○例え、もう、会えなくなるとしても

 氷晶宮の青白い空間から一転、薄暗い転移陣の上へとやって来た私とメイドさん。

 部屋の大きさは、邸宅の居間くらいかしら。10人で動き回るには少し手狭なくらいね。そんな薄暗い空間の床に、奇妙な模様と、かつてフォルテンシアで使われていた言語が書かれている。文字の配置や、字の大きさ、太さ。それぞれを慎重に調節して書き上げることで〈転移〉の魔法陣は完成する。こう聞けば一般人でもやってやれそうな気がするけれど、実際は〈模写〉などの貴重なスキルを求められるくらい繊細な作業らしかった。

 魔法陣のそばにある譜面台のような計器を触るメイドさんの背中に、私は問いかける。


「ルゥちゃんさんはともかく、ハルハルさんは死滅神たちが父親を殺したと知っているのかしら?」


 どんな理由であれ、愛する人と父親を奪ったんだもの。恨まれていても全然おかしくない。もしルゥちゃんさんとハルハルさんの笑顔の裏に憎悪があったのだとしたら、それを感じ取れなかった私は、なんて無神経だったのだろう。

 思わずうつむいてしまう私に、メイドさんは「恐らく、大丈夫です」と慰めの言葉をくれる。


「迷宮に入る前。初めてハルハル様とお会いした時、彼女が見せた表情は憎悪ではなく恐怖でした」


 それは、小さな頃から「悪いことをしたら死神様が来る」と教えられるフォルテンシアではごく一般的な反応だ。ハルハルさんの態度は、少なくとも「あなたの父親は死滅神によって殺された」と言われてきた人が見せる反応ではないと、メイドさんは思っているみたい。


「また、子供であるハルハル様にそう教えていないことから、ルゥルゥ様もケイテケイテの死に一定の理解と納得があったのではないでしょうか」

「だ、だけど……。もしルゥちゃんさんかハルハルさんが私を恨んでいたら……」

「んふ♪ 心配性ですね、お嬢様は。ファウラルであなたは何を見てきたのですか?」


 私がファウラルで見たもの……?


「眠らせて。隙だらけのお嬢様を歓待して。時にトーラスの乗り方まで教えて下さって。可愛いからとお店で働くことを許可し、魔素酔いしたお嬢様の送迎に手を貸してくれた……っとこれは覚えていらっしゃらないんでしたね?」

「え、私また魔素酔いしたの?!」


 とまぁ、そんなことは置いておいて。確かに、もし恨みを持っていたのだとしたら、私を殺す機会なんて何度でもあった。なのに2人は優しく、温かく私に接してくれた。


「確かに、死滅神について造詣を深める程度には、死滅神のことを調べたのかもしれません」


 言われて思い出すのは、私以上に死滅神について理解を示していたルゥちゃんさんの言葉だ。私が死滅神である以上、“死滅神であること”が脅しにならないことを、彼女はよく理解していた。それは、死滅神がどのような存在なのか、人並み以上に知っていたからだと思えば納得もできる。


「もしかすると可愛いからとお嬢様をお店に誘ったのも建前で、そばでお嬢様の振る舞いを見たかったのかもしれませんね。なんと言っても、観察こそが、彼女たち翼族の得意とすることです」

「……ええ」

「ですが、いずれにしても。わたくしには、お2人が死滅神を恨んでいるようには見えませんでしたが、どうでしょうか?」


 それに、ここまでの話はあくまでも推測でしかないと、メイドさんは笑う。


「お嬢様はわたくしと違い、自分で見て感じたことを素直に受け取ることが得意なのでしょう? であれば、ご自身の直感に従ってみてはどうでしょうか?」

「……ふふ、そうね! あなたの言う通りだわ」

「それに、ケイテケイテに直接手を下したのはわたくしです。恨まれるならお嬢様ではなく、わたくしの方でしょう……。はい、〈転移〉の準備が整いました」


 浅くお辞儀をしたメイドさんが、準備完了を教えてくれる。


「ポトト。〈転移〉するから起きて?」

『ルゥ……』

駄鳥だちょう? 可愛く寝ぼけていのは、お嬢様だけです♪」

『クルッ?!』


 メイドさんが文字通り、ポトトを叩き起こす。


『ルルルルゥ! クルゥッ!』

「いつまでも寝ぼけているからです。お嬢様の手を煩わせないでください」

「メイドさん、ありがとうだけど、もう少し優しくしてあげてね。ポトトも。普段は可愛くしてくれていいのだけど、こういう時はしゃんとなさい」

「善処します♪」『ルゥ……』


 ぶぅ垂れながらも元の大きさに戻ったポトトと一緒に、私たちは転移陣の上に並ぶ。そして転移陣に手をついたメイドさんが必要な分のスキルポイントを使うと、転移陣がまばゆく輝き始めた。

 小さく息を吐きながら立ち上がったメイドさんの手を、私は握る。


「メイドさん。“死滅神の従者”であるあなたの殺しは、良くも悪くも全て死滅神の物よ。あなたが誰かに恨まれて殺されるなら、まずは私が殺されないといけないということ。覚えておいてね」

「……善処しま――」

「覚えておきなさい」

「……かしこまりました」


 それなら良し! 笑って見せると、メイドさんも小さく微笑んでくれた。そうしている間に輝きを増した転移陣。向かう先は、フォルテンシア南西部にあるナグウェ大陸だ。24に区切られた番地の内、中心に近い『4番地』へと転移するよう、メイドさんには設定してもらっている。

 召喚者の末裔が多く住む大陸として知られていて、フォルテンシアでも指折りの、独自の文化が栄えていると聞く。私がそこに向かう目的は2つ。1つはもちろん、ナグウェ大陸に居る抹殺対象3人の殺害。もう1つは、サクラさんをチキュウに帰す方法の模索だ。

 相手を殺そうとする以上、相手の反撃だって容易に想定できる。私が返り討ちに遭って、死ぬ可能性も低くないでしょう。


 ――私が殺されてしまうその前に。必ずサクラさんを家族と友人が居るチキュウに帰してみせる。


 たとえ、それ以降、大好きなサクラさんと会えなくなるのだとしても、ね。






――――――――――――――――――――

※これにて本作の「中」はお終いです。物語の「終」に向けた展望、スピンオフ作品について近況ノート(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330661123124692)に掲載しているので、ご興味ありましたら覗いてみてくださいね。フリステリアのショートカットメイドver.のAIイラスト付きです。

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