○救世主様は白と黒

 身長170㎝、黒髪黒目、パッとしない見た目の男、オオサカシュン。彼の顔面に、かぎ爪が付いた大きな足から放たれる強力な跳び蹴りが突き刺さった。


「へぶぅっ!」


 間抜けな声を上げて床に強く頭を打ち付けたオオサカシュンは、そのまま気を失ってしまった。


「ポトト!」

『クルールッル!』


 狭い店内で元の大きさに戻ったポトトに抱き着く。思えば、サクラさんとポトトは行動を共にしていた。私だったらお店の外に係留するのだけど、サクラさんはポトトを抱えて店内に入っていたみたい。


「無事で良かったわ!」


私は改めてポトトの羽毛を堪能する。サクラさんのことで頭が一杯一杯になっていたけれど、ポトトも同じように捕らわれていてもおかしくなかった。高値で取引されるポトトなうえに、こんなに可愛いんだもの。


『クルルク?』


 周囲を見渡しながら尋ねるように鳴いたポトトの声で、私は気付く。そう。ポトトがオオサカシュンを気絶させてしまった。ということは、サクラさんが――。


「――レティ! 助けに来ました!」


 その時、切羽詰まったようなメイドさんの声が聞こえた。


「メイドさん?! どうして戻ってきたの。サクラさんは?」

「サクラちゃんなら、大丈夫だ。ほら」


 そう言ってメイドさんに続いて現れたのは、カーファさん。全身鎧姿のその腕には、サクラさんが抱えられている。目を閉じているから最悪の事態を想定したけれど、その手はだらんと垂れ下がっていて、弓矢も手放している。カーファさんの口ぶりからしても、どうやら眠っているだけみたいだった。


「急に力が抜けたみたいでな。そしたらサクラちゃんを俺に預けて、メイドちゃんが飛び出して行ったってわけだ」

「カーファ様。飛び出す、というほどではありません。誤解を招くような発言は控えてください」


 サクラさんが解放された。その瞬間に私を助けに来てくれるなんて。


「め、メイドさん……!」

「なんですか、レティ。言っておきますが、ご主人様のためで……いいえ、それより。何があったのかを説明してください」


 私とポトトの足元で伸びているオオサカシュンをさげすむように見ながら、尋ねてくるメイドさん。少し耳が赤くなっている彼女とカーファさんに、あらましを説明する。と言っても、ポトトがオオサカシュンを蹴り倒しただけのことだけど。

 むしろ大切なのはここからだった。まずはオオサカシュンを拘束。顔を覆って目も耳も開かないようにきつく縛る。顔を潰そうというメイドさんの案には、さすがに待ったをかけた。……だけど、私の中にはどす黒い感情が消えずに残っている。ただ殺すには、惜しい。ぜひとも自分が行なったことを反省しながら、死んでほしいわね。職業衝動があった以上、殺すことは確定しているし。

 ことが衛兵さんに露見すると、ここに居る男たちを引き渡さないといけなくなる。なるべく早く、内密に、事後処理をしないとね。


「それで、ポトト。サクラさんに何があったの?」

『クル? ルゥッル……』


 メイドさんの通訳を挟みながら、状況を整理することにする。もちろんポトトの記憶も完全ではない。途中、私とメイドさんとで妥当な推測も挟むことになった。そうして分かってきた状況は……。


「まず、サクラさんがここに居た理由は、ギルドで受けた依頼を受けたから。内容はお店の警護。その依頼主が、オオサカシュンだった?」

「恐らく、ですが。そうしてポトトを抱えたサクラ様が店内に入って事情を聞こうとしたようです」


 サクラさんが依頼を受ける現場には、私たちも居たのに……。自分たちのことで手一杯になっていたわ。


「冒険者としては、当然だな。ただ、女の子としては迂闊うかつだったかもしれないな」


 カーファさんはそんな感想を漏らすけれど、私の知る限り、サクラさんは馬鹿ではない。むしろ、私よりずっと賢いと思う。ここが風俗店だということは察していたんじゃないかしら。だからこそ、用心棒でもあるポトトを連れて入ったのかも。

 私のすぐ横。ソファで寝息を立てているサクラさんの手を握る。その温かみを感じながら、私は状況の整理を続ける。


「しばらく打ち合わせをしていたけれど、途中で急にサクラさんが動かなくなった……。そうね、ポトト?」

『ルゥッ!』


 ポトトが肯定する。恐らく何らかのスキルを使われたのでしょう。イチマツゴウの〈支配〉、サザナミアヤセの〈魅了〉もそうだったけれど、人心を操るスキルを持つ人って暴走しやすいのかしら。実際、便利なのはその通りなのでしょうけど……。


「動かなくなったところで、サクラ様の衣服を男たちが脱がせ始めた、と……」

「俺たちが着いた時の状況から察するに、まだお楽しみはだったんだろうな」

「カーファさん、その言い方は好きじゃないわ」


 私が睨むと、カーファさんは素直に失言を詫びてくれた。その間、ポトトはおかしくなったサクラさんの様子を察して、部屋の隅で怯えていたみたい。好き勝手されるサクラさんを見ていたのか、と責めることはできないでしょうね。元々、彼女……ククルは怖がりだもの。最後の最後で飛び出してきたことを、むしろ褒めてあげるべきだわ。

 それに、もし変なことをして捕らえられてしまっていたら、全員が無事な“今”は無かったでしょう。


「状況をよく理解していなかったからこそ、ポトトは飛び出せたのね」


危機的状況にいつも駆けつけてくれるポトトは、きっと私たちの英雄ね。そうまとめようとしたのだけど、メイドさんは違うみたい。


「結果的に良かっただけです、お嬢様。もしこれでサクラ様が死んでいれば、『唐揚げ』にしていたところです」

『ク、クルゥ……』


 メイドさんに睨まれて、私の膝の上に居るポトトが委縮してしまった。結果論になってしまうけれど、それでも、全員無事だったから私は良いと思うわ。あとは、サクラさんの心の問題ね……。何もできない状態で好き勝手される口惜しさと辛さ、私はよく知っているもの。


「サクラさんに怖い思いをさせてしまったこと、きちんと謝らないと」

「……冒険者としてはサクラ様にも非があるのですが。やはり傲慢ごうまんですね、お嬢様は」


 状況の整理はこれくらいにして、話はこれからのことに移行する。


「主、悪いが、こいつを殺すのはゴブリンについて聞き出してからにして欲しい」


 オオサカシュンを示しながらそう言ったのは、カーファさん。今は頭の鎧……かぶとを脱いでいて、シワと無精ひげが目立つ顔をさらしている。

 そう言えば、ここを襲撃したのはエルラの町で暗躍している犯罪者集団『ゴブリン』の情報を掴むためだったわね。もしオオサカシュンたちでないのだとすると、今もどこかでフォルテンシアの敵が生きていることになる。


「そうね。出来るだけ素早く、徹底的に調べて欲しいわ」

「感謝する。じゃあ、さっさとやるか」


 衛兵さんに連絡しなかったのは、この時のためだったことを後で知る。情報を聞き出すことに特化したスキルを使うのが手っ取り早いけれど、そんなスキルを持っている人物は稀。私が持つ〈交渉〉のスキルを極めたとしても、そう簡単には相手の秘密は聞き出せないでしょう。

 となると、もっとも簡単かつ、誰にでもできる交渉術と言うものがある。


「お嬢様、カーファ様。こちらに良い感じの地下室が♪」


 いつの間にか席を立っていたメイドさんが示したのは、店の奥にあった金属製の扉の先。そこには、薄暗い地下へと続く階段がある。……悪党は『地下室』に何かこだわりでもあるのかしら。あと、良い感じの地下室ってなによ、メイドさん。


「了解だ。情報の聞き出しは俺がやる。メイドちゃんは2階で違法な売買取引が無かったを調べてくれ」

「……かしこまりました」


 メイドさん、今のは何? 聞かない方が良いやつかしら。地下室へとカーファさんが男たちを連行する横で、紅茶を淹れるメイドさん。


わたくしとカーファ様の用件が済むまで、お嬢様はこちらでお待ち下さい」

「そうね。今はサクラさんと離れたくないもの」


 何かあれば仰って下さい。そう言い残したメイドさんは2人分のカップとサクラさん用に薄い毛布を置いて、居住区と思われるお店の2階へと消えて行った。

 静けさの戻った真っ赤な室内に、私とポトト、サクラさんとが残される。サクラさんが少しでもよく眠れるように、彼女の頭を膝に乗せる。まだ涙で濡れている目元をぬぐってあげると、


「んぅ……。むにゃ……」


 と、気持ちよさそうに寝言を漏らしていた。今日ほど、誰かを守りたいと思った日は無い。私がどうにかなる分には良いけれど、私の知る誰かが傷つく姿は見たくない。


「もっと、強くならないと」


 膝の上にあるサクラさんの寝顔を見ながら、私は自分の無力を嘆くことになった。

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