○私のメイドさん

 キリゲバが腕を振るえばティティエさんが真正面から受け止めて、手足や尻尾を使って反撃する。キリゲバも自慢の高いステータスでもってティティエさんの攻撃をかわしたり、いなしたりする。

 ティティエさんとキリゲバが1手打ち合う度に、衝撃が私の所までやって来て、長い黒髪を揺らす。最初の打ち合いから30秒くらい。私の予想通り、少しずつだけど、ティティエさんが押されているように見えた。


「お嬢様、お待たせしました」

「メイドさん! 遅かったじゃないっ」


 サクラさんと一緒に鳥車とポトトを後退させていたメイドさんが、ようやく作業を終えたらしい。衝撃で転びそうになった私を抱き止めてくれた。

 いつもの優しい笑顔は引っ込めて、硬い表情でティティエさんとキリゲバとの死闘を観察するメイドさん。


「なるほど……。ティティエ様は戦うことを選ばれたのですね?」

「ええ。だけど、どうしようメイドさん! このままじゃ、ティティエさんが……」


 キリゲバの爪によって、ティティエさんの身体に切り傷が出来ていく。一方で、ティティエさんの攻撃が当たっても、キリゲバが手傷を負ったようには見えない。


「お嬢様が望まれるのでしたら、わたくしもティティエ様に加勢いたします」

「で、でも。そうしたら今度はあなたが死んでしまうわ!」


 ティティエさんが死んでしまうのは嫌だ。だからと言って、メイドさんに加勢して欲しいとも言えない。だって私は、誰にも傷ついて欲しくないから。

 ただメイドさんに抱かれて立ち尽くすことしかできない私に翡翠色の目を向けたメイドさんが、問いを投げかけてきた。


「……レティ。あなたはどうして、逃げなかったのですか?」

「逃げる? どうして?」

「キリゲバを前にした時、常人であれば逃げ出すはずです。なのに、どうしてあなたは逃げ出さなかったのです?」


 そう言われてみれば、そうね。サクラさん達に逃げてもらおうと考えた時点で、私自身も逃げるという選択肢があったんだわ。生き残りたいのであれば、逃げればよかったのかも知れない。だけど、どうしてかしら。キリゲバを前にして、そんな考えは一切浮かばなかった。


「やはり、レティにも死を望む……、自罰的な面があるのでしょうか?」


 メイドさんが何かを呟いた。だけど、あいにく、ティティエさん達の戦闘の音のせいで聞こえない。


「何か言った?!」

「いいえ。それより、レティ。あなたは選ばなければなりません。わたくしを戦わせてティティエ様を助けようとするのか、この場をティティエ様に任せてわたくしと共に逃げるのかを」


 白金の髪を衝撃に揺らしながら、メイドさんが聞いて来る。


「言っておきますが、レティがここにとどまる理由は無いはずです。むしろ、戦闘の邪魔になるでしょう」


 明け透けな言い方で、事実だけを伝えてくる。……メイドさんの言う通りね。戦えない私がここに居る理由は、最初からなかった。むしろ、最初に逃げようとしなかったことが、ティティエさんにキリゲバと戦うという選択を取らせてしまった可能性が高い。


「何が、私のせいで誰かが死ぬのは嫌よ。今まさに、ティティエさんが私のせいで死にそうになっているじゃない……っ!」

「反省は後にしてください。今は――」


 バンッと音がした。私たちが揃って目を向ければ、砕けた石畳に身を横たえるティティエさんが居る。キリゲバの姿を探すと、地上3m付近を低空飛行していた。どうやら、地上では分が悪いと見たキリゲバは、高所からの攻撃をしていたみたい。


「ティティエさん!」

「大丈夫! 私は、大丈夫だよ、スカーレット」


 思わず駆け寄ろうとした私を手で制して、ゆっくりと立ち上がるティティエさん。全身には数えきれない傷があって、着ている服もボロボロ。自慢の尻尾だって血と土で汚れてしまっている。だけど、彼女は立ちあがる。あどけない顔に、ありったけの戦意をみなぎらせて、空を飛ぶキリゲバを見上げる。


 ――どうして戦おうと思えるのかしら。


 敵わないと分かっていて、逃げることも出来たのに、それでもティティエさんはキリゲバに立ち向かっている。


 ――なら、私は……?


 キリゲバに敵わないことなんてはなから分かっていたのに、逃げ出せなくて、だけど戦う覚悟も、誰かを戦わせる覚悟も出来ていない。


 ――私がここに居る意味は何?


 さっきメイドさんは言った。私がここに居る意味は無いって。だけど、本当に? ……いいえ。違うわ。ティティエさんを見捨てて逃げ出すことなんて、臆病者の私には出来ない。でも、このままティティエさんを1人で戦わせれば、彼女が死んでしまう。きっとその後、私もキリゲバに殺されるでしょう。

 だけど、メイドさんを使、全員が生き残る最善の未来が見えてくる。だったら、今、私にできること。それは……。


「ふふ、ふふふ! そうね。私は、やっぱり臆病者で、誰よりも傲慢な死滅神なんだわ!」

「レティ? どうしましたか? 世迷言よまいごとなら後で――」


 いつものように小言をこぼそうとする従者に、私はする。


「行きなさい、メイドさん。ティティエさんと一緒にキリゲバを追い払う……いいえ、倒すの」


 私がここに居た意味はきっと、メイドさんにこの命令を下すためなんだわ。自分の従者の命1つ背負えなくて、どうして上に立つ者の覚悟を示せるのかしら。私は、メイドさんの命を背負って見せる。私の命令で負うだろうメイドさんの傷も、それによって生じる恨みも、憎しみも、死も、全部全部、私が背負って見せましょう。


「キリゲバを殺す建前は……そうね。私もティティエさんと同じで、キリゲバのお肉に興味があるから」

「建前だと正直に口にしてしまうのは、お嬢様らしいですね」

「嘘ではないもの。キリゲバを狩って、みんなで美味しく隅々まで、頂きましょう」


 凶兆。そんなもの知らないわ。死んでしまう? そんなはず無いわ。死は私の物だから。例えティティエさんでも、死を勝手に扱うことは許さない。あれが嫌、これも嫌。どこまでも傲慢で我がままな自分に、笑ってしまう。だったらもう、開き直りましょう。

 例え私にとって家族に等しいメイドさんに嫌われようと、恨まれようと。私は私の願いを叶えるために、従者でもあるメイドさんを使う。


「言っておくけれど、私はここを動かない。あなたが死んだら私も死ぬことになる。だから、私のために死ぬ気で働きなさい、死滅神わたしのメイドさん?」

「んふ♪ 傲慢なお嬢様らしい物言いです」

「……早く。返事」

「御心のままに、死滅神様♪」


 誰も死なせないために、死んで来いと命令する。私も退かない。部下に命を張らせるんだもの。上司が安全な場所に隠れるなんて、あり得ない。もしキリゲバが私を襲うのだとしたら、心の底から殺してあげる。たとえ、この身が尽きようともね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る