○信じることは、辛いこと
宝剣ヒズワレアの話はこれで終わりと言うように、剣の鍛錬が今もなお続く庭へと目を向けた。
「サクラ様の様子はどうでしたか?」
「見ての通りよ。初日は散々だったけれど、今は……」
さっきから、膠着状態のサクラさん達。互いに攻撃を上手くいなしながら、距離を取っては間合いを測る。
「さすが、サクラ様ですね。本当に、強いお方です。アイリス様も、上手く手加減をしてくださって……」
「そうね。私にはもったいないくらい、自慢の友達だわ……あっ」
剣をぶつけた時に手が痺れたのでしょう。サクラさんの剣筋が、一瞬だけ鈍った。その瞬間、素早くアイリスさんがサクラさんの持つ剣の腹に斬撃を入れて、武器を落とさせる。そうして剣を取りこぼしたサクラさんの首元に剣を突きつけて、仕合終了。
私もふっと息を吐いて、呼吸を取り戻す。
「勝負あり、ですね」
「ええ……。今回は大きな怪我無く終わって、良かったわ」
「お嬢様も、よく助けに行くのを我慢していますね?」
「それは――」
今回、サクラさんとの鍛錬において、私は絶対に助けに行かない、手を貸さないことをアイリスさんに条件づけられていた。そして、ちゃんと見守っているように、とも。どうしてそんな無体なことをと思ったけれど、今ならその意味が分かる。
「――異食いの穴だと私たちは助けに行けない。サクラさんを信じて、こうやって準備をして見守ること。これは、実は私の鍛錬でもある。……違う?」
私が口にした推測に、メイドさんが目を少しだけ見開く。
「ご明察です」
「良かった。信じて待つ。信じて見守る。その間、わたし自身は何もしてあげられない。……信じるって、とっても勇気がいって、辛いことなのね」
「……はい。本当に、その通りです」
どういうわけか、私を抱くメイドさんの腕により一層力が入ったような気がした。
「あっ、メイドさん! 帰ってたんだ! お帰り~!」
ひと段落して、ようやく居間に目を向けたサクラさん。メイドさんの姿を見つけて、嬉しそうに手を振っている。でも、すぐに表情を険しくして、足早に居間に戻って来たかと思うと。
「ふんっ!」
「あら♪」
私を抱いていたメイドさんの腕を強引に解いた。
「ひぃちゃん! いちゃいちゃしてないで、ポーション!」
「いえ、私は別にいちゃいちゃしているつもりなんて――」
「言い訳無用! 早く!」
「あ、はい」
すごい剣幕でポーションを求めて来るサクラさんに、1本30,000nもするらしい高級ポーションを渡す。参考までに、市場に出回っている通常のものは高くても10,000n。通常はさらにその半分以下……3,000~5,000nが普通だった。
そんな高級ポーションを、一気に飲み干すサクラさん。鍛錬で彼女が消費した数は、これで13本。アイリスさんが4本だから、総額は……。考えないようにしましょうか。
「ぷはぁっ! 疲れた後はこれに限るよね!」
「サクラさん。お酒を飲むカーファさんみたいになっているわ?」
「なに? ひぃちゃん、文句ある? 人が頑張ってる横でいちゃいちゃして……。許せない!」
「はいはい、サクラちゃん、深呼吸ですよ。吸って、吐いて~……」
戦闘の跡ということで気分がやや高ぶっているらしいサクラさんを、アイリスさんがなだめる。こうして見ると、やっぱり、アイリスさんは大人で、サクラさんはコウコウセイ……子供だってよく分かるわね。
「アイリス様、サクラ様。タオルです。これから雨になりそうですし、今日はこのままお風呂に入ってはどうでしょうか?」
「あら、そうなんですか、メイドさん? では、お言葉に甘えさせてもらいますね」
メイドさんとアイリスさん。2人がどこか大人びた雰囲気を
「かしこまりました。のちほど来ていただいた謝礼を
メイドさんのその発言で、終わりを告げた。
一瞬。アイリスさんが返答に詰まったのは、ほんの一瞬だったの。すぐに、
「あ、それはもう盛大におもてなしをしてもらいました。ね、スカーレットちゃん? サクラちゃん?」
おもてなしの伝言をするよう言いつけられていたユリュさんを庇う発言をしてくれる。私もサクラさんもすぐにアイリスさんの配慮に気が付いて、首を縦に振った。けれど、メイドさんにはそれらすべてがお見通しだったみたい。なるほど、と小さく呟いた後、アイリスさんに向けて深々と腰を折る。
「申し訳ありませんでした、アイリス様。謝礼と合わせて、改めてきちんとしたおもてなしをさせて頂きます」
「あ、いえ、お構いなく――」
「死滅神の威厳にも関わる問題なので」
メイドさんの断固とした姿勢に、アイリスさんの方が折れてくれた。
「ひとまず、アイリス様はお風呂に入って来てください。サクラ様、お嬢様は、聞きたいことがあるので残るように」
終始笑顔のメイドさんの指示に、誰も逆らわない。逆らえない。アイリスさんがお風呂場に消えて、居間には私とメイドさん、サクラさんだけが残される。ソファに座る私と、なぜか絨毯に正座したサクラさん。
「……さて。ユリュですか? それとも、リア、サクラ様ですか?」
メイドさんによってなされたその問いかけは、誰が“お説教”をされることになるのかを尋ねるものでもある。メイドさんの
恐らく最長になるだろうお説教を受ける苦痛と、ユリュさんを庇いたい気持ち。私とサクラさん、2人で目を合わせて導き出した答え。それは――。
「ユリュさんが、やったわ」「ユリュちゃんが、やりました」
――早々に、ユリュさんを売ることだった。ごめんなさい、ユリュさん。でも、私もサクラさんも、無実の罪で2時間のお説教は無理だわ。
「ただいま、です」
「戻りました!」
『クックルー!』
折よく……折悪く、かしら。リアさん達が散歩から帰って来てしまったみたい。
「……サクラ様はお風呂へ。お嬢様はユリュと一緒に、お説教ですね?」
「嘘でしょ?!」
「当然です。ユリュの失敗を挽回する機会はあったでしょう。なのに、そうしなかった。従者の失敗は自分の失敗だと、そう言ったのはお嬢様でしょう?」
……それを言われてしまっては、何も言い返せないわね。
「頑張れ、ひぃちゃん」
それはもうほっとした様子で立ち上がったサクラさんが、そそくさとこの場を後にする。入れ替わるようにやって来たのは、もう1人の罪人――ユリュさんだ。
「死滅神様! 今日は何をして遊びま――」
「ユリュ?」
「――ひぅっ! め、メイド先輩?! あ、
「伝言。お願いしましたよね?」
「あっ。あ、あうぅ……」
こうして私とユリュさんは、5日ぶりに帰って来たメイドさんに、こってりと絞られることになったのだった。……だけど。こうして指を振りながら憤慨するメイドさんの姿を見るのは久しぶりね。いつだったか、サクラさんが言ってくれた。
『誰かが怒ったり、がっかりしたりするのは、その人のこれまでに期待してたから。で、
それは、チキュウで良く知られる通念らしいわ。悲しいことに、サクラさんがこの考え方を知ったのは、期待していることを理由に虐待があったりしたかららしいけれど。
『それでもね。自分のことを気にかけて、怒ったり、悲しんだり、叱ったりしてくれる人が居るって。特にひぃちゃんには知ってて欲しいな』
なんて言って、念を押された。
――じゃあ、メイドさんが、こうして私やユリュさんにお説教をしている理由は……。
「お嬢様? なんですか、その緩み切った顔は」
「ふふっ、いいえ、何でもないの! 私もユリュさんも、あなたに期待されているのね?」
「はあ……? また、何を急に意味の分からないことを……」
メイドさんは自害せずに帰って来てくれた。そして今も、私に期待して、
「うぇへへ……」
「気持ちの悪い笑い方をしないで下さい、レティ。そもそもあなたが自傷などしようとしなければ、ユリュが忘れてしまうこともなく――」
きれいな顔を険しくして、それでも可愛らしく憤慨するメイドさんの姿に。私は改めて、笑みをこぼしてしまうのだった。
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