○私は至って冷静よ

 メイドさんが話してくれたエルラでの思い出。それは、精神的に幼かった『メイド』と言う女の子が私たちのよく知る『メイドさん』になった時のお話だった。


「――ご主人様とはぐれたわたくしは、衝動のままに、ご主人様を迎えに行ったのです」

「おぉう……。そのフェイさんって人もぶっ飛んでる……」


 メイドさんが見つけやすいように、自ら怪我を負ったというフェイさん。彼の思い切った行動にサクラさんが少し引いているけれど、なるほど。困ったときはその手があるかと私はとても勉強になる。


「メイドさんがはぐれてからフェイさんの所に向かうまで。本当に何もなかったの?」

「ええ、もちろんです。優雅に絵の被写体モデルをこなしておりました」


 本当かしら。その感じだと、生まれたときからメイドさんは出来る人だったことになる。それだと困ってしまう。だって、私が失敗ばかりするのは私のせいってことになるもの。


「……本当に?」

「しつこいですよ、お嬢様。それより、何か記憶は戻りましたか?」

「メイドさんが包み隠さず本当のことを言っているのだとして、残念ながら」


 懐かしさのようなものすら感じない。少なくともエルラでの記憶は、私の中に無いみたい。私の答えに一瞬だけ残念そうな顔をしたメイドさんだったけれど、


「残念です♪ それよりも、時間のことについて、話を戻しましょう」


 いつもの調子で、光沢のある白い手袋に包まれた細い指を立てる。


わたくしも今になってエルラの不可思議さを実感しております」


 そう言えば、時間の話をしていたんだったわ。確か体内時計と実際の時間がずれている、と言う話だったわね。


「私は、もうすぐ夕食ってくらいお腹が空いてるわ」

「ひぃちゃんの食い意地のせいなんじゃ? って言いたいけど、わたしもなんだよね~」


 まだお昼の3時なのに、すごくお腹が空いている。いつもはそんなことないから、私の食い意地のせいでは無いわよ、サクラさん?


「それは、わたくしも同じです。ですが厄介なことに、倍になっているのは感覚だけ。消化や分解などの身体機能そのものが倍になっているわけでは無いようなのです」

「えっと、つまりどういうことかしら?」


 事態を飲み込めない私に「あっ」と手を打ったサクラさんが教えてくれる。


「いつもの調子で脳は『そろそろご飯食べて~』って言ってるけど、実際はまだお腹は空いてないってことですね?」

「はい。特に今日、私たちは鳥車に乗っていただけで特段動いたわけではありません。そんな中、ご飯を食べてしまえば――」

「太っちゃう!」


 サクラさんのひらめきに、メイドさんが頷く。えっと、つまり、今私たちはお腹が空いていると勘違いしているということ……よね。そして人間であるサクラさんなら太ってしまうだけだけど、私たちホムンクルスが食べ過ぎると「魔素酔い」と言う未来が待っているということ。

 あんな苦しい思いをするくらいだったら……。


「くぅっ……。あと3時間くらいなら空腹を我慢してみせるわ」

「いいえ、お嬢様。エルラでは6時間くらいの感覚で、3時間が経過します」

「なっ?! ろ、6時間……」


 この世の終わりだわ。空腹って頭は回らないしイライラするしで、いいことが1つも無いのよね。そんなわけで、私は即決した。


「ご飯にしましょう」

「……よろしいのですか?」


 きちんと考えているのか。そうきれいなみどり色の目で聞いて来るメイドさんに頷きを返す。私だって成長している。その証を、今示すのよ。


「魔素酔い、のことよね。それなら、心配ないわ。だってメイドさんが対処法を教えてくれたじゃない」

「対処法……?」


 首をかしげたのはサクラさん。そう、その反応を待っていたの。魔素酔いは、体内の魔素……言い換えればスキルポイントが過剰になることで発生する。だったら、スキルポイントを使えば良いだけの話。そして、その問題を解決する手がかりはあの日、メイドさんがこっそりと教えてくれていた。


「つまり、魔法を使ってスキルポイントを減らせばいいのよ!」

「そっか! スキルポイントが余って酔っちゃうんだったら、使っちゃえばいいんだ! ひぃちゃん、天才!」


 どやっ、と胸を張った私に、サクラさんが手を叩いて褒めてくれる。対照的にメイドさんはやれやれと頭を振っている。メイドさんがこの解決策を私に教えなかった理由は恐らく1つ。私が、食べ過ぎないようにでしょうね。


「メイドさん。魔素酔いした私に【ウィル】を何度か使わせたあなたの優しさ、いい手掛かりになったわ」

「ふむ……。なるほど! さすが、お嬢様! 御慧眼ごけいがん、お見事です!」


 メイドさんのこの反応! どうやら今回こそ、私の推理が正しいみたいね。


「ふふんっ! これでエルラは、美味しく食事ができる機会が6回もある素敵な町に変わったわね!」

「うわ~。大丈夫、ひぃちゃん? 調子乗ってない?」

「大丈夫、私は至って冷静よ!」


 サクラさんが私を心配してくれているけれど、問題ないわ。心配しなくても、エルラの町は広い。食べる所もたくさんあるでしょう。滞在日数が7日しかない分、ここでしか食べられないものを食べ尽くさないとね。


「メイドさんもわざとらしいし、ひぃちゃんのあれ、絶対痛い目見るやつだよね……?」

『クルルク?』


 膝の上に乗せたポトトに、サクラさんが何やら話しかけている。まったく、ありがたいけれど、少し心配性が過ぎるんだから。


「ふん、ふふん。エルラの食べ物はどんな物かしら? 楽しみだわ。野菜も早く食べたいし……」

「お嬢様。今日はそれでよいとして、カーファ様との予定が合い次第、会いに行きますよ?」

「カーファさん……? あ、もう1人の“死滅神の従者”ね」


 危うく忘れるところ……と言うか、忘れていたわ。エルラに来たのは、彼に会うためでもあったわね。メイドさんの思い出話にチラリと出て来た情報が正しければ、人間族の男性と言うことになる。

 どんな人なのかしら。そっちも俄然がぜん、楽しみね。

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