○生きるって、きっと――
あの後。もう1人のコトさん――ヒナさんと少しだけ話をして、私たちはコトさんの家を出た。衛兵さんに事情を説明して、コトさんの
そんなこんなで迎えた、ナグウェ大陸滞在の最終日。私はメイドさんを伴って、中央図書館を訪れていた。フォルテンシアの敵の抹殺と言う使命を終えた今、私がナグウェ大陸でなすべきことと言えば、サクラさんをチキュウに帰す方法の模索だった。
図書館の入り口で記名と、見た物を紙に移す〈転写〉のスキルで顔写真を登録した後、私たちは図書館へと入る。
「シンジさんのご実家、なくなっていて残念ね」
「いえ、覚悟はしておりました。
シンジさんの部屋が他人の名義になっていたことは、ここに来て3日目には分かっていた。邸宅にある私物はシンジさんの死後、フェイさんが保管していたものみたい。シンジさんが生きた証である賃貸の一室もフェイさんが借りていたらしいけれど、フェイさんの死によって契約は解除。今はもう、別の人の家になっていた。
シンジさんしかり、コトさんしかり。身寄りが無いって、すごく怖いことのように思う。自分が生きた証が、死後、すぐに無くなってしまうんだもの。そして、自分を知っている人が死んでしまったら、いよいよ生きていたことすら証明できなくなる。それって、とても……。
「……どうされたのですか、お嬢様?
メイドさんのからかいに応酬しようとして、だけど。自分の中に芽生えた不安と言うか、寂しさと言うか。なんと言って良いか分からない感情が邪魔をして、いつものように受け答えが出来なくなってしまう。
「……メイドさん。もし私が死んでも、少しくらいは覚えていてくれる?」
「当然です。どうして忘れることが出来ましょうか。……本当に、どうしたのですか、レティ?」
「……いいえ、何でもないの。気にしないで」
即答してくれる従者の優しさを感じて、私はそっとメイドさんの服を握ることを止める。記憶は、曖昧だ。チキュウだとどうかは知らないけれど、フォルテンシアだと『体力』が0になっている時間が長い程、レベルと一緒に記憶は消えて行ってしまう。
それに、いくらメイドさんでも記憶できる物事の数には必ず限界がある。だからこそ記憶の選別をして、大切な出来事を胸に刻んで、忘れないようにする。
――じゃあ、果たして。私との日々は、メイドさんの中でどれくらいの価値があるのかしら。
その価値が高ければ高い程、もし私が死んでも、私が生きていられる時間が長くなるということ。実際、亡くなったフェイさんは、メイドさんとリアさんの中で記憶として生きている。
「だったら、そうね。メイドさんが嫌でも忘れられないような記憶を、刻んであげればいいだけよね」
「はぁ……? まぁ、良いでしょう。ということであれば、お嬢様。
「そう。なら、それは別の人に譲るわ。私は別の形で、メイドさんの記憶に焼き付いてあげる」
「残念です♪ それにしても『焼き付く』という言葉をそのように使われたのは、お嬢様が初めてかもしれませんね?」
図書館だからお互いに小声で話しながら向かうのは、ナグウェ大陸の歴史の資料が多く収められている区画だ。
中央図書館は、かなりの大きさがある。多分、イーラの町にある邸宅を3つ合わせたくらい。数百人という人が入っても大丈夫な大きさでしょう。所蔵されている本の数も10万冊を軽く超えていて、全大陸でも有数の規模を誇る。識字率がフォルテンシアいちとも言われているだけあって、他の大陸に比べると、ナグウェ大陸では本が身近な存在のようだった。
「それじゃあ、私はこの辺りを探してみるわ。メイドさんはあっちと……、あの辺りをお願い」
「かしこまりました。チキュウに帰還した人物の有無、あるいはその方法を探すのですね?」
「ええ。うさん臭くても良いわ。今はとりあえず、あらゆる可能性を模索していきましょう」
こうして私とメイドさんは2人で、本や資料に目を通していくことにした。
図書館に
「またのお越しをお待ちしています」
そんな図書館司書さんの声に見送られて、私たちは閉館間際の図書館を出る。
さすが、ナグウェ大陸と言うべきね。召喚者に関する情報はこれまで訪れた度の町よりも多くて、歴史書から歴史小説まで。様々な形で「召喚者が帰還する」という文言が刻まれていた。その全てに目を通すことはできないから、メイドさんと一緒にいくつかの情報に目星をつけて、さっと目を通す。読み切れないもののうち、貸与してもらえるものは邸宅に持ち帰ることにした。
「ふぅ。さすがに本を読みっぱなしって言うのも疲れたわね。肩が凝ったわ……」
しかも、コトさんとの一件で負傷した私の右手は治っていない。本をめくるのにも一苦労だった。
「んふ♪ それでは宿に帰り次第、マッサージといたしましょう。体の隅々まで、ほぐして差し上げます」
「ええ、お願いするわね」
ナグウェ大陸最後の日と言うことで、今日はメイドさんの提案により個室の馬車で帰ることにする。窓のケリア鉱石越しに外を見てみれば、
『~~♪』
と、信号待ちで止まった馬車から、よくコトさんを見かけた中央公園が見えた。そこでは、コトさんにそっくりな……と言うと少しややこしいかしら。私と同じでコトさんに物まねをされた女の子――ヒナさんが歌って踊っている姿が見える。
「こんな時間までよく頑張るわね、あの子。凄いけれど、昨日の今日だもの。無理をしないで欲しいわね」
知る人ぞ知る人気のアイドル「コトちゃん」が居なくなって町が騒然となることは無かった。それは、ヒナさんが「コトちゃん」として今も活動を続けているからだ。ヒナさんを乗っ取ったコトさんが今度はヒナさんに乗っ取られた。私とメイドさんだけが知る、アイドル「コトちゃん」の裏事情ね。
「確かに初動のファンの獲得は、コトが行なっていました。ですが、その後。数百人以上のファンを獲得したのは、間違いなくヒナ様だったと思われます」
「どうして?」
「お嬢様は『神対応』という言葉をご存知ですか?」
かみたいおう? 窓から目を離して椅子に座り直した私は、正面に居るメイドさんに向き直る。
「えぇっと、私であれば死滅神らしく接すること――」
「違います。ファンの方に誠心誠意向き合うアイドルのことを称賛する言葉です。対義語は『塩対応』だったでしょうか」
言葉を遮られたことはまぁ、不問にするとして。
「つまり、歌や踊り以外の面を担っていたヒナさんに
「はい。情報収集の際『コトちゃんは神対応』と言う言葉を随所で聞きました。定期的に行なわれていた
可愛さを追求したコトさんが得た100人近い初動のファンが、のちに、握手会を担当していたヒナさんのアイドルとしての素養を広めたということね。楽曲や振付も、ヒナさんが担当していたみたいだし。で、コトさんは得意の物まねで歌と踊りを完ぺきに学習し、ステージ上で披露していた。
「コトちゃんというアイドルが2人存在していたなんて、誰が想像できたのかしら」
想像できたとしても、確証は得られなかったでしょう。コトちゃんはぷらいべぇとの隠匿が上手だって情報は、ギルド職員さんが教えてくれた。単にコトちゃんに関わった人がみんな〈自己創作〉のスキルの
「少なくとも、メイドさんの追跡を振りほどける程度には秘密を守る
「
今回の一件で私が学んだことは、人々が嘘に魅了されるということだ。私生活を明かさずに、キラキラと輝いて人々に元気や希望を与える存在。それが、アイドル。サクラさんの話では、偶像と言う意味を持つらしい。
謎多き存在だからこそ、人々は隠された謎に興味を持ち、
「あなたの言う通りね、メイドさん。人は秘密を持つことで、魅力的な存在になるみたい」
「おや、ついにお気づきになられたようですね。旅の最初から、申し上げていましたのに」
でも、きっと「コトちゃん」が裏で行なっていた様々を知れば、ファンの人は幻滅してしまう。コトちゃんに夢を見られなくなる。これからヒナさんは一生、コトちゃんの秘密を守り通さなければならない。自分を応援してくれる人々に、嘘をつき続けなければならない。
――自分に、嘘をついている。
きっと、目覚めたばかりの私なら何も考えずにメイドさんに飛びついて、質問していたでしょう。けれど、世界を知れば知るほど。相手を知れば知るほど、世間体や相手の気持ちなんかの目に見えない物が見えてくる。……いいえ、見えた気になってしまう。
そして、目に見えないもの、実在しないものが私の気持ちと行動を縛って、いつしかそれ自体も正しいことなのだと思えてしまう。だから、どこか寂しそうなメイドさんの手を取ることが、今の私には出来ない。
「生きるって、きっと。自分に嘘をつき続けることなんだわ」
「……そう、かもしれませんね」
何物にも縛られずに自由に“生きる”なんてこと、果たしてできるのかしら。考えた私の脳裏に浮かんだのは、これまで殺してきた人々――フォルテンシアの敵だ。
彼ら彼女らに私が抱いた感情は果たして、本当に
「――いいえ、そんなわけ無い。そんなわけ、無いわ」
我ながらあり得ない想像に首を振る。フォルテンシアに生きる誰よりも重い
――――――――――
※ここまでご覧頂いて、ありがとうございます。ナグウェ大陸でのお話もここで一区切りです。もしご意見や評価等ありましたら、よろしくお願いします。次回からは、ちょっと寄り道を挟んだ後、“魔王領”タントヘ大陸へと向かう予定です。今後とも楽しんで頂ければ幸いです。
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