○生物の理想郷

 “異食いの穴”に居る魔物が魔王の友人として生誕神自ら生み出した最強の生物だと分かった、その後。生誕神としての務めがあると言ったフィーアさんと別れて、私たちは生命いのちの大樹の足元まで移動していた。

 大樹を中心として、円形に造られたウーラの町。各区画を区切るのは、高さ100mはありそうな巨大な木の根っこだ。それがざっくりとウーラの町を8分割していて、それぞれが区画になっている。


「ここで、フィーアさんが手ずから生み落とした生物たちが暮らしているのね……」


 この、人が住む区画を含めて。同じようなドームが、あと6つもあるらしい。私たちが最初に居た草原ドームの他には、砂漠、森林、海洋、湖畔、山岳。それぞれの気候や住処を再現したドームがあって、生誕神は種の保存を行なう役割を持っているらしかった。


「自然の地形を丸々創り出しちゃう辺り、本当に神様だよね……」


 周囲の建物を物珍しそうに眺めながら、感心したように呟いたのはサクラさんだ。いま私たちが居るのは、人が暮らす区画の西方、商業区。その名の通り、買い物をしたり、宿泊したりできる場所。だけど、ウーラの町にある施設は、本来の役割に加えてもう1つ、大切な意味を持つ。それは、教育。生誕神によって新しく生み落とされた人は、目覚めたての私と同じ。最低限の知識しか持っていない状態で目覚める。そんな彼ら彼女らの常識、そして、心をはぐくむ役割が、ウーラの町にはあった。


「ここに在る施設以外にも、工場、畑、果樹園など。生み出された人物が自身の職業について学ぶことができる場所も、備わっているみたいですね」

「密閉されたドーム。気候も日照時間も、完全に管理されてる……。イーラとはまた違った意味で、完成された場所だよね」


 メイドさんの補足に、サクラさんが所感を口にする。進歩も退化も無ければ、争いもない。人が自由かつ平和に暮らせる町がイーラ。他方、ウーラの町は、徹底した管理のもと、人はもちろん、動物たちを含めたすべての生物が気ままに過ごすことができる。

 イーラとウーラ。人々の理想郷と、生物の理想郷。それぞれの町が、フォルテンシアのあるべき姿を表してくれているような気がした。


「……ところで、メイドさん。サクラさんも。少し距離が近くない? 歩き辛いのだけど」


 ウーラの町並みから目線を切った私は、私を挟むようにして歩くメイドさん、サクラさん両名をたしなめる。トィーラに乗って、この町に降り立って以降、2人は、明らかに何かを警戒する姿勢を見せるようになった。思えば、最初のトィーラがやって来た時だってそうだ。


 ――2人がどこか殺気立っている……?


 敵意のないトィーラを見ても、すぐに迎撃してしまうくらいには、2人がピリピリしていた。


「えぇっと……。ウーラに居る“敵”はもう少し離れた場所にいるのだけど?」

「そうでしたか。とはいえ、警戒を怠るわけには参りません」

「そうだよ。ひぃちゃんはいつ、誰に襲われてもおかしくないんだから」


 なんて言って、とても観光を楽しんでいるようには見えない。それは、宿を取ってからも変わらなくて……。


「お嬢様。安全が確認できるまで……明日、明後日は絶対に、外を出歩かないで下さい」


 と、いつになく厳重な申し付けをされてしまった。


「そう言われても……。距離があるからまだ弱いけれど、職業衝動を抑えるのだって楽じゃない。理由くらいは聞かせて欲しいわ? じゃないと、納得できない」


 軟禁される理由を知りたい。そう言った私の問いかけに、メイドさんとサクラさんが顔を見合わせて、難しい顔をしている。


「……言ってくれなきゃ宿の中で迷子になるかも」


 言外に、勝手に出歩いてしまうかも。そんな意味も込めて言うと、ようやくメイドさんが重い口を開いた。


「……実はこの町に、ご主人様を殺したやからが逃げ込んでいるのかもしれないのです」


 魔王の宿命を語るフィーアさんと同じ。感情を押し殺した声で、メイドさんが語る。


「フェイさんを?」


 私の確認に、今度はサクラさんが頷いた。


「そう。名前はマユズミヒロトくん。多分、何の恨みもないのにフェイさんを殺した、召喚者の男の子」


 なるほど。これなら、2人が警戒していた理由も納得できる。特に、メイドさんの方の先走りぶりの理由がね。どこで得た情報なのかは知らないけれど、メイドさんの仇敵に当たる人物が近くに居るかも知れないことを、2人は知っていたみたい。


 ――先のトィーラも、マユズミヒロトが関わる襲撃だったのかもしれない。


 そう考えたから、メイドさんはトィーラのくらを見ても攻撃を止めなかった。いいえ、人が乗るくらがあったからこそ、彼女は余計にマユズミヒロトの関与を疑って、攻撃しようとしたのかも。普段の彼女なら、キリゲバと同等の脅威を持つトィーラを迎え撃とうなんて考えないはず。まずは逃げる方法を考えていたでしょう。実際、キリゲバと戦うことについては、メイドさんはかなり消極的だったと記憶している。


「なるほど。いろいろ理解したし、納得したわ」

「今のお嬢様と違い、ご主人様は見るだけで相手を殺すことが出来ました。しかし、そんなご主人様をあの外来者は殺したのです」


 どんなスキルを持っていて、どんな思考をしているのか。拠点・居住場所は? 仲間が居るのならその人数は? などなど。そうした情報が集まるまでは、可能な限り外に出ないで欲しいと、メイドさんは言う。


「フェイさんを殺した理由も方法も、今のところ分かってないの。もしマユズミくんが『死滅神だから』でフェイさんを殺したんだとしたら、ひぃちゃんも殺されるかもしれない」


 だからしばらく、身を潜めていて欲しい。フォルテンシアの敵を殺す使命を、後にして欲しい。そうお願いしてくる2人。全員で泊まることができる大部屋を取ったのも、そのためだったのね。


「ええ、分かったわ。だけど、1つ。……特にメイドさんには約束して欲しいことがあるの」

「……なんでしょうか?」


 恐らくメイドさんも察しているだろうことを、私はあえて言葉にする。


「たとえマユズミヒロトを見つけても、殺さないで」

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