○絶対に屈しないんだから!

 〈即死無効〉。これまでの旅だと、別荘の扉に使われていた魔石が持っていたスキルね。実は、このスキルは死滅神の〈即死〉を無効化するスキルじゃない。そうでないと、死を管理する死滅神の役割が絶対の物ではなくなってしまうでしょう? フォルテンシアで生まれた生物は、基本的に死滅神がもたらす死からは逃れられない。この原則は、揺るがない。


『外来者たちがユニークスキルと呼ぶ固有のスキルには、正真正銘、〈即死〉を無効にするスキルもあるようです。……忌々いまいましい』


 とは、メイドさんの言葉ね。

 フォルテンシアにもとからあった〈即死無効〉のスキルは、高所から落ちたり、首をはねられたり。瞬きの間に『体力』が0になりそうな時に1だけ残して、その後一定時間、体力1の状態を保つという効果だというのが、冒険者ギルドに登録されている情報……アイリスさんからの情報だったはず。キリゲバがそのスキルを持っていたのも、高所からの落下の衝撃で死んでしまわないようにということでしょう。

 消費するスキルポイントの数値や、発動条件については本人しか分からない。今回の場合は、キリゲバだけが


 ――〈即死無効〉が発動しなかった理由を知っているでしょう。




 頭がぼうっとする。身体には全く力が入らなくて、目を開くことも億劫おっくうだわ。この感覚は……そう。ウルセウでスキルポイントが0になってしまった時にそっくりね。ということは、私はスキルポイントが0になったせいで気を失っていたみたい。


「メ……さん、本当に……か?」

「はい。……ラ様が……ますか?」

「え?! ひぃち……しを?!」


 そこからほんの少し間があって、サクラさんの恥じらうような声が聞こえる。


「ちょっと、わたしには……」

「では、わたくしが」


 サクラさんの答えを受けて、メイドさんが何かを決めたみたい。


「では、お嬢様……」


 失礼します。そんなメイドさんの声と共に、私の口をとても柔らかい何かが覆う。同時に、独特の香りを放つ甘酸っぱい液体が口の中に入ってきた。というよりは、流し込まれているというべきね。口を塞がれた私は吐き出すことも出来ず、少しの液体をゆっくりと飲み込むしかない。


「わぁ……! わぁ……!」


 サクラさんの悲鳴とも、歓声ともわからない声が聞こえる。一度口が解放されたかと思うと、また、柔らかいもので覆われて、液体を飲まされる。


「んく……んく……。ぷはっ」

「ちゅっ……。ふぅ。隅々まで飲み干してくださいね、お嬢様?」


 口を覆っていた何かを外して、私の耳元でささやいたメイドさん。彼女の指示に従って、私は口内に流し込まれた液体を全て舐め取る。変化は、すぐに自覚できた。重かったはずの身体が一気に軽くなって、五感も意識も鮮明になる。


「ん……。ぅん……?」


 目を覚まして最初に見たのは、私から顔を離しながら可愛らしい舌で唇を舐めているメイドさん。耳に白金の髪をかけてうっとりした顔で私を見下ろす顔が、何とも妖艶ようえんだ。

 メイドさんの可憐な顔が引っ込むと、私を膝枕してくれていたらしいサクラさんの真っ赤な顔が見える。目を回して分かりやすく動揺している彼女だけど、とりあえず目覚めの挨拶をしてくれた。


「あ、……えっと、おはよう、ひぃちゃん?」

「ええ、おはようサクラさん。それより、どうして疑問形なの? それに顔が真っ赤だけれど、大丈夫?」

「あうん全然大丈夫わたしナニモミテナイ」


 早口にまくしたてたサクラさんが茶色い瞳を右に左に泳がせている。彼女の挙動不審はたまによくあることだから今更気にすることじゃないわね。置いておきましょう。


「メイドさんも。おはよう」

「はい、おはようございます、お嬢様♪」


 気のせいか、メイドさんが上機嫌な気がする。彼女が気分屋なのも今に始まったことじゃないし、放っておきましょう。

 ひとまず身を起こした私は、周囲を見回す。私が寝ていたのは鳥車の荷台に敷かれた布団の上だったみたい。ほろが閉じられている荷台は、どこか薄暗くて……って、今はそれどころじゃないじゃないわ!


「キリゲバはどうなったの?! ティティエさんとポトトは無事?!」

『クルッ♪』


 荷台から飛び出そうとした私の顔の真ん前に、元気よく鳴くポトトが現れた。ポトトが宙に浮いている? なんて馬鹿なことを考えていたのは一瞬よ。すぐに、私の後ろからポトトを抱えた“誰か”の両腕が回されたのだと気づいた。そして、その手首には宝石のようなきらめきを放つ青い鱗が生えていて……。


『私、だれ?』


 私の頬を柔らかい二の腕で挟みながら、自分は誰かと〈念話〉のスキルで聞いてくる。ふふ、こうして心の中でお話しできる人なんて、私の知る限り1人しかいないじゃない。それに、後頭部に当たる胸の肉付きの薄さからも間違いないでしょう。メイドさんやサクラさんなら、きちんと包容力を感じられるものね。


「ポトト! ティティエさん! 無事で良かったわ!」

『クルルゥ!』「ん!」


 私の声に、2人はそれぞれ、元気よく応えてくれた。それはそうと、私の考えを読み取ったティティエさんが不服そうに言う。


『スカーレット、胸、変わらない』

「そう? 多分私の方が1回りほど大きいはずよ。それに成人したティティエさんと違って、まだ私は成長するかもしれないし」


 私の身体年齢がどれくらいかは分からないけれど、少なくともティティエさんよりは成長の見込みがあるはず。そう言って胸を張った私に対して。


『……生意気』

「きゃー!」


 後ろから小さな可愛い手が伸びて来て、全身をくすぐってくる。そんなティティエさんの攻撃から必死に逃げようとするけれど、角族のステータスに私なんかが敵うはずもない。されるがまま、布団の上に座った状態でもだえる。しかも、ティティエさんは私をくすぐる直前、両手を空けるために私の頭の上にポトトを置いてきた。今、私が無理に体勢を変えるとポトトが落ちてしまう。だから、ただただ我慢するしかない。……ティティエさん、ポトトを人質にするなんて、卑怯だわ!


『スカーレット、子供。私、大人。良い?』

「あははっ、んっ……いいえ、認めない……ふふっ、あんっ」


 結局、ティティエさんの気が済むまでくすぐられた私は、布団でぐったり脱力することになる。


「はぁ、はぁ……。もう、ダメ……きゅう」

「ふぅ……、ん。分からせ、終わり」


 ポトトを傍らに抱きながら、ティティエさんが鼻を鳴らしている。肉声すら使って勝ち誇るその表情は、何か偉業を成し遂げたくらいに晴れ晴れとしている。そして、そんなティティエさんの背後には、


「見事なお手前です、ティティエ様」


 なぜか感心しているメイドさんと、


「なんだろ、全体的にちょっとエッチだ……」


 顔を赤くしながら手で目を隠すサクラさんが居る。……サクラさん、指を開いているのがバレバレよ?


『クルールッル クルルゥル?』


 私の顔のすぐそばに来て心配そうに鳴いているポトト。どんな状況でも私を心配してくれるあなたのこと、私は大好きよ?


「大丈夫。私はまだ、負けてない。絶対に屈しないわ」

『クルッ♪』


 ……まぁ、身体に力は入らないのだけど。でも、そうね。ちゃんと全員、無事なのね。フォルテンシア最恐生物であるキリゲバを相手に、全員が無事。そんな奇跡みたいな光景を、私はだらしなく布団に突っ伏しながら眺めることになった。





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