よその目は?」

「いえ♪ 顔を真っ赤にして頑張るお嬢様も素敵だな、と」


 立ち上がった私に、メイドさんが満面の笑みで答える。ほんと、主を使って楽しむことが大好きな従者ね。


「はぁ……。それで? どうして転移できないの?」


 周りに居た数人の信者さん達が向けてくる怪訝な顔がいたたまれなくなって、私はひとまず転移陣から離れることにする。そんな私の後に続くメイドさんが、私が転移陣を使えない理由について指を立てながら教えてくれた。


「1つは必要なスキルポイントが300だということ。もう1つは、氷晶宮以外からの転移には鍵が必要だからですね」

「スキルポイントが300ですって?!」


 ここで、私は改めて自分のステータスを確認してみる。




名前:スカーレット

種族:魔法生物 lv.26  職業:死滅神

体力:480/485(+15)  スキルポイント:216/216(+6)

筋力:72(+2)  敏捷:69(+2)  器用:118(+4)

知力:92(+3)  魔力:154(+5)  幸運:28(+1)

スキル:〈ステータス〉〈即死〉〈ナイフ術〉〈瞬歩〉〈調理〉〈掃除〉〈魅了〉〈交渉〉〈スキル適性〉〈状態耐性:病気/微小〉〈果敢〉




「そもそも私の全スキルポイントを結集しても足りないじゃない!」


 と言うより、スキルポイントの成長保証値が高いホムンクルスの私ですらこれよ? 大抵の人族は、スキルポイント300なんて届かないでしょう。


「あれ? ということは、メイドさんって今、かなりスキルポイントが減っているんじゃない?」

「はい。全力の〈瞬歩〉を2回行なえるかどうか、でしょうね」


 つまり、残り100ちょっと? と言うことは、メイドさんのスキルポイントは400ちょっとと言うこと。個体ごとに差はあるし、スキルを使い続ければレベルが上がる時にスキルポイントも追加で上がるけれど。


「ひょっとしてメイドさんのレベルって、70近い? 最低でも、60はあるわよね?」

「さて、どうでしょうか?」


 生まれて20年ちょっとだろうメイドさん。そんな彼女がレベル60を超えるなんて、あり得るの? レベル60と言うと、人間族で言えば歴戦の戦士が60歳でようやくたどり着ける領域だけど。……さすがにそれは無いでしょうから、サクラさんが持つ〈加護〉のように、ステータスそのものを底上げするスキルを持っているのでしょう。

 それにしてもこのメイド、ステータスに関しては特に謎が多いのよね。


「命令して、聞き出してやろうかしら……」

「あぁ、なんてひどい主人なのでしょう! 己の立場を利用し、全てを丸裸にして、従者の尊厳を踏みにじる。果たして誰が、そんな暴君に付き従うというのでしょうか? ……ちらり」

「むぅ。その言い方は、卑怯じゃない」


 まぁ、もともとそんなことするつもりは無いけれど。ステータスは、その人の全て。メイドさんの全てを知る時は、私からでは無くて、彼女から明かしてくれた方が嬉しいに決まっている。さすがに、少しくらいは彼女の信頼を得ていると思いたい。この調子で信頼を積み上げて、いつか彼女から「わたくしの全てを見てください」と全てをひけらかしてくれることを期待しましょう。……そんなことを言うメイドさん、全然想像できないけれど。 


「とりあえず、今日はイーラに帰れないという話よね?」

「エヌ硬貨を使えば帰れますよ? 〈転移〉1回30,000nです」

「……さすがに宿を取った方が安くつきそうね」


 結局、やることはこれまでと何も変わらない。手ごろな宿を見つけて拠点としつつ、抹殺対象を探す。そうと決まれば、行動あるのみ。教会の出口を目指して進みながら、転移できなかったもう1つの理由――鍵についての話を聞く。


「そちらは、単純に安全のためですね」

「安全のため? どういうこと?」

「転移陣を使えば多くの人、物資を大量に運ぶことが出来ます。もし死滅神の総本山である氷晶宮に各地からほいほいと〈転移〉されてしまうと?」

「……敵の侵入を簡単に許してしまう。なるほどね」


 だから信者さん達の信頼を得た高いくらいに居る神官さんが鍵を管理しているみたい。その鍵を転移陣の端にあったらしい鍵穴に差し込むことで、転移陣が完成。晴れて転移できるようになっているらしかった。


「……まぁ、私を恨んで殺しに来る人は誰であれ、歓迎するけれど」

「信者がそれを、許しません。お嬢様は……死滅神様は、そう簡単に殺され敗北してはならないのです。誰にも負けない、強き存在であること。それもまた、信者たちが求める理想の死滅神の在り方なのではないでしょうか?」


 メイドさんが代弁する、信者さん達が描く理想の死滅神の像。もしそれを体現するとなると、私はそうそう簡単に殺されるわけにはいかなくなる。だけど、殺そうと考えられてしまった時点で、私は理想の死滅神ではないわけで。でも、信者さん達は殺されないで欲しいと願っている……?


「む、難しいわね……」

「はい。お嬢様は、お嬢様の思う理想を、体現なさってください。っと、見えて参りましたよ? ナグウェ大陸ならではの“ワフーの町並み”が」

「わふぅ? なんだか美味しそうなひび、き……わぁ!」


 教会の両開きの扉の先。そこには、フォルテンシアでも特異な文化が栄えているナグウェ大陸の町並みがあるのだけど、なるほど。これまで訪れたどの町とも違う、風情ある建物が立ち並んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る