○そして、倍になる

 エルラの町を鳥車で走り回って4時間くらいかしら。今回泊まっている宿は『ケッデラ』。7階まである建物の、6階にある客室に止まることになった。1泊2,700nのお手頃な宿ね。

 内装は綺麗で、つるつるしたクリーム色のタイル張りの床は、天井の魔石灯の光を反射している。ただ、外観は緑色と茶色に塗装されていて、なんとなく近寄りがたい雰囲気があった。建物の形は円筒状なのだけど、なんだかよく分からない突起が建物の上部から生えている。記帳チェックインの時、受付の人に聞いてみれば、経営者が木を題材にした作品として建てたそうだった。

 円筒状の宿の中心にある螺旋階段を上って、廊下に出る。廊下も円を描くように続いていて、回廊になっている。私はなんとなく、リリフォンで最初に訪れた塔を思い出した。


「ふぅ……ようやく着いたわ」


ここから1週間、6階まで毎日上り下りすることを考えると少し億劫おっくうね。タイル張りの回廊を少し行って、木製の扉を開ける。

 正面には大きな窓、右側にベッドが2つあって、間にはサイドテーブルが1つある。左側に居間があって、座卓とソファが置いてあった。茶色く塗装された壁は、建物の形から分かるように、少し湾曲した造りになっていた。


「建物自体は、土で出来ているのね」


 壁を叩いてみると、とても頑丈そう。木を意識した宿、と言っていたけれど耐久性の面からこうなっているのね。まあ作品だと言うだけあって、利便性は良くない気もするけれど。


「ふぅ……。なんかめっちゃ疲れた~。お腹も空いたし、そろそろご飯の時間かな?」


 ソファで伸びをしながら、サクラさんが言っている。町に入ったのがお昼過ぎ。屋台で軽食を取って、歩き回ること体感で4時間くらい。もうそろそろ日暮れでしょうし、夕食の買い出しもしないといけない。


「メイドさん。今日のご飯当番はあなたよね。何を作ってくれるの? できれば野菜を食べたいわ」


 サクラさんの隣に腰を下ろしながら、メイドさんにお願いも込めて尋ねてみる。メイドさんは今、ちょうど窓を開けて換気をしてくれているところだった。吹き込む風が、窓から空を見上げるメイドさんの美しい髪を揺らす。普段は白金の色をしている髪が、デアの光を受けて色とりどりに変化して見えた。


「メイドさん? 聞いてる?」


 反応を返さないメイドさんにもう一度聞いてみるけれど、その翡翠の瞳はデアの光を捉えたまま。……一応の主人である私のことを無視するなんて、いい度胸ね。だけど、従者としては真面目な彼女らしくない。憤りよりも、不安の方が大きくなっていく。


「……どうかしたの?」

「お嬢様。今何時頃だと思われますか?」


 ようやく私の方を見たメイドさんが、そんなことを聞いて来る。メイドさんほどじゃないけれど、私の体内時計もそれなりに正確になっているはず。


「そうね、お昼の5時……10分くらい?」


 おおよその感覚から、時間を推測してみる。誤差があっても、大体10分くらいだと思うわ。そんなことを考えながら言った私の答えに、メイドさんが頷く。


「はい。わたくしもそれくらいだと思っておりました。ですがやはり、と言うべきでしょうか……」


 そこで言葉を濁したメイドさんは改めて空を、正確にはそこに浮かんでいるデアを見上げる。


「デアの位置から考えると、現在は昼の3時ごろかと思われます」

「え、嘘でしょ?! 町に入ってから2時間くらいしか経ってないってこと?!」

「はい。正確な時間は広場にある時計台を確認する他ありませんが、おおよそ正しいかと」


 そんなはずは無い。だって、今いる宿はエルラの入り口に当たる城塞から20㎞くらいの場所にある。私たちのポトトが引く鳥車は1時間で大体6㎞くらい。私たちはポトトを急かしていないし、3時間はかかってしまうはず。途中、寄り道だってしているし、2時間で着くはずは……。

 そこで私はふと、座卓の上に置いた鳥籠の中に居るポトトを見てみる。


『クルッ?』

「ポトト、なんだか疲れてない?」

『クルルク……?』


 気のせいかもしれないけれど、少しだけポトトの息が上がっているような気がする。これまで何百キロと歩いて来た旅上手のポトトが、ね。


「ポトトが自分で勝手に急いだってこと?」

「はい。これが、エルラという町なのです。町に入ってからこれまで、わたくしたちはいつもの倍近い速さで行動をしていたようです」


 ……そんなことって、あるのかしら。倍って、あの倍よ? 歩く速さも、話す速さも、今こうして考えている速さも、全てが倍になっているということ?

 衝撃を受ける私の横で、サクラさんが手を上げた。


「はい、メイドさん。さすがに歩く速さが2倍になってたら、わたしでも気づいちゃうと思うんですけど……」

「ですが、事実として、わたくしたちは違和感を覚えませんでした。倍になった感覚に合わせて体を動かしてしまう。町の住人の方々も全員の動きが倍近くなっているので、気付けないのではないでしょうか……?」


 そう言うメイドさん自身も、珍しく当惑している。


「メイドさんはここにフェイさんと来たことがあるのよね?」

「はい。ですが当時のわたくしはまだ造られて間もない頃でした。疑問すら抱きませんでしたね」


 生まれたてのメイドさん、ね。


「メイドさん。話は逸れてしまうのだけど、その話、詳しく聞かせてもらえる?」


 好奇心からそんな質問をした私に、メイドさんはとってもいい笑顔で諫言かんげんしてくる。


「お嬢様。他人の過去を興味本位で掘り返すと、嫌われてしまいますよ?」


 さすがに良くないかと引き下がろうとした私に、サクラさんから援護があった。


「す、すみません、メイドさん。わたしも気になるな~……って」

「サクラ様まで……」


 メイドさんが頭を抱える。だけど、この反応。もうひと押しで行けるんじゃないかしら。


「お願い、メイドさん。ほら、フェイさんとの思い出を私が聞けば、何か思い出すかもしれないでしょう?」


 悪いことをしていると自覚しながらも、私はメイドさんの弱点を突いてみる。事実、フェイさんこと前任の死滅神を知ることは大切だしね。メイドさんから話を聞いてしまえば記憶が蘇って、私が私じゃなくなる恐れもある。条件は、対等なはずよ。

 キラキラと目を輝かせるサクラさんと、私とでメイドさんを見つめる。


「どうして時間の話が、わたくしの過去の話に……。ですが、まぁ、良いでしょう。お嬢様のおっしゃることにも一理あります」


 そうして根負けしたメイドさんが、〈収納〉から紅茶を入れる道具一式を出して、淹れ始める。ここはエルラ。時間は一杯あるものね。

 香草の落ち着いた香りが部屋を満たす中、メイドさんが淹れてくれた黄色い紅茶を手に、私は彼女の昔話に耳を傾ける――。




※昨日、バレンタインと言うことで掌編『ちょこれぃと』を近況ノートにて公開しています。ちょこれぃとに翻弄されるスカーレットを描いてみました。ご興味がありましたら、覗いてみてくださいね。(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330653221979942

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