○気安く「桜」って呼ばないで

 私の大切な……とても大切な親友に涙を流させた人物、オオサカシュン。もう、死滅神としての役割なんて些細なことね。私が、私の意思で、責任を持ってオオサカシュンを殺しましょう。


「許さない? 君が? オレを?」


 小馬鹿にしたように私と自分とを指さすオオサカシュン。


「しめつしんが何かは知らないけど、桜と同じでオレも召喚者なんだ。〈加護〉だってあるし、レベルも40近くあるから――」

「メイドさん。殺さないでね」

「……善処します」


 言うが早いか、私の右横を風になったメイドさんが走り抜けていく。そして、


「それにユニークスキルだってある――は?」


 余裕を見せてご高説を垂れていたオオサカシュンの両眼をナイフで切り裂いた。数瞬遅れて、室内にオオサカシュンの絶叫が響く。取り巻きの男たちなら、心配ない。2人はそもそも死滅神と聞いて怯えて動かないし、残りの2人も動こうとした端から、カーファさんが剣の柄を使って昏倒させている。私にきちんと〈即死〉を使わせようとしてくれている当たり、本当に優秀な従者たちだわ。


「お嬢様、お気を付け下さい。あの外来者には、サクラ様を動けなくしたスキルがあるはずです」


 虚空を見つめたままぐったりするサクラさんと弓、剣、衣服を抱えたメイドさんが、出入り口にいる私の横に着地する。そして、地面にほぼ全裸のサクラさんを寝かせると、素早く服を着せていく。よく寝起きの私を着つけてくれることがあるから、その手つきは手慣れたものね。10秒もしないうちに服を着せ終えてしまった。


「目が……目がぁぁぁっ! ぽ、ポーション! ポーションはぁ……」


 地面にうずくまって文字通り血の涙を流していたオオサカシュンが、懐からケリア鉱石製の透明な入れ物を取り出す。リリフォンで作られているような普通のポーションに、欠損した眼を治すほどの効力は無い。だけど、オオサカシュンが持っていた物は特別製みたい。みるみるうちに、傷が治っていく。

 私がみっともないオオサカシュンの姿を冷ややかに見ていると、


「主〈あるじ〉。全員拘束しておきました」


 真面目な顔をしたカーファさんがそう言って、私の前にひざまずく。彼の言葉で改めて店内を見渡してみれば、縄と腕輪、足輪をした取り巻きの男たちが地面に転がっていた。全員、顔には布が被せられていて、私たちを見ることが出来ないようにしてある。成長した〈即死〉や〈鑑定〉もそうだけど、目で見ることが条件のスキルの使用を防ぐためでしょうね。


「ありがとう、カーファさん。次はオオサカシュンを拘束してもらえるかしら?」

「了解しました」


 メイドさんも使う瞬時に移動するスキルで、四つん這いになっているオオサカシュンの背後を取るカーファさん。そのままオオサカシュンを組み伏せて、〈収納〉から取り出した縄で彼を拘束しようとした、その時。


「動くな! さもないと桜が死ぬぞ!」


 カーファさんの膝に押さえつけられるオオサカシュンが発した声で、私たちは一斉に動きを止めることになった。


「……どういうこと?」

「ほら、見てみろって」


 オオサカシュンに言われるまま私の背後で寝ているはずのサクラさんに目をやる。そこには仰向けのまま、両手で握った矢を自分の首に向けるサクラさんが居た。


「いいか? オレのユニークスキルの効果だ。別に矢で首を刺さなくても、オレが気を失ったり、死んだりしたら桜も死ぬようにしてある」


 そう、自身のスキルについて語るオオサカシュン。ユニークスキルの厄介なところで、彼が言っていることが本当なのか嘘なのかを全くもって判断できないこと。例え生き延びるために彼が嘘をついていたのだとしても、私たちには嘘だと推測するための根拠がない。

 ただ、事実として、サクラさんは異常な行動を取っている。オオサカシュンのスキルが今なお作用していることは明白だった。


「ほんと、最低な小悪党ね」

「なんとでも言え。これも異世界で生き残る術だからな。分かったら、まずは拘束を解け」


 言う通りにするのかと、カーファさんが私に目線で尋ねてくる。……悔しいけれど、スキルの詳細が分からず、サクラさんが人質になっている以上、私には拒否する選択肢が無かった。唇を噛む私は、オオサカシュンを睨み付けてカーファさんに指示を出す。


「くっ……。分かったわ。拘束を解いてあげて」


 その言葉に、カーファさんがオオサカシュンの上から退いて、瞬きの間に私の横に立つ。


「悪いんだが、あるじ。俺は主の命を優先するぞ」


 口調を元に戻して、そんなことを言って来るカーファさん。つまり、ことと次第によってはサクラさんが死んでしまうことも織り込み済みでオオサカシュンを抹殺するということ。


「お嬢様。それについては、わたくしも同意見です。……サクラ様には、本当に、申し訳ありませんが」


 サクラさんが矢を首に突き刺す。そんな“もしも”の時に備えてサクラさんを見張っているメイドさんも、私を優先すると言う。どれだけ親密だったとしても、主人である私を守ることが“死滅神の従者”にとっては重要みたいだった。

 ……だけど、メイドさんの顔には隠し切れない葛藤が浮かんでいる。召喚者を嫌うメイドさんが、サクラさんを少なからず認めている証ね。そうして、変わりつつあるメイドさんからサクラさんを奪おうとするオオサカシュン。


 ――許せない。


 だけど、やっぱり私には人を殺すことしかできない。苦しんでいる人を殺して救ってあげることはできるけれど、誰かを守ることなんてできない。サクラさんに怖い思いをさせて、泣かせて。メイドさんに非常な決断をさせようとしている。そんな今を作ってしまった自分が、誰より、何より――


「――許せない……っ」


 握りこんだ指先の爪が手のひらを裂き、血をにじませる。


「まったく……。ひとまず桜と、君以外は帰ってくれ」


 カーファさんに押さえつけられた時に痛めたのでしょう。肩を回しながら、オオサカシュンが言ってくる。彼の言う君、というのは私のことを指していた。


「外来者。お嬢様とサクラ様に何をなさるつもりですか?」


 侮蔑を隠さない冷ややかな目でオオサカシュンに尋ねるメイドさん。その問いに対して一瞬、薄く笑ったオオサカシュンが、


「それは、もちろん続き――」


 端的に答えた、その瞬間、メイドさんがオオサカシュンを殺そうと動いた。


「メイドさん!」


 私が叫んで、メイドさんの動きを止める。メイドさんが逆手に持ったナイフの切っ先はオオサカシュンの首の皮1枚を裂いて止まっていた。

 冷や汗を流しながら両手を上げるオオサカシュンに、私は交渉を持ちかける。


「交渉しましょう、オオサカシュン。私はここに残るわ。その代わり、サクラさんは帰して。さもないとあなた、サクラさんもろとも殺されてしまうわよ?」


 目的がなら、私的には問題ない。サクラさんが助かるのならこんな体、いくらでも差し出しましょう。それくらいしか、私にはできないのだから。メイドさんも、カーファさんも、優秀な人物だもの。時間を稼げば何か対抗策を考え付くかもしれない。


「どうするの? 答えなさい、オオサカシュン」

「わ、分かった。今はそれでいい。でも、オレのスキルは距離なんて関係ない。桜の命はオレの手のひらの上だってこと、忘れるなよ」

「……交渉成立ね。メイドさん、下がりなさい」


 オオサカシュンが交渉に乗ったことを確認して、私はメイドさんを下がらせる。


「メイドさん。サクラさんを宿までお願いね。カーファさんは、彼への対抗策でも考えておいて」

「分かりました。ですが、レティ。わたくしからもお願いがあります。もしもの時は必ず、スキルを使ってください」


 危険を感じたら必ず〈即死〉を使え。そうお願いするメイドさんに、私は頷く。実際は使うつもりなんてないけどね。サクラさんが死んでしまうもの。

 頼もしい従者2人にあとは任せて、私はオオサカシュンへと歩み寄る。首に矢を向けるサクラさんを慎重に抱え上げたメイドさんとカーファさんが店を出て行った。

 残されたのは、私とオオサカシュン。そして、頭に布を被ったまま転がっている取り巻きの4人だけ。


「それじゃ、改めて。えっと君の名前は……」

「最初に名乗ったのに、覚えていないの? スカーレットよ」

「そうそう、スカーレット。これから色々、よろしく。まずはあいつらの手錠とか外さないとだし、店のドアも直さないと――」


 倒れている仲間を見下ろしていたオオサカシュンが、改めて私の方を振り返った瞬間だった。


『ク……クルルゥゥゥッ!』


 突如として、巨大な白黒の真ん丸なシルエットが室内に現れ、私の視界を横切る。なけなしの勇気を振り絞ったような鳴き声と共に放たれたによる渾身の蹴りは、


「へぶぅっ!」


 見事、オオサカシュンの頭を捉える。勢いそのまま赤い床に頭をぶつけたオオサカシュンは、少し身体を痙攣けいれんさせた後、全身を脱力させて気を失ってしまうのだった。

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