○秘策の名前は――

 アイリスさんが来てから、早くも5日が経った。今日も朝から苛烈かれつな剣の鍛錬をしているサクラさんとアイリスさん。合間合間に休憩をしっかりと挟むことで、初日のように筋肉の疲労で倒れることを避けていた。

 そして、成果はと言うと……。


「ふぅっ! やぁっ!」

「そうです! 自分が傷つかないためにも、絶対に、躊躇ちゅうちょしてはダメなんです!」


 金属同士がぶつかる激しい音を響かせながら、踊るように立ち位置を変える2人。表情は真剣そのもので、お互いにお互いを傷つけることを躊躇ちゅうちょしなくなった。その証拠に、どちらかの剣が当たった時、もう片方はほぼ確実に骨折して帰ってくる。

 自然、身を護るためには全力で剣を迎え撃つしかなくなる。鍛錬とは言え戦場さながらの張り詰めた空気感が、庭全体を包んでいた。


 ――注意しないと、見ているこちらが息をするのを忘れてしまうわ……。


 リアさんがユリュさんとポトトを散歩に連れて行って私1人の邸宅。居間で、ポーションを片手に握りしめながら鍛錬の様子を見つめる。と、不意に、玄関の扉が開く音がした。


「ただいま戻りました」


 その声は、私が待ちに待っていたはずのメイドさんのものだ。だと言うのに、私は妙に冷静でいる。


 ――私のことだから、感動のあまり飛びつくか、居なくなった怒りではたきき飛ばすかしてしまうかと思っていたのだけど……。


 いざその時になってみると、安堵感の方が大きいわね。それに今は、汗を散らして剣を振るサクラさん達の鍛錬から目を離すべきじゃない。そんな気がした。

 玄関と居間とを隔てる扉が開いて、メイドさんがこちらに歩み寄ってくる気配がある。それでも私が庭の方を見ていると、後頭部を柔らかな感触が包み込んだ。


「ただいま戻りました、お嬢様」


 耳元で聞こえる声。首に回された腕。ソファに座る私を、メイドさんが後ろから抱きしめる。

 鼻をくすぐるお日様の匂い。私を包み込む柔らかさ。すぐ横にあるきれいな顔。その全てで、改めてメイドさんが帰って来たことを実感する。首に回された腕をぎゅっと握って、だけど、視線はあくまでもサクラさん達に向けたまま。


「ええ、お帰りなさい、メイドさん」


 私は、5日ぶりのメイドさんを迎えてあげるのだった。


「……てっきり熱烈ねつれつ抱擁ほうようが待っていると思っていたのですが?」

「そんなわけ……、あったかもしれないわね」

「なんなら、涙と鼻水で服を着替えることも覚悟していたのですが……」

「あなたが帰って来てくれるって、信じていたんだもの。5日ぐらい、どうってことないわ」


 なんて、口では強がって見せるけれど、どうしてもメイドさんの腕を握る手の力を緩めることができない。目を合わせない私の顔と、腕を掴む手。順に目を向けたメイドさんはただ一言。


「……そうですか」


 どこか嬉しそうに言って、翡翠色の瞳を庭へと目を向けた。ソファに腰掛ける私と、そんな私を背後から抱くメイドさん。2人でケリア鉱石によって隔てられている庭を見遣る。


「その……成果はどうだった?」


 居なくなっていた5日間。メイドさんは“アレ”を取りに行っていたらしい。きちんと持って帰って来たのか。そう尋ねてみると、メイドさんから試すような視線を感じる。


「おや。その様子だと、ついにお嬢様もリズポンを倒すための秘策に気付いたと?」

「馬鹿ね。最初からそう言っているじゃない」


 とは言え、私が“アレ”が何なのかを思い出したのは、マユズミヒロトとの戦いの後、貧血で倒れた時だった。気を失う前、どういう訳か、たくさんの思い出が頭の中を駆け巡った。その中には、あの日。あの時。海岸で、サクラさんに初めて私が死滅神だと名乗った時の思い出もあった。リリフォンからディフェールルへと向かう道中に会った、ドドギアさん達との一件ね。

 あの事件の時、ドドギアさん達の仲間の1人――マルさんが使っていた武器こそが、実はリズポンを倒すための秘策だったなんて。


 ――私たちの旅路。そして、剣が手がかり。そう言っていたリアさんは、やっぱり正解を知っていたのね。


 私たちの旅が無駄ではなかったことを、あらためて実感する。同時に、感慨深くもあるわね。サクラさんと本当の意味での友人関係が始まったあの事件で関わった武器。それが、こうしてサクラさんとの別れを生み出すことになるなんて。本当に、人生って何があるか分からない。


 ――……まさかこれすらも、メイドさんの計算だった、なんてこと無いよね?


 もしそうだとしたら、もうメイドさんの行動は未来が見えている以外の何物でもなくなってしまうから。とにかく、サクラさんが、圧倒的なステータスを誇るリズポンと渡り合うための秘策。その武器の名を、私は確信をもって口にした。




「宝剣ヒズワレア。そうでしょう?」




 私が口にした答えを、メイドさんは笑顔で「その通りです♪」と言って丸を付けてくれる。


「手にした者に、相対している存在と全く同じステータスの数値を持たせる。それがこの、宝剣ヒズワレアです」


〈収納〉から取り出したきらびやかな剣を、メイドさんが私の目の前に差し出してくる。前回はさやが無くて抜身にきみの状態だった白銀の刀身とつかを持つ宝剣。だけど今は、各所に精緻せいちな装飾と、色とりどりの宝石が埋め込まれた鞘に収まっている。メイドさんが一度、持ち主の国に返したからでしょう。

 こうして本来の姿を取り戻してみれば、ヒズワレアの美しさがより一層際立っているような気がした。


「きれいね……」

「はい。まさに宝のような剣。宝剣だと分かります」


 この白銀の刀身にスキルが付与されていて、手にした者に力を与える。それこそが宝剣ヒズワレアと呼ばれる魔法道具の正体だった。

 鍛錬から目を逸らすわけにはいかない私に配慮してくれたのでしょう。メイドさんがヒズワレアを私の目の前から退けて〈収納〉する。そうして再び背後から抱き着く姿勢になったメイドさん。2人でサクラさんとリアさんの鍛錬を眺めながら、ヒズワレアについて話す。


「それにしても昔の創造神は、よくもあんなにズルい武器を作ったわよね?」

「ズルい、ですか?」

「だってそうでしょう? 相手が頑張って積み上げてきた努力を、この剣を握るだけで手にしてしまうんだもの。そんなの、ズルいじゃない」


 例えば、いま庭で剣をぶつけ合っているサクラさんが握れば、恐らく格上のアイリスさんと同じステータスを得られるということ。アイリスさんが積み上げてきた20年以上の月日を奪うのと同じようなものに思えてならない。実際、マルさんはメイドさんのステータスを手にして、互角に渡り合っていた。


 ――メイドさんがフェイさんを想って積み上げたその全てを、一瞬で手にした。


 そう思うと、なんだか腹が立つ。しかも、手にするだけで強力な力を得られてしまう。フォルテンシアの害になりそうな危険な武器なんじゃないか。そう指摘した私に、メイドさんはゆっくりと首を横に振る。彼女の白金色の髪の毛が頬を撫でて、くすぐったい。


「確かにヒズワレアは相手との差があるほど真価を発揮する武器と言えるでしょう。お嬢様のおっしゃる通り、ズルい武器なのかもしれません。ですが、少なくとも、大きな脅威になりえない武器なのです」

「そうなの?」


 思わず、すぐ隣にあるきれいな顔を見てしまう。そんな私の目をちらりと見て、メイドさんは可笑しそうに笑う。


「ええ。例えばアイリス様が持った場合、ステータスはサクラ様に合わせて下がることになります」

「それは……。確かにそうね」


 ぱっと見で、相手が自分よりレベルが上か下かなんて、分からない。場合によってはステータスが下がる可能性もあると、メイドさんは言う。


「それに、種族ごとに伸びやすいステータスも変わってきます。もし魔法が苦手なティティエ様が、『魔力』の高いわたくしたちホムンクルスのステータスを手にしたとしても、『抜けない宝剣』になることでしょう」


 価値がある物も使えなければ意味がない。そんな故事を言いながら、ヒズワレアの弱点について説明してくれる。


「何より、急に強大な力を手にしたところで身体や意識が付いて行けません。ゆえに、あの蛮族……マルは自身のステータスに振り回されて、わたくしに敗北したというわけです」

「な、なるほど……」


 良くも悪くも自分と相手の差を埋めて、公平な勝負に持ち込むための剣。それが、宝剣ヒズワレア。こう言われてみると、確かに。強力な武器ではあるのでしょうけれど、フォルテンシアに害をなすほどではないように思える。


「なお、ヒズワレアについて最も重要な点は、ヒズワレアが相手のステータスの数値のみを所有者に与えるということです。スキルは含まれません」

「え、そうなの?」

「はい。ゆえに個人の技量と、何よりも、その人が持っているスキルが大切になってくる。……お嬢様、このことをゆめゆめ忘れないでくださいね?」


 どこか含みのある言い方で言ったメイドさんの言葉に、私はひとまず頷いておくことにする。あのメイドさがあえて言ったんだもの。なんとなく、リズポンとの戦いの鍵になるような気がした。

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