○「無理」ではなくて「嫌」なのでしょう?

 先代の死滅神、フェイさんを殺した人物がこの町に居るかも知れないと語ったメイドさんとサクラさん。2人は私に、安全が確認できるまで宿で待機して欲しいとお願いしてきた。

 私はそれを了承する代わりに、主にメイドさんに向けてとある条件を提示する。それは……。


「たとえマユズミヒロトを見つけても、殺さないで」

「無理です」


 即答だった。最愛のフェイさんを殺した人物、マユズミヒロトを前にした時。メイドさんがどんな行動をするのかなんて、容易に想像できた。


「……無理、では無くて嫌。そうでしょう?」

「はい。だからこそ、無理です」


 今一度、マユズミヒロトを殺さないことなど無理だというメイドさん。


「例えばお嬢様が、サクラ様やリアが誰かに殺されたとして。お嬢様は相手を許すのですか?」

「いいえ、許さないわ」


 今度は私が、即答した。私の大切なものを奪う人は、誰であっても許さない。地の果てまで追いかけて、その罪を償わせるつもりよ。……だけど。


「それと同じことです」


 私と自分は同じだと、そう言ったメイドさんの言葉に、私は首を振る。


「いいえ、違うわ。私は死滅神。人を殺すことを許されている。だけどあなたはただの従者。人を殺すことを、私は許していない」

「……なら! ならこの怒りは……復讐ふくしゅうは! 誰に向ければいのですか?!」


 メイドさんが怒りの感情をあらわにして私に詰め寄る。こうして彼女が怒りの感情をあらわにしたのは、多分、別荘で言い合って以来じゃないかしら。珍しい光景に、ポトトも、サクラさんも、ユリュさんも驚いたように目を見開いている。ただ1人、リアさんだけは、心配そうに私たちを見ていた。

 もちろん私も、なるべく感情的にならないように、観察と言葉選びに努める。


「あなたの怒りも、復讐も。私に向ければいいのよ」

「……? どういう意味ですか?」


 ほとんど睨みつけるように、私を見るメイドさん。


「あなたの大切な人を殺しておいて、のうのうと生きている。そんなマユズミヒロトが許せない。殺したいほど憎いのでしょう?」

「……ええ」

「だけど、死は私の物。フォルテンシアに生きる何人なんぴとにも、自身が生きるため以外の殺しを許していない」

「はい、ですが……」

「なら、やっぱり私を恨むしかないじゃない。あなたはマユズミヒロトを殺したい。だけど、私が居るせいで殺せない。なら、私を恨むべきでしょう?」


 順番に言って聞かせた私に、メイドさんは眉を寄せて、ためらうような素振りを見せる。


「大切な人を殺した人が生きている現状を許してしまっているのは、私。だから、あなたは、不甲斐ない私をうらめばいい。にくめばいいの。その憎らしさをもって、私を殺してくれても構わないわ」


 そう。少なくともフォルテンシアにある全ての復讐心は、私の不甲斐なさに起因しているものだ。普通は各国の優秀な衛兵さんと法律によって裁かれる。罰があるから、人々は大切な物を奪った存在に対して、ある程度心の整理が出来る。だけど、法律も完ぺきじゃない。タントヘ大陸のように、そもそも法律がない場所だってある。


 ――だから、私が居る。


 人々が裁けない悪を、フォルテンシアに仇なす存在を、殺して回る私が居る。どうしても晴らせない無念を討ち果たし、遺族を救済する者。それが、死滅神だ。


「メイドさん。あなたには、私が居るの。マユズミヒロトを私の前に連れてきなさい。そうすれば、必ず、しかるべきつぐないをさせるから」


 もちろん、ここは生誕神のおひざ元であるウーラだ。法律を含めてフィーアさんが全て管理している。だから、まずは彼女に処遇をゆだねることになる。そう説明した私に、メイドさんは食い下がった。


「もし生誕神様がマユズミヒロトを許すようなことがあれば、どうするのです?」

「フィーアさんを説得するしかないわね」

「……それでも生誕神様が考えを改めないとしたら?」

「そんなの、決まっているじゃない。私が、フィーアさんを殺すわ」


 もしマユズミヒロトが外道だったとして。何かしらの理由でフィーアさんがマユズミヒロトを許すのだとしたら、私がフィーアさんを許さない。何も、フィーアさんだけじゃないわ。もし悪人を許すような国家――フォルテンシアの敵――があれば、私がその国の法律を取り仕切る存在を殺す。それもまた、死滅神の役割だもの。


「でも、フィーアさんはきっと強い。私1人では太刀打ちできないでしょうね。だから、その時は……言わなくて良いかしら?」


 やれやれと、私が片目をつむってみせれば。


「……。……かしこまりました」


 ようやく、表面上はメイドさんが引き下がってくれたのだった。それでも、下を向いて、納得し切れていない様子のメイドさん。そんな彼女に、私は背伸びをして、頭を撫でてあげる。


「……お嬢様? 何を、しているのですか?」

「いいえ。自分の感情を抑えて、私の指示に従おうとしてくれる。そんな優秀な従者に、こうしたくなっただけ」


 私自身も分からない感情に従って、メイドさんの柔らかい白金の髪を撫でる。この、感謝と好きがない交ぜになったような気持ちは、なんて言う感情なのかしら。ただ、私はメイドさんを誇りに思っていること。大切に思っていることが伝われば、それで良い。そう思って、彼女の頭を撫でる。


「この抑えきれない気持ち……。なんていうのかしら?」

「そんなの……。わたくしに、聞かないで下さい」


 私の問いかけに、そっぽを向いてしまったメイドさん。だけど、彼女が私の手を嫌がっている気配はない。


 ――メイドさんが良いのなら、続けましょうか。


 髪も含めて、彼女の頭に触れられる機会なんてそうそう無いものね。私が満足するその時まで、メイドさんは黙って頭を撫でさせてくれていた。

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