○昇る朝日

 サクラさんが目を覚ましたのは、30分ぐらいが経った頃だった。


「くぁ……。あれ……? ひぃちゃん?」

「おはよう、サクラさん」


 私の膝の上で茶色い瞳をパチパチとさせている。そのまぁるい目はちゃんと私を見ていて、生気も戻っている。……良かった、正気に戻ったみたい。

 ゆっくりと身を起こしたサクラさんが真っ赤な店内を見渡す。


「えっと、依頼を受けてここに来たんだけど……。それから、どうしたんだっけ?」

「もしかして、サクラさん。覚えていないの?」


 私の問いかけに、コクコクと頷くサクラさん。これは、『落とし穴に財宝』なんじゃないかしら。仲間とはぐれてしまうけれど、唯一、救いとして財宝があった故事ね。オオサカシュンのスキルの詳細は知らないけれど、サクラさんには操られていた間の記憶がないみたい。自分が好き勝手されていた間の記憶なんて、無い方が良いに決まっているわ。


「あ、そうだひぃちゃん、聞いてよ! ここに大幸おおさか君って日本人の男の子が居たの。で、話してたら、急に、眠くなって……あれ? それから……えっと――んぎゅ?!」


 サクラさんが状況を整理し終える前に、私は彼女を抱き締める。今は忘れているみたいだけど、何がきっかけで思い出すのか分からない。


ひひはんひいちゃんふふひいくるしい……」


 そう言って私の背中を叩いてくるサクラさん。抱き締めた時に感じる温かさも、花のような甘い匂いも、温かさも、柔らかさも。いつも通りだ。


「良かった……」

「ぷはっ。どうしたの、ひぃちゃん。あ、また泣いてる?」


 自力で私の拘束から脱出して、顔を見てくるサクラさん。その顔は私を思ってくれている優しい物だ。私たちホムンクルスと人間の性に対する考え方は違う。だけど、もし、オオサカシュンにされていたことを覚えていたのなら、こんな顔は出来ないはずよね。


「泣いてないわ。嬉しいだけよ」

「大袈裟だなぁ」


 ひとまずサクラさんの無事を確認して、私はメイドさんを呼ぶことにする。


「メイドさ――」

「はい。お嬢様だけのメイドです♪」


 私が呼ぼうとしたところで、目の前にはメイドさんが居た。これに驚いたら、なんだか負けたような気がする。悲鳴を飲み込んで、素知らぬ顔で私は続ける。


「……サクラさんが目を覚ましたの」

「どもです。ところでメイドさん。わたし、何で寝てたんですか?」


 ソファに座ったまま発せられたサクラさんの言葉で、メイドさんも状況を理解したのでしょう。私の方を見てくる。どうにかごまかして。そんな思いを込めて頷くと、いつもの笑顔を作ってメイドさんが嘘の状況説明を始めた。


「実はサクラ様が剣をお忘れのようでしたのでお届けに参りました。そうしてこのお店をわたくしたちが訪れたところ、眠っておられるサクラ様を発見した、というところです」

「剣……? あれ、ほんとだ、無い」


 自分の腰を見て、そこに剣が無いことを確認するサクラさん。本当は眠るのに邪魔だったからメイドさんが預かっていただけなのだけど。


「外来者……こほん、オオサカシュンに頼まれて、こうしてサクラ様が目覚めるまでお嬢様に見ていてもらいました」

「そうだったんですね。でも、なんでわたし、寝ちゃったんだろ?」

「エルラでの慣れない生活で疲弊していたのではないでしょうか? 知らぬ間に疲れがたまっていたのかと」


 一切のつかえなく、つらつらと嘘を並べ立てるメイドさん。その舌先に、サクラさんも納得顔。このメイド、嘘をつき慣れているわ。知っていたけれど。


「あれ? じゃあ、大幸おおさか君とお仲間さんたちは?」

「あちらをご覧ください」


 メイドさんが手のひらで示した先。そこには壊れた出入り口がある。


「実はここは性を売り物にしていたお店だったようで。敵対勢力の方々が押し入って来たので、わたくしたちで追い払ったところでした。オオサカシュンは、彼らを追って行かれましたよ?」

「性を売り物? 夜のお店ってことですか?」


 サクラさんの問いに、メイドさんが頷く。


「やっぱりそうなんですね。じゃあ、わたし、その敵対組織から大幸君たちを守るために呼ばれたんだ。でも、爆睡……。しかも男の子の前で。やっば、恥ずかし!」


 真っ赤になった顔を手で覆うサクラさん。全てに意味を持たせて、なおかつサクラさん自身に結論を導かせる。メイドさん、恐ろしいわ……。


「サクラ様の忘れ物に気付かれたお嬢様に感謝されてくださいね? さもなければ、サクラ様は殺されていたかもしれません」

「あ、だからひぃちゃんもこんなに心配してくれてたんだ! ありがと~!」


 私の胸に飛び込んで来るサクラさん。彼女の茶色い髪を優しくなでながらメイドさんを見る。と、可愛らしく片目をつぶった。私の顔も立てる、できた従者に感心せざるを得ないわね。問題は、メイドさんの“嘘の上手さ”が、場合によっては私にも向けられるということ。メイドさんの本音を聞き出すのは、一苦労しそう。

 これで一件落着、かと思ったのだけど。


「良かったぁ~。じゃあ、やっぱり、アレは夢だったんだ」


 そんなサクラさんの言葉で、私だけじゃなくメイドさんも一瞬固まる。


「ゆ、夢? どんな夢だったの?」

「それは、まだひぃちゃんには言えないかなぁ。でも、妙に感覚とかリアルだったからびっくりしちゃった」


 りある……。現実味があるという意味だったかしら。少なくともサクラさんの中には薄っすらとだけど記憶はあってしまうみたい。幸いなのは、メイドさんが言った作り話の方をサクラさんが信用しているということ。

 ここは勘違いを利用するべきよね。すごく嫌だけど……。本当に、心の底から、すごく嫌だけど。


「オオサカシュンがそんなことをするはずないじゃない。彼、少し話しただけだけれど、意外と良い人だったわよ?」

「うん! 私もそう思う。だからこそ、なんでこんなお店開いてるんだろって思っちゃう」


 自分を犯そうとした相手を信頼する。そんなサクラさんの姿は見ていられない。


「サクラさん。お店がこうなってしまった以上、ギルドからの依頼は失敗になると思うわ。早く報告をしてきた方が良いと思う」

「あはは、そうだよね。残念、報酬も良かったし、結構良い依頼だと思ったんだけどなぁ……」


 そんなことを言いながら、薄暗い店内から朝日に照らされるエルラの町へと繰り出していくサクラさん。


『クックルー!』


 と、これまで眠っていたポトトがおはようを告げる。ということは、朝ね。


「ポトト。サクラさんをお願い」


 サクラさんがこのお店に帰って来るなんてことがあってはいけない。だから、ポトトにサクラさんの監視をお願いする。……まあ、細かなことは多分、ポトトは理解していないでしょうけど。


『クルッ! クッルルー!』

「あ、ポトトちゃんもついて来てくれるの?」


 足元にすり寄って来たポトトを抱え上げて、今度こそサクラさんがお店を出て行く。


「――さて。それじゃあ私は、カーファさんの所に行こうかしら」

「かしこまりました。わたくしの方はもうしばらく、2階の調査を続けます」


 メイドさんとも別れて、1人地下室へと続く扉を開く。不潔な匂いが漂って来る地下から聞こえてきたのは、誰のものともわからない絶叫だった。

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