○勇者なんて待てない!
マユズミヒロトの情報が集まるまでの2日間。私は
「ふぅ……」
風邪を引いた時のぼうっとするような、そんな感じがずぅっと続いている。魔素酔いの時に似ているけれど、苦しくない。そんな状態の私の監視も兼ねた看病をしてくれているのが、リアさんとユリュさん、そしてポトトよ。
「スカーレット様、コップです。お水を飲んでください」
「ありがとう、リアさん」
リアさんが差し出してくれたコップに【ウィル】で水を入れて、飲み干す。他方、そうして水を飲む私の腕の中に収まっているのはユリュさんだ。普段海に住んでいる彼女の体温は低くて、熱に浮かされる私の身体を冷ますには丁度良い。
「死滅神様、いつも以上に熱いです……」
「心配しなくても大丈夫よ、ユリュさん。これくらいなら、慣れっこだから」
それでも私を心配してくれているのでしょう。ユリュさんが、自身の身体を私に押し付けてくる。ちゃんと、腕や足なんかの肌が露出している部分が触れ合うようにね。
「下着をつけてないから、スカーレットお姉ちゃんのやぁらかさが背中に……えへへ」
……まぁ、本人が迷惑がっていないのなら、しばらくこのままで居ましょうか。
部屋から出られない私は、フィーアさんが言っていた“魔王の友”への対策を考えることにする。
「名前は確か『リズポン』。ガルルのような見た目をしている動物だったかしら……?」
ベッドの上、私の腕の中に収まるユリュさんの「つ」の字に曲がった尾ヒレの間に、小さな机を置く。そしてその机の上で、紙にペンを走らせる。こういう時、ユリュさんの小ささはとても助かる。彼女を抱きながらでも、問題なく作業が出来るのよね。
「死滅神様、リズポンって何ですか?」
目の前で走り書きされたメモの文字を見て、紺色の瞳で見上げてくるユリュさん。
「あなたと一緒に行った迷宮があるじゃない? その奥に居るかも知れない、強い敵よ」
例え迷宮の奥に居なくとも、必ずフォルテンシアのどこかで生きていると見るべきリズポン。死滅神として、もしリズポンが人々に害を与える存在となった時、必ず殺せるようにしておかないといけないでしょう。
私は、フィーアさんと交わした会話を思い出しながらペンを走らせる。
「最大の特徴は、
魔王と最後まで一緒に居て欲しい。そんなフィーアさんの想いが込められた高い〈ステータス〉が、リズポンを攻略するうえで最も大切になる。フィーアさんから聞いた話だと……。
「レベルは70……。各ステータスが4桁手前、だったかしら」
加えて、強力なスキルをいくつも持っている。その中には当然、〈即死無効〉もあるのよね。性能はキリゲバと同じで、瞬きの間に『体力』が0になりそうな時に1だけ残して、その後一定時間、体力1の状態を保つという効果。
――キリゲバとの戦いでは、キリゲバのスキルポイントがなくなったおかげでどうにかなったけれど……。
リズポンが持つスキルポイントの量は、膨大だ。キリゲバを相手した時のように全員で攻撃を仕掛けて、スキルポイントを減らしたとしても。到底〈即死無効〉が使えないくらい疲弊さ《ひへい》せることは出来ないように思う。そもそも、各ステータスが4桁に迫るリズポンを相手に出来る人物もかなり限られる。
「それこそ、角族の人とか、長年生きた
「“勇者”様です」
考えを整理していた私の言葉を引き継いだのは、リアさんだ。私の望みがサクラさんをチキュウに帰すことであり、“異食いの穴”の攻略であることを知っているリアさん。彼女の中にある、数々の断片的な知識を貸して欲しい。そう、私は彼女にお願いしておいたのだった。
無地のTシャツに股下丈の黒いズボン。簡素な服に身を包んだリアさんが、ベッドの上にやって来る。そして、私とユリュさんの前に置かれた机の上にある紙を覗き込むと、
「“勇者”様です、スカーレット様」
紫色の瞳で私を見て、同じ言葉を繰り返した。
「そうね。こんな生き物を倒せるのって、勇者だけなのよね……」
“勇者”。それは、フォルテンシアに“魔王”が生まれたとき、“市民”を持つ人の中から無作為に選出される人々のことを指すわ。彼らは一時的に職業が“勇者”となり〈加護〉というスキルを持つ。この〈加護〉というスキルがとても強力で、所持者のステータスを数倍、数十倍にする。しかし、人々を圧倒する強大なステータスを得る代わりに、“魔王”を倒す使命を負う。そんな職業だった。
「問題は、魔王が倒されれば“勇者”の職業が無くなること……」
呟きながら、私は紙に絵を書いていく。そう、魔王が殺されると同時に、“勇者”はその職業をはく奪される。当然〈加護〉のスキルも失って、ステータスもごく一般的な物になってしまう。『魔王無き世に、勇者無し』。都合のいい救世主なんて居ないことを表す故事が言う通り、魔王が居ない現在、世界中のどこを探しても“勇者”は存在しない。
「フィーアさんの話では、次の魔王が生まれるのは30年後」
さすがにそこまで待つわけにはいかないわよね。迷宮に隠れたリズポンが何かの拍子で出て来た時に、対処できないでは困る。
「では、角族や翼族の人を集めます」
各手を止めた私を見て、リアさんが再び案を出してくれる。
「そうなのよね。だけど、角族も翼族も、そもそも数が少ないし……」
魔王を倒す時、勇者は大体4~6人の徒党を組んで挑むと聞く。同等のステータスをもつだろうリズポンを倒すためには、同じくらいの戦力が必要になるでしょう。で、少なく見積もって4人を集めるのに、どれだけ時間がかかるか……。
「ティティエさんと、ルゥちゃんさん。1年で、世界中を旅してようやく2人。しかも、そもそも2人が協力してくれるか……いいえ、協力できるかもわからない」
人にはそれぞれ職業があって、使命がある。フォルテンシアの脅威を排除するのは、私を含めた、ごく一部の人々の使命でしかない。リズポンの排除に協力したくても、職業衝動のせいで協力できない可能性も十分にある。
「異食いの穴に行った召喚者のほとんどが帰って来ていない。だから、中に何かがあったり、居たりすることは確実だと思うのだけど……」
異食いの穴には、絶対に召喚者に関する何かがある。そして、私が今持っている情報からすれば、それはリズポンに関わる何かである可能性が高い。
――協力してくれそうな召喚者の人を探す……? 固有スキルを持つ彼らだったら、リズポンを倒せるのかしら……?
あるいは、フィーアさんにリズポンを倒せるような生物を生み出してもらうのはどう? 〈即死無効〉さえなければ、私が触れるだけで殺せるんだもの。リズポンが生きているのも、言ってしまえばフィーアさんの落ち度。また近いうちに会いに行って、協力を仰ぐのも良さそう。なんて、考え事をしていたら。
「……すぅ、すぅ」
私の耳が、寝息を拾った。出どころを探って見れば、私の胸元でユリュさんが安心しきった顔で眠っている。
「ふふ、気持ち良さそう……くわぁ……はふぅ」
不思議ね。気持ち良さそうに眠っている人を見ると、自分も眠くなる。もともと熱っぽかったのも、あるかもしれないけれど。
「スカーレット様、眠りますか?」
「ん、そうね。考えを整理するためにも、お昼寝しようかしら。少ししたら起こしてくれる?」
「分かりました。では……」
そう言って、リアさんはベッドの上にあった机をどけた。続いて、優しい手つきでユリュさんをもう1つのベッドへと運んで布団をかぶせてあげる。てきぱきとした動きは様になっていて、頼りなさはもう感じられない。
――もう、リアさんは立派な大人なのね……。
チクリと痛んだ胸を無視して、私が布団をかぶってベッドに横になろうとした時。
「リアも一緒に眠ります。スカーレット様はぐっすりです」
そう言ったリアさんが、私と同じ布団の中に潜り込んできた。
「……まさかリアさん、私と一緒に寝るために、机とユリュさんを移動させたの?」
「はい。リアは、スカーレット様と一緒に居たいです。……嫌、ですか?」
眉をほんの少しだけ下げて、不安そうに聞いてくるリアさん。彼女は、料理、掃除、洗濯、買い物と、メイドさんが居ない間の私のお世話をしてくれている。そんな恩人のお誘いを断るほど、私は恩知らずではない。
「……そうね。それじゃあ、一緒に眠ってくれる?」
布団に入った私を、リアさんが優しく抱きしめてくれた。彼女の甘ったるい匂いが私を包む。フィーアさんの爽やかな構想のような匂いとは全然違うのに、似ていると感じてしまうのは、フィーアさんとリアさんのつながりを知ってしまったからかしら。
――まぁ、今はそんなこと、どうでも良いわね。
肉体的にも、精神的にも、優しく全てを包み込んでくれるリアさんの腕の中で。職業衝動の熱に侵される私は、静かに目を閉じる。すると、どうしてかしら。忘れていたはずの
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