○どうして、ティティエさん……?

「……行かせられないわ。だって、きっと、今度こそティティエさんが死んでしまうもの」

『でも、スカーレット、死ぬ。良い?』


 決して、良くは無いでしょう。さっきも言ったように、別に私は死にたいわけじゃない。死滅神として役割を果たし切って、人々に殺されるその時まで生きたいと思っている。……だけど。


「私が死ぬことよりも、私のために誰かが死んでしまう方が、よっぽど我慢ならない」


 メイドさんやサクラさん、ポトトが死んでしまうことの方が悲しい。ましてや私のせいで彼女達が死ぬなんて、考えたくも無い。


「だから、たとえ私が死んでも、ティティエさんにはメイドさん……、いいえ、せめてサクラさんとポトトだけでも守って欲しいの」


 メイドさんの場合、本人の意思は置いておいて職業上、私を庇って死んでしまう可能性がある。その点、ポトトとサクラさんは変なしがらみも無い。もし、ティティエさんが見た景色がスカーレットの死であるなら、サクラさん達には生き延びて欲しかった。


「だから、ティティエさんにはキリゲバと戦うんじゃなくて、サクラさんたちを守って欲しいの。どうかしら?」

『……それ、スカーレット、本心?』

「ええ。間違いないわ」


 胸を張って、ティティエさんの問いかけに頷く。


『……分かった』


 私の本気が伝わったのでしょう。ティティエさんも、サクラさん達を守ることを了承してくれたみたい。

 良かった。ひとまずこれで、私が思う最悪の未来は回避できるかもしれない。たとえティティエさんがキリゲバに敵わなくても、時間稼ぎくらいはしてくれるはず。その間に、サクラさん達には逃げてもらいましょう。

 気づけば、港は静寂に包まれていた。気が済んで帰ってくれるんじゃないか。そんな望みも敵わず、キリゲバは私たちをしっかりと見据えている。自分が圧倒的強者であることを知っているからでしょう。だけど、油断しているわけじゃない。臆病な性格をしているキリゲバはどこまでも慎重に、獲物である私たちの動きを注視している。そして、鋭い爪で石畳を鳴らしながら、ゆっくり、ゆっくりと私たちの方にやって来ていた。


「それで、ティティエさん。改めて私はどうすればいいの?」

『ここ、居る。見る』

「ここに居ればいいのね。何を見ていればいいの?」


 私のその質問に、きょとんとした表情を見せたティティエさん。その顔はいつも見ているあどけないものだ。


『私、言った。キリゲバ、倒す。スカーレット、それ、見る』

「……あれ、おかしいわね。私も行かせられないといったはずよ?」


 もしかして、会話が堂々巡りしている……? さすがにもう一度、ティティエさんを説得する時間は無い。もしもの時は私がティティエさんやサクラさんたちから離れるように動きましょう。そう思って、ティティエさんの手をやんわりと離す。


「良い? ティティエさんはサクラさん達を守って。私が出来る限り時間を稼ぐから」

「ん、ん」


 ティティエさんが、耳の下くらいまでしかない水色の髪を揺らして否を示す。


「ど、どうして? さっきは頷いてくれたじゃない!」

「――それは、スカーレットの気持ちが分かったという話。私がどうするのかは、私の自由」


 凛と。いつも〈念話〉で聞いている可愛い声に少しの“張り”を加えたような肉声で、ティティエさんが話す。


「スカーレット。そこで見ていて? 私が、大人になるところ」

「で、でも――」


 私がそう言った時、私とティティエさんを大きな影が覆う。もちろん、影を作ったのは目の前までやって来ていたキリゲバだ。四足歩行で歩く体高は3m、対象は長い尻尾を覗いて6mくらいかしら。シュッとした格好良い顔には鋭い牙が生えたあごがある。その下あごが、私のつむじと同じくらいの高さにあった。

 小癪こしゃくなことに、私の腕がギリギリ届かない位置に居る。これじゃあ、一縷いちるの望みをかけた〈即死〉の使用が出来ない。ポトトも見せる、野生の勘ってやつかしら。


「大丈夫だよ、スカーレット。さっきも言ったように、この子と戦うために私はここに居るんだもん」


 言いながら、ティティエさんは自分の倍以上の大きさがあるキリゲバの前に歩み出る。


「スカーレットは言ったよね? 狩りは正当な命のやり取りだって」

「どうしてそれを……って、あっ」


 考え事をしていた時、私はティティエさんと手をつないでいた。そして、〈念話〉はお互いに考えていることを伝えるスキル。私が考えていたあれやこれやは、ティティエさんに全て筒抜けだったということ。


「噓?! これまでもずっと?!」


 目の前に居るキリゲバから目線を切ることが出来ないティティエさんは、尻尾を揺らして私の問いを肯定する。……そんな。心の中で成人しているティティエさんを可愛いらしいと思っていたことも、赤竜と同じで尻尾が美味しいのかと思っていたことも、無様に生き残りたいと切望していたことも。ティティエさんに触れている間考えていたことが全部全部、見透かされていたということ。


 ――だとすると、ティティエさんは私を守ろうとしているんじゃないかしら?!


 私が密かに抱えていた死にたくないという思いを汲んで、ティティエさんが無茶をしようとしている。キリゲバに立ち向かおうとしている。


「待って、ティティエさん! 別に私、生きたいなんて思ってないわ! だから逃げて!」


 細い瞳孔で注意深く私たちの動きを見ながら、キリゲバが全てを切り裂く爪が生えた腕を振り上げる。


「狩りは、正当な命のやり取り。だから――」


 私の言ったことをもう一度繰り返したティティエさんに向けて、キリゲバが凶爪を振り下ろす。いいえ、私の目からは手が消えたように見えた。振り下ろしたと分かったのは、猛烈な風が吹いた後、スカートをなびかせるティティエさんが、キリゲバの手を真正面から受け止めていたから。

 全てを粉砕、あるいは引き裂く爪を片腕1本で受け止めたティティエさんは、


「この子を狩って、メイドさんに料理してもらう!」


 そう言って、キリゲバの腕を振り払う。

 そこから始まったのは、再戦を経て大人になろうとする角族の少女と、目の前の生き物全てを粉砕して食べる最恐捕食者との一騎打ちだった。

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