○ホムンクルスを追って
2月の7日目、朝の6時。鳥車に乗った私たちは城塞前の広場に居た。
「それじゃあな、主」
全身鎧姿のカーファさんが私たちに手を振る。今は顔を覆う
「カーファさんも気を付けて。もし、エルラを出たくなったら出ても良いわ。私が許可するもの」
「そうか。ま、出たくなったら言わせてもらうことにする。」
そう言って、荷台に座る私の頭をなぜか撫でてくるカーファさん。
「この手は、何?」
「いやぁ。俺に娘が居たらこんな感じなんだろうな、ってな。俺としてはスカーレット様がたまにエルラに顔を出してくれる方が、嬉しいな」
主人の頭を撫でるのは、不敬なんじゃないかしら。だけど、私の頭を撫でるカーファさんの顔はとても嬉しそう。あれだけ風俗に通っているのに、カーファさんには奥さんが居ない。理由を聞いてもはぐらかされてしまったけれど、少なからず
職業はフォルテンシアで生を受けた私たちに生き方を教えてくれる。だけど、それは同時に、生き方を縛る鎖にもなる。もし“死滅神の従者”であるカーファさんが寂しい想いをしていたのなら、それはきっと、死滅神である私のせい。少し恥ずかしいしくすぐったいけれど、ここは従者の顔を立てるべきね。
しばらくカーファさんにされるがままになっていると、
「カーファ様、お嬢様に対して不敬ですよ?」
出国の手続きをしていたメイドさんがカーファさんの腕を払いのけた。
「なんだ、メイドちゃん。
「ご冗談を。お嬢様、さっさと行きましょうか」
「残念だなぁ。あの可愛かったメイドちゃんはどこに行ったんだか」
気の置けないやり取りをするメイドさんとカーファさん。私の知らないメイドさんを知っているカーファさん。なんだかんだ言いながらカーファさんのことを敬称で呼ぶメイドさん。2人にしか分からない何かがあったのね。……やっぱり、モヤモヤするわ。
気づけば私は、メイドさんの服を握っていた。
「おや、どうされましたか、お嬢様?」
「……無性にこうしたくなっただけよ」
「んふ♪ 安心してください。少なくとももうしばらくは、お嬢様のそばでお仕えします」
安心しろと言いながら、全く安心できない発言をするメイドさん。こういうところをずるいと思うのは、いけないことかしら。
そうしてメイドさんを捕まえたまま黙る私の横で、カーファさんとメイドさんがこれからのことを話す。
「で? 次はフィッカスだったか?」
「はい。オオサカシュンが売ったというホムンクルスを追うことにします」
オオサカシュン達に事情聴取を行なった日。彼はホムンクルスの情報を漏らした。あの時は職業衝動やら憤怒やらで気づかなかったけれど、ホムンクルスは決して個体数が多いわけでは無い。オオサカシュンが語ったその『シロ』という子が、私やメイドさんと同じく、前任の死滅神であるフェイさんが造った姉妹機である可能性は十分にある。
そう言うわけで、私たちはひとまず、シロさんを買った人物が向かったらしい町、フィッカスを目指すことになった。
「急いだ方が良いかもしれないな。裏取引で人を買うような奴だ。シロって子が何をされていてもおかしくない」
髭の生えたあごを撫でて、思案顔のカーファさん。言われてみればそうよね。表立って取引される奴隷とは違って、裏で取引された人たちには何も保証がされていない。殺されてしまっても、その事実すら残らないことが多いでしょう。
「確かにゴブリンは壊滅させたが、オオサカたちがどこから人を買っていたのかも調査中だしな」
「また何か分かりましたら、ご連絡下さい」
「おう。そのためにも、早いとこ転移陣を修復してくれると助かる」
転移陣。各地にある死滅神の神殿を行き来できる不思議装置ね。転移するためにはハリッサ大陸にある死滅神の神殿の総本山を経由しないといけないのだけど、その転移陣が破壊されているんだったかしら。メイドさんの推測では、フェイさんを殺した召喚者たちが増援を警戒して壊したのだろう、とのことだった。
「言われなくても、そちらの方も順次進めています。もうしばらく待ってください」
メイドさんにしては珍しく、少し冷たい言い方ね。カーファさんに気を許しているからでしょうけど。
「メイドさん。さすがに今の言い方は良くないと思うわ」
「それは……。そうだったかもしれません。申し訳ありませんでした」
「ん? ああ、気にするな」
私の
「ありがとうございま――ひぅっ」
「んみゅ」
メイドさんが頭をあげようとした寸前。その白金の髪と私の頭にもう一度、大きな手を乗せたカーファさん。
「姉妹仲良くな」
そう言って、またしても頭を撫でてくる。メイドさんとは違った、がさつな包容力になぜかほっとしてしまう。いつかメイドさんと家族の話をしたけれど、きっと父親とはこんな感じなんじゃないかしら。……あと、今、メイドさんの口から可愛い悲鳴が聞こえた気がした。
「こほんっ。言われなくても、お嬢様は
「頼りにしてるぜ、メイドちゃん。主も、メイドちゃんをよく見て置いてあげてくれ。ほっとくと寂しがるだろうからな」
「ふふっ、そうね。メイドさんは寂しがり屋さんだものね」
そうして3人で話していると、茶色い髪を揺らしたサクラさんが荷台に回り込んできた。
「ひぃちゃん、メイドさん、準備完了です!」
姿勢を正して額に手を当てる謎のポーズで宣言する。サクラさんには鳥車の点検と、ポトトの係留をお願いしていた。
サクラさんの言葉にメイドさんが頷く。
「かしこまりました。それでは、参りましょうか」
「はい。それにしても、
1度会ったきりになってしまった同郷の男の子の身を案じているサクラさん。どう言ったものか私が悩んでいると、メイドさんが口を開いた。
「今頃、どこかで敵対組織にやられているかもしれませんね?」
「あはは……。メイドさん、冗談がきっつい……。えっと、それじゃあカーファさんも、また」
召喚者とオオサカシュンへの悪意を込めたメイドさんの言葉に、サクラさんも思わず苦笑いね。その後すぐにカーファさんに軽く挨拶をして、サクラさんは御者台へと回って行った。
「それじゃあ、カーファさん。行って来るわ」
「姉妹仲良く、元気でな」
メイドさんが私の隣、荷台の端に腰掛けたのを確認して、サクラさんがポトトに前進の指示を出す。ゆっくりと離れていく陽気な音楽と、奇妙な建物群。色んな個性が溢れる町を背景に、カーファさんが手を振っている。
「そうでした。お嬢様、こちらをご覧ください」
そう言ってメイドさんが取り出したのは1枚のコイン。その輝く硬貨に私が賭場への欲求を再燃させる横で、メイドさんがピィンとコインを指ではじく。
「エルラでの違和感を最も体感できる現象に、物の落下があるようで」
私たちが見つめる先、クルクルと回るコインは、とてもゆっくり落ちてくる。それこそ、いつもより倍近い時間をかけて、羽根のように。……なるほど、エルラの不思議さを知るには、人では無くて物に注目すれば良かったのね。そして、薄暗い城塞の門を抜けて外に出た瞬間、加速したようにコインがメイドさんの手のひらに落ちた。
私がカーファさんへと手を振り返す横で、メイドさんも懐かしむように遠ざかる町並みを見つめている。城塞の外から見れば、エルラの人々が急ぎ足で行き来していることがよく分かる。
「本当に、不思議で、面白い町だったわ」
「ええ。本当に懐かしくて、嫌な町でした♪」
1週間とは思えない濃密な時間を過ごした私たちは、また、次の町へと歩みを進める――。
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