○死を前にして笑う者

※前話に続き、今回も尋問シーンがあります。直接的表現は避けていますが、苦手な方は読み飛ばして頂き、次話の『ホムンクルスを追って』からお楽しみ下さい。




「彼をポーションで治して差し上げましょう♪」


 そう言ってメイドさんが示したのは、オオサカシュンが使っていた特別製ポーションだった。欠損した眼を一瞬で治すような規格外の代物だったはずよ。


「どうしてそんなことをしてあげる必要があるの?」

「彼に、自分が何をしでかしたのかを知ってもらうためです♪」


 生きて罪を償わせる。そういう話かしら。だけど、ごめんなさいメイドさん。彼を殺すことはフォルテンシアの意思でも決まっている事なの。そう伝えようとした私だけど、カーファさんによって機先を制される。


「メイドちゃんの言う通りだ。それに、最後には主に殺してもらう。だから、ちょっと黙って見ていてくれないか? これもゴブリンについての情報を聞くためなんだ」


 カーファさんまでメイドさんの意見に賛成みたい。まあいいわ。〈即死〉は対象の体力に左右されるスキルでは無いし。それに、犯罪者集団について聞き出すことこそがエルラの、ひいてはフォルテンシアの安寧につながる。


「何をするつもりか知らないけれど、最後にはきちんと殺すから」


 そうして私が許可すると、メイドさんは嬉々としてオオサカシュンにポーションを飲ませる。みるみるうちに癒えていく傷。着ていた服を除いて、体は元通りになってしまった。


「あれ……痛く、無くなった?」


 オオサカシュンも傷を治されたことに疑問を持っている様子。彼を治すことに一体何の意味があるのか。その答えは、すぐに分かった。


「さて。それでは我慢比べ、2回戦といきましょう♪」

「また1からだな。ゴブリンについて話すまで、同じことを繰り返すだけだ」


 再び1から始まった事情聴取。響くオオサカシュンの絶叫。彼が死にかければ、またポーションで治す。そしてまた、事情聴取を行なう。気を失えば叩き起こす。何度も、何度も、何度も。オオサカシュンが口を閉じて回復を拒否すれば、メイドさんが真顔であごを切り落としてポーションを無理やり喉に流し込む。すると、切られた顎まで元通りになる。本来、フォルテンシアに存在するスキルと技術力ではありえないポーションは、事情聴取をより効率化させたみたい。


「あと、8本です♪ ……頑張ってくださいね、オオサカシュン。自分のしたことをきちんと反省してから、最後に救われればよいのです」

「も、もう、やめ――」


 残り6本になったところで、ついにオオサカシュンは自身がゴブリンを作り上げたことを白状した。そこからさらに3本ポーションを使って本当のことを吐かせる。メイドさんが2階で見つけた情報とも齟齬そごが無いことを確認して、今度こそ一件落着となった。

 どれだけ時間が経ったのかは分からない。だけど、少なくともサクラさんには見せられない光景だったことは確かね。


「オオサカシュン。あなたが乱したエルラの治安も、これで多少はもとに戻るはずよ」

「お、お前ら……こんなことして、普通に死ねると思うなよ」

「そうね。あなたと同じで、誰かから大切な人を奪う死滅神はみんなに恨まれているから」


 自身が流した赤い液体に沈みながら、黒くよどんだ瞳で私を見上げるオオサカシュン。事情聴取の過程で、目隠しは取れてしまっていた。よく見れば、黒い瞳の奥では怪しい光が輝いていた。


「くそっ……何で〈洗脳〉されないんだよ……っ」

「よく分からないけれど、私もメイドさんもホムンクルス。万が一にも創造主に歯向かうが無いよう、精神に作用するスキルは種族として無効化してしまうの」

「そんなはずない! シロはきちんとオレの言うことを聞いた!」


 死に際とは思えない声量で叫ぶオオサカシュン。口ぶりからして、シロという子はホムンクルスなのでしょう。


「あり得ないわ。その子がホムンクルスなら、自分の意思であなたに従っていたのよ」

「そ……そんなはずない! じゃあ、なんでオレなんかの言うことを聞いたんだよ! 格好良くも無くて、頭も悪くて、与えられた役目からも逃げて! こんなクズに誰が好き勝手抱かれる? なんで笑えるんだよ?!」


 そんなこと、私に聞かれても困る。だけど、もし本当にホムンクルスだったのなら、誰か・何かに奉仕することを望んでいたはず。私はフォルテンシアに、メイドさんがしめつしんに奉仕しているように、シロという子は彼に奉仕することを望んでいたんじゃないかしら。そう思える何かが、オオサカシュンにもあったのでしょう。


「きっとその子、シロさんにとって、あなたが大切な人だったのよ」


あるいは、そうね。誰でも良いから自分が尽くすことの出来る存在を探していた、とかかしら。オオサカシュンはクズだし、そっちの可能性の方が高そうかしら。


「そんなっ?! そんなはずは……。だ、だってオレは、悪いことやってて、足を洗おうとしたけど、仲間もいて、引き返せないところまで来てて。シロが来てからは、シロだけがオレの、救いで……」


 なぜかその時になって、オオサカシュンは絶望したような顔になる。彼の瞳からあふれ出した涙が、ランタンの光に照らされて光る。オオサカシュンにとっても、シロという子は大切な存在だったみたい。己の役割を与えられず、どれだけ自由気ままに生きていても、召喚者たちにも心があって、誰かを大切に想えるのね。

 サクラさんが特別なわけじゃない。召喚者もきちんと“人”なんだわ。もう今の私に、サクラさんを苦しめたオオサカシュンへの怒りは無い。職業衝動から来るただ純粋な殺意だけがあった。


「それじゃあね、オオサカシュン。あなたのこと、私がきちんと覚えておくから」

「シロだけは、何も言わずにオレを抱き締めてくれたんだよ。きれいな紫色の目でオレを見てくれたんだ」


 エヌ硬貨を片方の手で握りしめながら、私は優しくオオサカシュンに触れる。その間も、オオサカシュンはとめどなく言葉をこぼし続けていた。


「死にたくない……。シロ、シロぉ……――」

「さようなら」


 スキルが発動して硬貨が消え去ると同時に、オオサカシュンも動かなくなる。激情に押し込められていた職業衝動が消え去ってまた1つ、私のレベルが上がった。しばらく頭打ちだったレベルが立て続けに上がった。尋常じゃない多幸感が、私を満たす。あなたの言う通りね、オオサカシュン。きっと私はろくな死に方をしないでしょう。


「覚えておくと良いわ、オオサカシュン。本当の悪人は、あなたのように泣かないわ。死を前にしても笑えるの」


 自分でもわかるほど口の端を緩ませながら私は立ち上がる。


「お勤め、ご苦労様でした、お嬢様。宿に戻りましょう」

「後は俺たちがやっておく。――調査のご協力、感謝します、死滅神スカーレット様」


 腰を折った2人の従者と死体に背を向けて、私は地上へと続く階段へと向かう。

 静かな地下室に、私のブーツの音が響く。最初は生活感のある異臭に包まれていた地下室も、気付けば血なまぐさい死の香りに包まれている。きれいだった私の黒いドレスには、隠し切れないほどの血のにおいがみ付いていた。

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