●寄り道 (エルラ→フィッカス)

○角族の用心棒

 “時と芸術の町”エルラからフィッカスまでは約500㎞。私たちのポトト、ククルが引く鳥車だと10日ちょっとの距離だった。途中、2つの村を経由することになっている。

 赤茶けた土に背の低い草木がまばらに生える、少し荒れた大地。遠くに野生のオードブルの群れや『ギリャリェ』と呼ばれる角を生やした草食動物が居たりする。どういう訳か、アクシア大陸の中心部分に行くほど年間を通して温かな気温になる。生態系も大きく変わって、見られる動植物も変化していた。例えば、アクシア大陸中心部にモフモフした動物……ポトトやメリは少ない。代わりに温かな気候に適応した毛の少ない活発な動物が多くなってくる。


『クル♪ クル♪』

「君と出会った奇跡が~、この胸にあふれてる~♪」


 ポトトとサクラさんが歌を歌いながら、上機嫌に鳥車を走らせる。私たちが利用している街道は、鳥車が2台すれ違えるくらいの大きさ。ずっと先にはブァルデス渓谷けいこくと呼ばれる断崖絶壁の間を抜けなければならなかった。


「眠いぃ……」

「お嬢様、こちらでお昼寝をどうぞ」


 荷台の木箱の間に敷かれている布団を示して、メイドさんが言って来る。そう。エルラの町を出たのが朝の6時過ぎ。現在は10時頃でしょうけれど、エルラではもうとっくに眠っていた時間。ようやく慣れたと思ったら、また、実際の時間と身体の感覚の狂いに悩まされていた。

 お言葉に甘えて、お日様の香りがする布団に寝転がる。枕も、柔らかくて、最高、よ……。


「んぅ……。すやぁ」


 さわり心地の良い薄手の布『タオルケット』を手繰り寄せて目をつむると、途端に意識が遠のいていく。


「ありゃりゃ、ひぃちゃん、ダウンですか?」

「そのようです。15時ごろにもう一度お昼寝を挟んで、生活感覚リズムを整えて頂きましょう」


 オオサカシュンの事件から数日。サクラさんに変わった様子は無い。記憶を刺激してしまうのも悪いし、私たちからあの日のことについて触れることは無かった。


「サクラ様は大丈夫ですか? よろしければお休みになられても……」

「大丈夫ですよ、メイドさん! 徹夜とかはテスト勉強で慣れてたんで」


 テスト。学力を図る試験のことね。そう言えばアクシアには学園都市があったはず。フォルテンシア中から優秀な若者が集って、叡智えいちを極めているとか、いないとか。召喚者たちによって学校という教育機関が出来てから作られた国だから、比較的新しい所だったはずだけど。


「あれ……? あんな所に人が居る」


 サクラさんが人を見つけたみたい。まぁ、旅人か何かでしょう。私はもう、限界……。


「おや、あれは……。ひょっとして」


 そんなメイドさんの声を最後に、私は意識を手放した。




 そして、次に目を覚ました時、街道沿いにあった細い木のそばで鳥車は停まっていた。荷台に敷かれた布団の上でむくりと身を起こした私にメイドさんとサクラさんが気付く。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、ひぃちゃん。まずはお昼ご飯って言いたいんだけど……」


 そう言って言葉を濁したサクラさんの背中から、ひょこっと小さな人影が顔を覗かせる。透き通った湖のような髪色にとんがった耳。瞳も髪の毛と同じ色をしていて、まさに宝石そのもの。そして、何よりも特徴的なのが側頭部から前方へとゆるく湾曲しながら生えている青色の角。首の両側や手首を角と同じく鮮やかな青色の鱗が覆っている。怯えるようにペタンと地面に尻尾が垂れてしまっているけれど、彼女は間違いなく――。


「――つの族、なの?」


 そんな私の問いかけに、目の前の角族の少女はコクコクと頷く。


「ひとまず昼食を取りながら彼女、ティティエ様のお話でもしましょう」


 メイドさんの言葉に頷いて、ポトトを休ませつつ、私たちはお昼ご飯と相成った。

 角族。寿命300年を超える長命な種族で、立派な角と尻尾が特徴的な種族ね。そして、彼らと言えば圧倒的なステータスの数値を誇ることでも有名よ。例えば、私がレベルを1つ上げて増える値のうち、最大が『体力』の+15なのに対して、角族の人たちは個人差もあるけれど+150くらいあったはず。他の数値も+50はざらで、高い人だと+100を超えるはずよ。

 だけど、なかなか子を成さないことでも有名な種族で、1つの国に1人居るかいないかくらい。だから、フォルテンシアでは滅多に見かけることが無いのだけど……。


「なるほど、成人を機に旅に出ろ、と……」


 無言のまま、小さなお口で一生懸命パンを食べていたティティエさんが頷く。きれいな薄い水色の髪の長さは、出会った頃のサクラさんと同じくらい。あご先くらいの長さだった。そのきれいな髪を揺らして、ティティエさんがまたもコクコクと頷く。


「ということは、50歳は超えているのね……」

「お嬢様。何度も申し上げるように、年齢について口にするのは失礼にあたる場合があります」

「あ、ごめんなさい、ティティエさん……」


 思わず驚きを口にしてしまった私を、メイドさんがたしなめる。だけど、成人したてということもあってティティエさんの身長はそう高くない。垂れて大きな瞳は彼女をより一層、幼く見せる。


「ほえ~……。人は見かけによらないね、さすが異世界……」

「サクラ様も。あまり容姿をまじまじと見る物ではありませんよ?」

「あ、はい」


 私たちのやり取りをティティエさんは嬉しそうに見ている。出会って30分くらい。ティティエさんは一言も言葉を発していない。というのも、彼女は“まじない師”と呼ばれるこれまた珍しい職業ジョブで、発する言葉が周囲に影響する恐れがあるかららしいわ。

 必要な時だけ、彼女に触れることで〈念話〉が出来る。〈意思疎通〉や〈言語理解〉に近い能力で、互いに言いたいことが直接頭に響く。そんなスキルだった。少し難点があるとすれば、ティティエさんが少し口下手なところかしら。例えば、好きな食べ物の話をした時。


「ティティエさんは何が好きなの?」

『お肉』

「お肉ね? どんな肉かしら。私はトビウサギ! 柔らかくて肉汁たっぷりなところが好きよ」

『赤竜』

「竜のお肉? 食べたことないわ。どんな味なの?」

『硬い、おいしい』


 こんな感じね。基本的に聞けば何でも応えてくれるけれど、単語が返ってくることが多い。表情もころころ変わって無愛想というわけでもないのだけど、こう、聞き手に理解力が必要になる会話だった。まぁ、これはこれで遊びみたいで面白いのだけど。

 昼食後、そうしてティティエさんと手を取りながら向かい合って話す(?)こと、さらに30分。サクラさんがデアの光を浴びながらお昼寝をしている姿を見ていると、突然、私の手をティティエさんが強く握る。どうしたのかときれいな水色の瞳を見てみると、道中、護衛として雇って欲しいという提案があった。


「いきなりね。だけど、少なくとも私は報酬を支払えるほどの持ち合わせが無いわ……」


 エルラの町にあったとある魅力のせいで、私の貯蓄は心もとない。角族の護衛は魅力的だけれど、引く手あまたのはず。結構高額な報酬を支払うことになるでしょう。残念ながら、断るしかない。そう首を振った私に、ティティエさんがやや身を乗り出して言ってきた。


『報酬、ご飯』

「ご、ご飯……? メイドさんのご飯ってことかしら?」


 首を振るティティエさん。じゃあ……


「えっと、誰が作っても良いから朝昼晩のご飯?」

『お金、不要』


 なるほど、ご飯を用意してあげれば角族であるティティエさんが護衛をしてくれる、と。フィッカスに向かうことは伝えてあるし、ティティエさんも1人で旅をしているくらいだから最低限の知識はあるはず。

 鳥車の正面から来たと聞いているから、ティティエさんからすると来た道を引き返すことになる。当てもない旅らしいし、彼女が良いなら願っても無いことだけど……。


「メイドさん。ティティエさんを護衛として雇うのはどうかしら? 報酬はご飯と、恐らく寝床だけで良いみたいなのだけど」


 ポトトの世話と鳥車の具合を確認していたメイドさんに聞いてみる。メイドさんも私と同じことが引っ掛かったんじゃないかしら。少し考えるそぶりを見せたけれど、


「ティティエ様、わたくしたちがフィッカスにいる間も護衛をして頂けるならば、是非」


 そんな答えがメイドさんから返って来た。そう、実はフィッカスはあまり治安が良くない町とカーファさんから聞いていた。滞在するにあたって用心棒が居れば、私たちも安心できる。

 メイドさんの言葉に首を大きく縦に振るティティエさん。さっきから、えらく必死ね。引っかかることが無いと言えばうそになるけれど、それ以上にティティエさん……角族の用心棒は魅力的だった。サクラさんには後で承諾してもらいましょう。


「えぇっと、それじゃあよろしくね、ティティエさん?」


 こうしてフィッカスの町を出るまでの短い間、角族の“呪い師”ティティエさんと行動を共にすることになった。

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