○ポトトに乗ってみた

 その日、私はメイドさんが食料を確保しに行った時機を見計らって、屋根裏部屋へと赴いていた。

 屋根裏部屋へは2階の通路から行けるようになっている。様々な形態があるけれど、この別荘では棒で天井にある階段を下ろして、屋根裏へ行くわ。

 大きさはそれなりにあって、私が立って歩けるくらいの高さ。奥行きも建物と同じだけある。結果、たくさんのものが雑然と置かれているような、そんな部屋だった。

魔石灯ランタンと小窓から差し込むデアの光を頼りに、いつも通り毛糸が入っている棚に向かう。用途不明の箱やガラクタの入った袋なんかを踏まないように進んでいると、気になるものを見つけた。


「……何かしら、コレ?」


 湾曲した大きな面とたくさんの紐からなる謎の物体。それもかなり大きい。50㎝四方はありそう。皮鎧の胸当てにしては面が大きくて、人1人なら座れそうな大きさね。と、ここまで考えて私の頭にふと蘇る景色があった。それはウルセウに入る前。城塞で検問を受ける時に見た待機列。その時に見かけたあるものに似ている。


「試してみる価値はありそうね」


 毛糸とそれを持って屋根裏を出た私は、外に居るだろうサクラさんとアイリスさん、そして、ポトトのもとへと向かった。




 そして、現在。私はアイリスさんの指示のもと、屋根裏で見つけたそれ――ポトト用のくらを取り付けていた。これを着ければ、ポトトに乗ることが出来るようになるわけね。


「そうそう、あ、紐はポトトの羽の内側を通してあげてくださいね。翼でバランスをとることもあるので」

「了解よ。こう……かしら。それでこの留め具を留めて……。ポトト、大丈夫? 苦しくない?」

『ルゥッ! クルルゥク!』


 そこだけ黒い羽を広げて大丈夫であることを示すポトト。羽の付け根にもあたっていないし、足の可動域にも問題はなさそう。最後、くらから垂れ下がる丈夫な鎖にあぶみを取り付けて。


「こう、かしら?」

「はい! これで大丈夫だと思いますよ。早速乗ってみますか?」


 アイリスさんの問いかけに頷いて、


「ポトト、少し背中に失礼するわね」


 ポトトにも伺いを立てる。彼女がうなずいてくれたことも確認して……いざ!

 あぶみに足をかけつつ、アイリスさんに背中を支えてもらいながら、慎重にポトトの身体を上って行く。革製のくらは程よく摩擦があって滑らない。


「よい……しょっと!」


 アイリスさんに私のお尻を持ち上げてもらって、どうにか登頂成功。もうそこはポトトの背中の上だった。いつもより一回りも二回りも高い所から見る景色。ポトトの頭がすぐそこにあることもあって、まるで一体化してしまったような気持ちになる。


「これが、ポトトの見ている景色……。想像以上に高いわ」

「姿勢を起こさないようにして下さいね。今は手綱が無いので前傾姿勢になって、手は首に回してください」


 私の足の位置を見ながら、あぶみを調整しているアイリスさんが注意事項を確認する。彼女の指示に従って寝そべるような姿勢をとる。私の顔の位置にあるポトトのうなじからは、穀物にも似た嫌じゃない香ばしい匂いがした。


「これで良いかな。じゃあ、ポトトに少しだけ歩いてもらいましょう。大丈夫そうですか、スカーレットちゃん?」

「ええ、問題ないわ。――ポトト、ちょっと歩いてみてくれない?」

『……? クルッ!』


 私の声で1歩、また1歩。ポトトがゆっくりと歩き始める。……結構揺れるわね。確かに姿勢を起こしていたら、後ろにひっくり返っていたかも。だけど、やっぱりポトトと一緒に移動していることが直に分かって、なんだか無性に嬉しい。


「このポトトは共通語が分かる賢い子なので、操縦も難しくないと思いますよ!」


 すぐそば。私が落ちた時に受け止められるように並行して歩くアイリスさんが、乗り物としてのポトトの優秀さを評価する。……やっぱりうちのポトトは天才なのね!


「ポトト、もう少し早く歩いてみてくれない?」


 そんな私の言葉にも素直に従って、ポトトが歩く速度を速めていく。私が乗っていても健脚は健在で、歩行に問題はなさそう。速度も、いつも鳥車を引くくらいのものになる。1日で5~60㎞を移動できる速さね。その速度で、別荘前の空き地のような庭を周遊する。


「ど~お、ひぃちゃん? 乗り心地は~?」


 アイリスさんとの訓練で伸びていたサクラさんが、別荘の入り口前にあるへりに腰かけて聞いてくる。


「良い感じ! これらなら私でも問題なく移動できそう!」

『クルッ♪ クルッ♪』


 ポトトもむしろ楽しそうに歩いているし、ポトト側の問題もなさそう。彼女のストレスになるようならやめようと思っていたけれど、こうして乗鳥じょうちょうするのも移動手段としてはありね。


「アイリスさん。乗鳥出来るのは何人くらい?」

「座面の大きさがあるので、2人が限界でしょうか。現状、重さは100㎏ぐらいが限界でしょう」


 同時に移動できるのは2人まで。採集依頼の時なんかは乗鳥の方が良さそうね。


「私が42㎏くらいだから……アイリスさんの体重はどれくらいなの?」

「……はい?」

「いえ、だから。アイリスさんの体重はどれくらいなの? 一緒に乗れるなら、乗ってみたいのだけど」

「はい?」


 あれ、おかしいわね。今まで普通に会話できていたのに……。ポトトの足音もあるし、聞こえなかった可能性もある。一度ポトトに止まってもらって、少し声を張って改めて聞いてみる。


「だから! アイリスさんの体重は――」

「はい、ストップだよ、ひぃちゃん」


 いつの間にか近くに居たサクラさんが、私の言葉を遮った。


「サクラさん? どうしたの?」

「いい、ひぃちゃん。体重と年齢はあんまり聞くべきじゃないの」

「どうして? ステータスにはほとんど関わらないことじゃない?」

「……はぁ」


 私の問いに、サクラさんがやれやれと言った様子で溜息を吐く。……何よ、その態度。


「何か言いたいことでもあるの、サクラさん?」

「ううん、ひぃちゃんはひぃちゃんだなって。とりあえず、人間の、特に女性には、年と年齢は聞かない。いい?」

「どうして――」

「い、い?」


 そこまで力強く聞かれると、私としてはもう頷くことしかできない。こんなことで嫌われるのも、嫌だもの。


「分かればよろしい! じゃあ、次、わたしもポトトちゃんに乗りたい!」


 そこからはサクラさん、アイリスさんの順に乗鳥の練習をする。次に私とアイリスさん。私とサクラさんで2人乗りの練習をした。だけど、サクラさんとアイリスさんが2人乗りをすることは無かった。


「つまり、サクラさんとアイリスさん。2人とも50㎏いじょ――」

「ひぃちゃん」「スカーレットちゃん」


 そこから少しだけ、本気で怒られた。トイレの時もそうだったけど、人間の文化についてはもう少し詳しく知っておくべきね。無用なトラブルは、避けたいわ……。

 汚れ1つないメイドさんが湖で魚を獲って帰って来るまで、久しぶりに外の空気を堪能した私。帰って来たメイドさんに自慢してみると、くらをどこで見つけたのかと聞かれた。屋根裏、と素直に答えると、


「どうして屋根裏に行かれたのですか? 何かご用が?」


 という、ある意味当然の疑問がメイドさんから返って来る。毛糸を取りに行ったと言えるはずもなく焦る私だったけど、


「わたしがひぃちゃんを息抜きに誘って、別荘の中を探索してたんです。ね、ひぃちゃん?」


 というサクラさんの絶妙な援護のおかげで事なきを得た。屋根裏には用がなければ立ち入らないと言ったのは私なのに。今後は気をつけないとね。

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