○side:M 過去のエルラにて2

 ポトトのせいでご主人様を見失ってしまったわたくし。どうしていいか分からず立ち尽くすうちにも、事態は悪化していきました。


「君、ちょっとこっちに来てよ」

「ああ、なんて綺麗な人なんだ! 絵のいい題材モデルになる」


 そう言って、短身たんしん族と人間族の男性2人がわたくしの手を掴んで、強引に引っ張ってきました。その力は強く、とても抗えません。


「あの、メイはご主人様とはぐれてしまって……っ」

「ちょっとでいいから、ね?」

「メイちゃんっていうのか! うん、いい響きだ!」


 どんどんと引っ張られていきます。気づけば人通りの多い広場に連れて来られていて、噴水のへりに座っているように言われました。


「白い噴水に、透き通った水! そこに座る美しい少女」

「良い! これが、芸術の、ひらめき!」


 木製の台に立てかけた紙に筆を走らせながら、わたくしを観察する男性2人。喜んでもらえているようなので、お役に立てたのだと嬉しいのですが……。ど、どうしましょう。何が何だか分からないですし、ご主人様も居ません。


「あ、あの――」

「「動くな!」」

「ご、ごめんなさいぃ……っ!」


 噴水のへりから立ち上がろうとしたわたくしを、男性たちが怖い顔で叱って来る。

 知らない町で、知らな人たちに囲まれて、ジッとみられている。楽しそうな音楽は不協和音に聞こえるし、色とりどりの町並みは統一感のない、気持ちの悪いものに見えてくる。


 ――今、わたくしメイはたった1人なんだ……。


 これまでは必ず近くにご主人様やシンジ様が居たのに。生まれて初めて知る、よく分からない感情がメイの中にある。それを理解できない自分自身も悔しいし、大嫌い。気づけば、涙がこぼれていた。


「あ、れ……?」


 わたくしの目からこぼれる水滴が、白い前掛けを濡らす。シンジ様からもらった大切な服。汚れてはいけないと、すぐにスキルポイントを使って〈状態復元〉を使用する。あっ、いつのまにか敬語も忘れてしまって……。


「おおっ、涙と噴水! この絵の中にはきれいな物しかないのか?!」

「ああ……これが、世に言う『カタルシス』! 題名はカタルシスにしよう」


 男の人たちは何を言っているのだろう。理解できない言動が、わたくしの不安を増大させる。

 泣いていても意味がない。ただ、ご主人様の手をわずらわせるだけ。だけど、これだけ待っても、ご主人様が迎えに来てくれる気配はない。


 ――本当に迎えに来てくれるの?


 見栄を張らずに、手を握っておけば良かった。一緒について行く。そんな簡単なことも出来ない無能なのだと、ご主人様に証明してしまっただけだ。

 後悔が涙と一緒に流れ出して、前掛けはもうびしょ濡れだ。スキルを使うことも忘れてむせび鳴くことしかできない。そんな役立たずのわたくしを、果たしてご主人様が迎えに来てくれるのだろうか。


 ――そんなはずは、無い。


 そう理解してしまうと、もうダメだった。


「ひっぐ……えぐ……っ。ごしゅじん、さまぁ……っ」


 心に開いた穴から、これまで貰ってきた“温かさ”がこぼれ落ちて行く。手足は驚くほど冷たくて、手袋に染みる涙すらも氷のようにかんじる。

 役に立たないわたくしは、捨てられる。これからどう生きて行けばいいのか、分からない。どう笑えばよいのか、わからない。どうして生きているのか、分からない。


「ごめん、ね。メイ……は、なにも、できない……。ダメな、メイドでぇ……っ」


 そうして、泣いてばかりだったわたくしメイは、ふと、


主人フェイのもとへ向かえ』


 声を聞いた。誰でもない、わたくし自身の声だ。同時に体中を抑えきれない熱が駆け巡る。主人が危機にひんしている。主人が痛みを覚えている。悲しんでいる。


 ――駆けつけないと。いやしてあげないと。支えてあげないと。


 全身が熱くなり、脳が沸騰する。気づけば身体は動き出していて、黄土の地面をブーツで蹴っていた。


「「あ、待て!」」


 どうでもいい人々の声を無視して、衝動のまま、わたくしは駆け出す。この衝動が教えてくれる。わたくしがなすべきことと、生き方を。

 そうだ、ご主人様以外に優先するべきことなんてない。ご主人様以外は、全てどうでもいい。例え世界中のだれを敵に回そうと、主人に尽くす。それこそが、“死滅神の従者わたくし”の存在理由なのだから。


「そうだよ……。ううん、そうです! 迎えに来てもらうんじゃなく、わたくしの方から、迎えに行けば良いんです!」


 進むべき方向は、身体が知っている……知っています。この衝動が教えてくれます。


「すみません……。すみません!」


 人々を押しのけ、馬車に引かれそうになりながら、それでもわたくしは足を止めません。今駆けつけられなければ、わたくしがこの世界に居る意味など無いのですから。

 やがて、小さな家の前に居るご主人様を発見します。


「ご主人様ぁっ」

「やぁ、メイドさん。こうすれば私の場所が分かると思ってね」


 そう言ったご主人様が青い顔で指し示したのはあらぬ方向に折れた左足。どうやら自ら危機を演出して、わたくしに居場所を教えてくれたようです。


「わたくしが、不注意ではぐれてしまったから……」

「いいや、私がきちんとメイドさんを見ていなかったからだ。メイドさんのせいじゃない。これは私自身に対する罰でもあるんだよ」


 どうして、こうも自罰的なのでしょうか。人を殺している。そのことに対する負い目が、ご主人様の中に積もり積もっているのでしょうか。優しくて、温かくて、格好良くて、わたくしの大好きなご主人様。

 わたくしがヘマをすれば、ご主人様は自分を責める。わたくしが手を抜けば、ご主人様が頑張ってしまう。


「ごめん、なさい……っ。わたくしの、せいで……」

「謝らないでくれ、メイドさん。私の方こそ、寂しい思いをさせてしまっただろう? メイドさんは誰よりも、寂しがり屋だからね」


 痛みをこらえながらもそう言って、わたくしの頭を撫でて下さるご主人様。そんな、どこまでも優しい死滅神様に、わたくしはただ謝ることしかできません。


 ――ですが、決めました。


 わたくしが1人でなんでもできるようになれば良いのです。幸い、わたくしは魔法生物のホムンクルス。創造主の意に沿う存在になれるよう、手先が器用な生物です。魔素との親和性を示す『魔力』も成長しやすく、スキルも強力になる。……なるほど。ご主人様たちは、わたくしが全てを出来るようになることを期待しているのですね。だからホムンクルスとして、なんでも出来て、何にでもなれる存在として、わたくしをお造りになった、と。


 ――であれば。


 この日、わたくしは待つことをやめました。期待することをやめました。守られることを、やめました。

 なぜなら、全てを自分でやってしまえば問題ないのですから。


「待っていてください、ご主人様。これからは、わたくしが全てのことをして差し上げますから……っ」

「あはは……。無理は、しないでくれよ? そっちの方が、心配、だ……」

「ご主人様? ご主人様?!」


 そこまで言って、ご主人様は気を失ってしまうのでした。




 ……さて。こうしてわたくしはわたくしになったわけですが、心意気1つで変われたならどれだけ良かったでしょうか。この後、なぜかご飯を食べ過ぎた私は、人生で初めて魔素酔いの症状を発症しました。今にして思えば、時間感覚が倍になるエルラの特異性が理由にあるのですが、当時は苦しさと自分の情けなさにまたも泣いてしまったものです。その後もカーファ様に連れられて行ったに赤面したのも、良い経験でしょうか。

 そんなわたくしすらも受け入れ、抱き締めて下さったいとしのご主人様のために。わたくしは、一部、汚点と言うべき部分を省いて、エルラでの思い出をお嬢様たちに語り聞かせるのでした。

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