○私にもできる2つのことを
最初に動いたのは、メイドさんだった。いつもの移動スキルでキリゲバのお尻の方に回り込んだのだけど、翡翠色のナイフを振るう直前、気配を察知したキリゲバによって回避されてしまう。ならば、と、メイドさんがキリゲバの背中の上――翼を切り落とそうと試みるけれど、今度はキリゲバの方がメイドさんの背後に居た。
「〈瞬歩〉?!」
メイドさんが驚いた声と顔で、背後を見遣る。どうやらメイドさんが使っているスキルと似たスキルを、キリゲバも持っていたみたい。中空に居るメイドさんへ向けて、キリゲバが当たれば必死の爪が生えた前足を振り下ろす。
「今度は、させない!」
そう言ってメイドさんとキリゲバの間に割って入ったのは、ティティエさんだ。地面を蹴った勢いそのままに、メイドさんを襲おうとしていたキリゲバのお腹を蹴りつける。
『ガァッ?!』
衝撃を殺し切れずに上空へと蹴り飛ばされたキリゲバの背後に、移動スキル〈瞬歩〉? を使って、改めてメイドさんが回り込む。今度こそ翼を切り裂ける! と思ったのだけど、キリゲバが虚空を蹴って回避した。恐らくそれもスキルなのでしょうけれど……。
「もうなんでもありね……」
そのままじゃ落下死してしまうから、メイドさんは瞬時に地上に移動する。と、その隣で身体を引き絞っていたのはティティエさんだ。戦闘の余波で割れた石畳の破片を掴んで、
「んっ!」
全力で上空に居るキリゲバへと投げる。だけど、投げる力が強いのか、握る力が強いのか。拾った時にはこぶし大だった瓦礫は、ティティエさんが投げると同時に粉々に砕けて小さな破片になる。結果、1つ1つの威力が落ちてしまって、キリゲバの身体に傷をつけることは出来なかった。
「空を飛ぶ相手はやっぱり厄介ね……。何か手は――」
私が使える物がないかを探していた、まさにその時。私の真横を通り過ぎる青い軌跡があった。描かれる直線の終着点には、ティティエさんが居る。危うくティティエさんを射抜くという寸前で、矢は地面に突き刺さった。
「サクラさん?!」
間違いなく、サクラさんの弓による長距離の射撃だ。だけど、どうしてティティエさんを狙うのか。その理由は、メイドさんがすぐに教えてくれた。
「ティティエ様! 足元の矢を使ってください!」
「ん? ……んっ!」
地面に刺さった矢に気付いたティティエさんがそれを引き抜き、改めてキリゲバへ向けて
「やっぱりサクラさんは、頼りになる!」
その後も精密な
音の速さすら超えてしまうんじゃないかという速度で飛んでくる矢に、さすがのキリゲバも回避せざるを得ないみたい。だけど、キリゲバは目が良い。きちんと見ることが出来ていれば、どれだけ矢の速度が速くても見切られてしまう。時にスキルを使って、瞬時に移動し、時に虚空を蹴って回避する。
「では、こうしましょう」
と、上空に移動したメイドさんが、キリゲバの真下に大きな薄い布を広げる。あれは……いつも私たちが寝る時に敷いてくれる『シーツ』ね! キリゲバからティティエさんの姿を隠して矢が飛んでくる瞬間を見せないようにしようとしたのでしょう。けれど、逆に言えば、ティティエさんからもキリゲバが見えなくなる……ことは無かった。
「あっ! 逆光ね!」
キリゲバの影が、シーツに映っている。空を飛んでいることを逆手にとった、メイドさんの機転を利かせた作戦ね。これなら!
「んっっっ!!!」
手元にあった矢を数本まとめて、一気に投擲したティティエさん。途中でそれぞれ微妙に軌道を変えて、キリゲバに迫る。しかも、矢の軌道はキリゲバから見えていない。
シーツを貫いた矢が、ついにキリゲバの翼とお腹を捉える。
『ギャァッ?!』
〈飛行〉のスキルを失ったキリゲバが、破れたシーツを身にまといながら地上目がけて落ちて来る。だけど、そこはさすがキリゲバね。すぐに移動スキルを使って、地面に移動した。そして、遅れて落ちてきた布を煩わし気に払うと、
『ギャァォォォ!』
と怒りの
「やはり〈瞬歩〉と違って見えない場所にも移動可能でしたか……」
「ようやく、“唐突なメイドさん”の種が割れたわね……って、メイドさん?!」
私の横に〈瞬歩〉というスキルで移動してきたメイドさんの顔は真っ青だ。よく見れば、彼女のお腹には矢が1本、突き刺さっている。
「あなた、それ……ティティエさんの?」
「
じわじわと、白い前掛けが赤く染まっていく。出会ってから初めて見るメイドさんの真っ青な顔に、私は冷や水を浴びせられたような気分になる。
「あ、えっと……どうすればいいの?! どうすれば、あなたを助けられる?!」
「心配は無用です。こちらには3つほど、あらゆる傷を治療する秘密兵器がありますので……」
青い顔のままナイフを握り直したメイドさんが、そんなことを言う。厄介なことに、彼女が言っていることが強がりから出る嘘なのか、本当のことなのかが私には分からない。
「お嬢様は可愛らしいお胸を張って、そこに立っていてください。それだけで、
「あ、待って――」
私の制止を振り切って、メイドさんは目の前から姿を消す。そして、気付けばティティエさんと一緒にキリゲバと戦っていた。
――ど、どうしよう。このままじゃ、メイドさんが死んでしまうわ!
見るたびに前掛けを濡らす赤色の面積が増えていく。このまま戦闘が長引けば、本当にメイドが死んでしまう――。
「――させないわ、そんなこと」
沈みそうになる自分を
「今こそ、私がみんなを守るの、スカーレット!」
私はメイドさんの言いつけを破って、キリゲバに向けて駆け出す。たった1つ。いいえ、2つ。私にできることがある。1つはもちろん、〈即死〉を使うこと。そして、もう1つは――このちっぽけな命を賭けること。
「メイドさん、ティティエさん! キリゲバを押さえつけて!」
「レティ?!」「スカーレット?!」
キリゲバを相手しながら、驚いた声を上げる2人。
「スカーレット、下がってっ!」
「私がスキルを使うわ! だから時間を稼いで!」
キリゲバの両前足を押さえつけてくれていたティティエさんとメイドさんの脇を走り抜けて、私はキリゲバの眼前に躍り出る。そして、どうにかたどり着いたキリゲバの胸に触れる。ところどころ返り血で染まった白い毛は、思っていた以上に柔らかい。これで絨毯でも作ったら、最高なんじゃないかしら。って、今はそんな場合じゃないわ。
「それじゃあ、さようなら、キリゲバ。あなたの命、隅々まで頂くから」
「ダメです、レティ!
〈即死〉を使用する――。
「――〈即死無効〉を持っているのです!」
「え?」
瞬間、私の意識は暗転した。
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