○罪人のように

 氷晶宮がある洞窟の前までやって来た私とメイドさん。信者さん達から神鳥しんちょうと呼ばれているポトトは小さくなって、私の腕の中で眠っていた。

私は、浮遊島とルゥちゃんさんとの関係性についてのメイドさんに話を聞くことにする。


「ログハウスが、ルゥちゃんさんが翼を持たない理由に関わっている? どういうこと?」

「はい。そも、リアがお嬢様から聞いた話では、ログハウスには召喚者の男性が住んでいたという話でした」


 今メイドさんが言った“お嬢様”は、記憶を失う前の私のことね。


「そして、そのログハウスには機織はたおり機があった。また、糸や布も残されていたおかげで、お嬢様たちは暖を取る上着をいくつか見繕えたと……。お嬢様。ルゥルゥ様はファウラルでどのような職をされていましたか?」

「えぇっと、服の仕立て屋さんよね」

「はい。そして、最初に見つけた壊れた小屋では、お嬢様は日記と共に服の絵が描かれた紙……服の設計図デザインが書かれた紙を見つけたとリアは教えてくれました」


 つまり、ルゥちゃんさんは趣味だった裁縫をこなす場所――遊び場として、あの浮遊島を行き来していた。そんなある日、ルゥちゃんさんは1人の男性と出会う。それが、ログハウスの持ち主である召喚者の男性――タドコロカイセイさんだったと。


「小屋にあったという日記。そこにはきっと、ルゥルゥ様がログハウスで暮らすようになるまでの過程が書かれていたのではないでしょうか」

「え、ということは、カイセイさんとルゥちゃんさんは恋仲になったということ?」

「恐らく。少なくとも、居を同じくする程度には仲良くなったのではないでしょうか。機織り機という、裁縫には欠かせない道具の存在。お嬢様とリアが並んで寝ても問題のない大きさのベッド。何より、1人だけで住むには大きなログハウス。これらのことから、簡単な推測は出来ます」


 もちろん、どれも確証には至らない。想像の話だとメイドさんは付け加えた。


「さて、ここからはポトトの両親の話と似た“ろまんちっく”な話になるのですが。翼族にもいくつか部族があるようなのですが、その中に、翼族以外との婚姻を禁じる部族もあるようなのです」

「え、そんな横暴なところもあるの?」

わたくしが拝読した本では、『他種族、特に翼族と子を成せる人間族との間に生まれた子は、異端の者となる』という言い伝えがあるからという話でした」


 言い伝え、ね。牢獄島フィッカスで会った耳族のシーシャさんの話にも出て来た、根拠のない噂もそうだった。人を幸せにするならまだしも、不幸にする伝承なんて誰かが消してしまえばいいのに。


「と、現在お嬢様が考えておられるようなことを、ルゥルゥ様も仰ったのではないでしょうか? あの自由奔放な人となりです。根も葉もない言い伝えなどにとらわれるとは考えられません」

「ええそうね。ルゥちゃんさんについてはその通りだと思うけれど……。私の考えを当然のように読まないでくれる?! 普通に怖いわ?!」


 私の叫びが、洞窟内にむなしく響く。


「ですが、集団に古くから根付いた風習を1人で打開することは、不可能に近かったでしょう。召喚者と恋仲になったルゥルゥ様に待っていたのは、翼族からの追放です」

「翼族からの追放……はっ!」


 ここでようやく、私でも話が見えてくる。


「まさかたったそれだけの理由で、ルゥちゃんさんは翼を奪われたの?!」

「はい。ルゥルゥ様がただの翼族であれば、部族からの追放だけで済んだかもしれません。ですが、彼女は部族の中でもかなり位の高い位置に居たのではないでしょうか」


 どうしてそんなことが言えるのか。尋ねた私に、メイドさんはルゥちゃんさんの言動や立ち居振る舞い。何より、どう見ても高級な緋色のナイフを持っていたことをあげた。


「その朝焼けのナイフは、おさの家系にのみ受け継がれる家宝だったのかもしれませんね。また、ルゥルゥ様の位が高いのだとすれば、こちらも高級品である〈転移〉の魔石を持っていたことにも納得です」


 自身がおさの家系だと知っていた彼女はもちろん、翼を奪われるという最悪の事態も想定していた。


「だから、翼族でありながら、愛しい人が居る浮遊島に転移先を指定した……?」

「はい。翼のはく奪……追放の儀と呼びましょうか。追放の儀の後、隙を見て〈転移〉の魔石で例の浮遊島まで逃げた」


 ナイフを持ち出したのは、自身の翼を奪った仲間たちへの腹いせか、売って生活資金にしようとしたか。あるいは、自身のくらいを覚えておくためか……。ルゥちゃんさんの性格から考えて、単に便利だからという理由からかもしれないと、メイドさんは語る。


「いずれにしても、こうすれば、なんとなく物語が見えてくる気がしませんか?」


 繰り広げられただろう愛の物語を、メイドさんは少し声を弾ませながら語る。そして、私もその物語に納得できてしまう。どこか気品のある雰囲気、好きな物には命を賭ける度胸を持っていることは知っているし、何より。


 ――ルゥちゃんさんには、人間との間にハルハルさんという子供が居る。


「でも、待って。タドコロカイセイは召喚者よね? じゃあ、翼族であるルゥちゃんさんとは子を成せないはずよ?」

「はい。ルゥルゥ様は翼族です。一方、タドコロカイセイは召喚者とは言えほぼ人間族。お2人の愛を信じるのであれば、タドコロカイセイの寿命という形で終わりを迎えたかと」


 サクラさんに言わせると「愛の逃避行」になるのかしら。周囲の反対を押しきって、翼と言う自由すら捨てて。ルゥちゃんさんは、愛する人と添い遂げた。


「さすがに最期まで、生活するには不便な浮遊島に住んでいたとは思えません。どこかの時機タイミングでタドコロカイセイの力を借りて地上に下りたことでしょう」

「召喚者は強力な固有スキルを持っているものね。可能性としては十分だわ」


 そうしてタドコロカイセイとの余生を過ごしたのち、たどり着いたファウラルで、ルゥちゃんさんは2度目の恋を迎える。だけど、メイドさんが語ったその内容は悲恋と呼ぶにふさわしいものだ。


「お嬢様は、天才と呼ばれるハルハル様がなぜか重宝されず、あちこちへ駆け回っていたことをご存じでしょうか。それこそ、国に使役されるように。……まるで奴隷のように」


 どうしてここでハルハルさん? と思わなくも無いけれど、まぁ良いでしょう。

 確かに、いつもハルハルさんは忙しそうにしていた。トーラスの免許講習だって、自由にできるわずかな時間を使ってくれただけに過ぎない。実際、あの後、彼女は「この後も、研究があるから」みたいなことを言っていた。


「まぁ、そうね。忙しい人……苦労人だなとは思っていたわ」

「普通、人はそんな面倒くさいことを押し付けられる日々が続けば、逃げ出しそうなものです。少なくともわたくしであれば、逃げます」

「いつもお世話になってるわ。ありがとう」


 なんとなくお礼を言った方が良い気がして、私はメイドさん日頃の感謝を言っておく。


「ですが、ハルハルさんは逃げなかった。……逃げられなかった。なぜなら親が、大罪人だからです」

「親が? 親って言うと、ルゥちゃんさんになるけれど……」


 だけど、ルゥちゃんさんの罪は翼族に限った話。それ以外の種族、ましてやファウラル政府には一切関係がないはず。


「お嬢様。子供は、1人では出来ないのです」

「……なるほど、父親の方ね」


 確かに、気になってはいた。ハルハルさんの口からも、ルゥちゃんさんの口からも、父親の話が出てこなかった。彼女達の生活にも、一切いっさい合切がっさい、父親の影は無かった。

 他にも、ちょっとした引っ掛かりはあった。工房・ルゥは、それこそ人が住めるくらいの大きさはあった。なのにルゥちゃんさんはわざわざ毎日、宮殿まで戻って寝食を行なっているように見えた。そうすることが決められていたように。


 ――まるで、罪人のように。


 じゃあ、その罪とは何なのか。氷晶宮の入り口で立ち止まって、目線で尋ねた私に、メイドさんが初めて口をつぐむ。だけど、ゆっくりと私の方を振り返ると、


「魔法開発によって、大量に人を殺した、と私は考えています」

「まぁ、妥当なとこ、ろ……」


 それは、本当に天啓に近かったのかもしれない。メイドさんが言いよどんだ。たったそれだけの根拠なのだけど、私は……私だけじゃない。リアさんの記憶が初めて戻ったあの場に居た全員が、大罪人であるハルハルさんの父親の名前を知っている。


「ケイテケイテ……さん?」


 私の呟きに、メイドさんがゆっくりと頷く。踵を返して歩き始めた彼女の後を追うように、私も大きな門をくぐって、ステンドグラスが照らす氷晶宮の中へと入る。


「ファウラル政府は、ある意味で運が良かったのかもしれません。ほとんど地上に下りて来ない希少な翼族と大規模な殺戮を行なう魔法を開発する天才。その2人から生まれた異端の子供を、罪人の子というだけで、奴隷のように自由に扱うことが出来るのですから」

「ま、待ってメイドさん」


 少し駆け足でメイドさんの後を追う私に、前を向いたままのメイドさんは言葉を続ける。


「しかも、幸運なことに、生まれてきた子供は母親がもつ優秀なステータスと、父親が持つ優秀な頭脳を引き継いだのですから。ファウラル政府としては、彼女を……ハルハル様を利用しない手はありません」

「待って、メイドさん!」


 氷晶宮に反響した私の声で、ようやくメイドさんは立ち止まる。


「つまり……つまりよ。死滅神とあなたは、ルゥちゃんさんからは最愛の人を、ハルハルさんから父親を。それぞれ奪った“かたき”。そういうことに、なってしまうけれど?」


 認めたくない事実を確認した私に、だけど。ゆっくりと振り返ったメイドさんは、黒くて大きな鐘を背にして、大きく1つ頷いて見せるのだった。

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