○沈む月(ナール)

※ここから次の『○死を前にして笑う者』含めて2話、尋問のシーンになります。直接的な表現は避けていますが、苦手な方は読み飛ばしてください。




 コツコツコツ。手持ち用の魔石灯『ランタン』を手に私が石畳の階段を下りていく音がする。と、地下のどこかでまた、叫び声が聞こえた。

 最近までよく使われていたのでしょう。特段、苔むして階段が滑りやすいということも無く、ドレス姿の私でも問題なく下りることが出来た。少しして見えてきたのは、左右に4つの牢がある地下室だった。それぞれに金属製の頑丈な柵があって、簡素な寝台と鎖の付いたかせ、バケツが置いてある。森にあった地下室とは違って、漂う悪臭は生活感のあるものだった。


「どう? やってるかしら、カーファさん?」


 牢の1つでオオサカシュンの仲間から事情を聴いていたカーファさんを見つけ、声をかける。カーファさん自身が持っていたランタンの明かりに照らされる剣には、赤い液体が付着していた。


「おお、あるじ。サクラちゃんはどうした?」

「無事、目を覚ましたわ。今はポトトに付き添ってもらいながらギルドに報告に行っているところね」


 私はカーファさんが事情を聴いていた角耳族の男に歩み寄る。頭には布がかぶされているし、体は縄で縛られているけれど。


「改めて自己紹介するわね。私はスカーレット。死滅神よ。布越しで失礼かもしれないけれど、許してね。あなたの名前は?」


 その問いに、男はどうにかギウレルと名前を告げた。足にはいくつも剣でつけられた傷があって、カーファさんが情報を聞き出そうとしたことが分かる。


「そう。ギウレルさんね。……怯えているの?」


 そう言って私がギウレルさんの顔を布越しに撫でると、彼はひぃっと情けない悲鳴を上げる。


「一応言っておくぞ、主。そいつは自分でも数えきれない女を泣かせて、殺してる」

「で、でも死滅神様よぉ! あ、あっしはあの子には何もしていやせん! ほ、ほんとですぁ!」


 ぶるぶると身体を震わせて、ガタガタと歯を鳴らすギウレルさん。こんな状態なんだもの。彼の言うことは本当なのでしょうね。念のためにカーファさんが言ったことが事実なのかを確認すると、ギウレルさんも激しく頷く。……決まりね。


「そう。教えてくれて、ありがとう。……痛いでしょう? 苦しいでしょう? 今楽にしてあげるわ」

「よ、良かった! 店にシュンさんが作ったポーションが……ぁ」


 ギウレルさんが動かなくなる。代わりに、私のスキルポイントが48減って、レベルが1上がった。

 これは私刑で、死刑。衛兵さんへの情報提供なんてお題目はあるけれど、私の個人的な憂さ晴らしでしかない。だけど、私がフォルテンシアの死を司る死滅神であるというなら、他者を害するいかなる者も許さない。判断が難しい人物ならまだしも、数えきれない人を殺した彼に、生きる資格は与えない。


「“次”に行きましょう」

「はいよ」


 この後も、カーファさんの事情聴取の後に私が生か死を判断する作業が30分くらい続いた。生きても良いと思えるような人なら、エルラの町の法に則って処分してもらうつもりだったのだけど。


「結局、全滅か」

「ええ、そうね。どいつもこいつも、フォルテンシアの敵だと判断したわ」


 誘拐、強奪、強姦、殺人。どの男もそのほとんどをやっていて、中にはエルラから似顔絵付きの指名手配されている人物も居た。一番だった取り巻きのうちの1人だけは、証人として生かすことにしている。それ以外は全て、死を持ってつぐないとした。何も痛めつけることが目的では無い。自分のしたことを正直に話したのなら、それ以上は痛みを与えず、きちんと殺してあげないと。

 ついでに、不足したスキルポイントは最高純度の魔石でもあるエヌ硬貨を使うことで補った。10,000nで、おおよそスキルポイント100になる計算よ。

 そうして、3つの死体と1人の死にぞこないが出来上がったころ。


「お嬢様、遅れて申し訳ありません」


 地下室……地下牢にメイドさんが姿を見せた。どうやら2階の調査は終わったみたい。彼女の話と男達から聞き出した情報を合わせて見ると、やっぱり全員を殺すと判断したことが正しかったのだと分かる。女の子を買ったり、誘拐したりしてこの地下牢に住まわせ、客に接待させる。そうして得たお金を女の子たちに還元するわけでもなく、自分たちの遊びのために使っていた。

 エルラには娯楽が溢れている。食費もかさんだでしょう。そうして浪費したお金を、自分たちではなく女の子たちに無理やり稼がせる。控えめに言って、全員がクズだった。


「売られた者も多いようです。買い手の名前は分かりましたが、どこにいるのかまでは……」

「そう。もういいわ、メイドさん。それより今は」


 そう言って私が見下ろすのは、オオサカシュン。彼に関しては職業衝動があったし、殺すことは確定事項よ。だけど、エルラの治安のためにも、彼がゴブリンの親玉なのかどうかを知る必要がある。カーファさんがスキルを警戒しながらオオサカシュンの口を縛っていた縄をほどく。

 何か仕掛けてくるかもと警戒していたのだけど、結局、オオサカシュンに動きは無かった。


「オオサカシュン。あなたがゴブリンという組織を作ったの?」


 私の問いに、オオサカシュンは黙ってしまう。カーファさんに目配せして、オオサカシュンが話しやすいようにしてもらう。地下牢に響く押し殺したような悲鳴。だけど、やっぱり彼は何も話さない。見上げたものね。

 その後も何度か話しやすいようにしてあげたけれど、


「……早く、殺せ」


 と、懇願するばかり。私が聞きたいのはそんな懇願でも謝罪でもなくて、事実なのだけど。


「主、これ以上やると本当に死んでしまうぞ」


 困ったように言うカーファさん。確かに、オオサカシュンの身体は傷だらけ。あふれ出した血は致命傷と言っても良い量でしょう。


「残念、だったな……。オレの方が、我慢強かったみたいだ」


 血だまりに身を浸しながらも、オオサカシュンが笑う。ここまでしても何も言わなかった彼の胆力に敬意を示して、もう殺してあげようかしら。そう思って私がオオサカシュンに触れようとすると、


「お待ち下さい、お嬢様」


 メイドさんから待ったがかかった。サクラさんをもてあそんだことに怒っていたみたいだから憂さ晴らしでもするのかと思ったのだけど、彼女が示したのは真逆のことだった。


「彼をポーションで治して差し上げましょう♪」

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