○side:M 過去のエルラにて1

「お願い、メイドさん」


 お嬢様の言葉に、わたくしメイドは過去を思い出します。そう、それは、ずっと昔。わたくしが“わたくし”であり、また自分のことを“メイ”と読んでいた頃の話です。背格好は今とそう変わりませんが、思考や言動はまだまだ拙く、人様に語り聞かせられないようなものでした――。




 今日、わたくしはご主人様と一緒にエルラという町を訪れています。ご主人様と行く初めてのご旅行。とっても楽しみです。神殿以外の場所……いったいどんな所なのでしょうか?!

 そんなわたくしの期待を裏切らない素敵な街並みが、そこにはありました。転移陣でエルラの神殿に転移した後に、町へ出たわたくしが目にしたのは、行き交う人、人、人。色と音であふれる街路。荷車を引く、たくさんの動物たち。


「わぁ! すごいですっ、ご主人様!」

「そうだよ、メイドさん。よく見ておいて欲しい。これが、私が身命を賭して守っているフォルテンシアの町並みなんだ」


 そう言って私を見下ろす黒髪の男性は、わたくしのご主人様であるフェイ様です。人間族と森人もりひと族の混血で身長は190㎝、赤い瞳は血のようです。黒い髪と涼しそうな目元、端正な顔立ちは少し近寄りがたい雰囲気があるのですが、とっても優しいんですよ? 森人族の血を引いているので、少しとんがったお耳が何とも可愛らしくて、わたくしの密かなお気に入りです!


「いいかい、今回はとある用件で私の従者に会いに行くんだ」

「従者……? メイと……わたくしとおんなじですね!」


 危うく一人称を間違えるところでした。自分のことは「わたくし」と呼ぶように。シンジ様から教えて頂いた20ある「メイド道」の1つです。先日頂いたこの『メイド服』もその1つ。〈復元〉のスキルを持つ魔石が砕いて編み込んであって、ある程度の傷や汚れはへっちゃらです。

 わたくしとは別の“死滅神の従者”に会える。そう心を弾ませるわたくしの言葉に、ご主人様は優しいお顔で頷いてくれます。


「そうだ。人間族の男の子で名前はカーファ。外見だけ見れば、ちょうどメイドさんと同じくらいに見えるんじゃないかな?」


 人間族。礼拝者の皆様にも多くいらっしゃいます。フォルテンシアの全大陸に住む種族で、あらゆる人族の特徴を全て取り除いたような見た目をしていると記憶しています。繫殖力が高く様々な種族と交配して子を成すことができるため、人族の中では最も数が多かったはずです。


「カーファ様の所に何をしに行くんですか?」

「それは、着いてからのお楽しみ、かな」


 そう言って、赤い瞳で優しく微笑んでくださるご主人様。わたくしを安心させて下さるその笑顔が、わたくしは大好きです!


「シンジ様が言っていました。『らしてこそ……』ですね?!」


 声をマネしながら言ってみると、


「まったくあいつは。メイドさんに何を教えているんだか……。そんなこと、覚えなくて良いからね?」


 そう言って、わたくしの髪を撫でて下さるご主人様。とってもくすぐったいです。ですが、とっても気持ち良くもあるんです。しばらくされるがままになっていると、


「そうだ。はぐれるといけないから、手をつないでおこうか?」


 ご主人様がそんな嬉しい提案をしてくださります。すぐに差し出された大きな手を握ろうとしたわたくしは、ですが、ぐっと我慢します。


「いいえ、ご主人様。わたくしは、子供ではありません。もう目玉焼きも上手に焼けますし、お洗濯で服をダメにすることも無いんですから!」

「あはは、それは悪かった。そうか、もう半年も経つのか。私の心配し過ぎだったね?」

「あっ……ぅ」


 さっと手を引いてしまうご主人様。……これで良いのです。主人の手を煩わせるなど、従者として、メイドとして、あるまじき行為なのですから。

 ですが、はぐれてしまってもいけません。なにせ、わたくしがこんなにたくさんの人々の中を歩くのは初めてです。“もしも”があっては、それこそご主人様にご迷惑となってしまいます。


「それじゃあ、行こうか」


 そう言って歩き出したご主人様の服の裾を少しだけつまんで、わたくしはカーファ様の居る……いらっしゃるご自宅を目指しました。


――その途中のことでした。


 わたくしは車道を歩いていた丸く、大きな鳥に目を引かれてしまいます。愛嬌のある形状に反して、白と茶色と言う落ち着いた色合い。立派なとさかと胸の羽。初めて見る『ポトト』と言う生き物に、わたくしは夢中になってしまいました。結果、


「ご主人様……?」


 ご主人様とはぐれてしまったのです。右を見ても、左を見ても。どこにも黒い髪と赤い瞳はありません。ポトトのせいです、なんて思っていたら、さらに事態は悪化していきました。

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