○魔王の話
「勝利!」
拳を突き上げる私の足元には、顔も含めて全身を
30分経った今、全身を軽く
「しゅかーれっと、しゅごしゅぎぃ……」
「私が1年かけて鍛え上げた
文字通り、生涯をかけて来たえて来たマッサージの技術。甘く見られては困るわね。
「……うん、本当に、気持ち良かった。本当に、
遊びはここまでと言わんばかりのフィーアさんが、けろっとした顔で起き上がる。さっきまでろれつが回っていなかったのに、この
その間にメイドさんにお弁当の片づけと、食後の紅茶、お菓子を用意してもらう。ついでに、汗っかきな私の汗でしょう。シミが出来ていたシーツを取り換えてもらった。
「お待たせ!」
服を、白のワンピースからTシャツと股下丈のズボンへと変化させたフィーアさんが、姿を見せる。表情は目を大きく、丸くして、口角も上げて、元気いっぱいな感じになっている。話し方もはつらつとしていて、また個性――フィーアさん曰く「キャラ」――を変えて来たみたいだった。
もう何度目か分からない。特に驚くこともなく、聞くべきことを聞いていきましょうか。
「さて、フィーアさん。異食いの穴に居る敵について、知っていることを教えてくれる?」
ポットから、赤い紅茶をカップに注いで、フィーアさんに差し出す。
「……言わなきゃダメ~?」
「だめ」
「う……」
「私にとって……。私たちにとって、とても大切なことなの。教えて欲しいわ?」
葉っぱの間から差し込む光で金色に輝くフィーアさんの目を見ながら、お願いする。正直、彼女にだんまりを決め込まれたら私としては打つ手がない。それこそ、再び
「……怒らない?」
「内容次第ね」
「スカーレット、正直過ぎぃ!」
「正直であることが、私たち“神”の名を冠する存在の使命だと思うわ」
「それは、そうなんだけど~!」
両手をぶんぶん上下に振って、迷いを表現するフィーアさん。けれど、しばらく瞳を伏せた後、ぽつりぽつりと話し始める。その口調は、本人曰く素である「くーでれ」。動物たちに話しかけていた、優しく、ゆったりとした声と話し方だった。
「ざっくり80年前……」
80年……。私はもちろん、ユリュさんも、メイドさんも。なんならフェイさんすらいないくらい昔の話。その始まりからして遠い目になりかけたけれど、きちんと話を聞かないと。
「アタシは、職業衝動に従って“魔王”を1人、生んだ」
「魔王……」
魔王。これまでの旅の中で聞く機会があったとすれば、タントヘ大陸の通称じゃないかしら。その名も『魔王領』。100年に1度、フォルテンシアに生み落とされる、魔物たちの王。基本的には知性の低い魔物たちだけれど、なぜか“魔王”の職業を持つ者の言うことは聞く。その習性を利用して魔物たちを統率し、人々を脅かす存在。それが、魔王だった。
「フォルテンシアを混乱させる反面、人々を団結させ、魔法を始めとしたあらゆる技術を発展させるために必要な悪。そうよね?」
「そう。他にも、フォルテンシア全土の魔物を統率して、人や動物たちに掃討させるためっていうのもある」
フォルテンシアにとっては生態系を乱す異常な生物……“敵”である魔物たち。私も近くに居れば殺しているけれど、惑星中に居る魔物たちを掃討するのは、正直、現実出来ではない。だから定期的に魔王のもとに集結させて、人族・魔族たちに殺させる。言い方があっているかは分からないけれど、フォルテンシアからすれば「大掃除」になるんじゃないかしら。
「当然、魔物によってたくさんの犠牲者が出る。憎まれ、恨まれ、殺されるためだけに生まれる。魔王は、そんな悲しい生き物……」
悔しそうな、やるせなさそうな表情で、顔を伏せるフィーアさん。あらゆる生物を愛するフィーアさんにとって、殺されるためだけに生き物を生む。その辛さは、私の想像なんかはるかに超えるものでしょう。
「あっ。ひょっとして、その魔王こそが異食いの穴に――」
“魔王”は100年に1度、必ず現れないといけない。だけどもし、100年後にも魔王が居たとしたら? 魔王を生み出す必要がなくなるんじゃないか。魔王を生み出すことに思うところがあったフィーアさんが、100年以上生きられる魔王を生み落として、異食いの穴に隠したのではないか。そう考えたけれど、
「――いいえ、違うわね……。前回現れた“魔王”は、確か、出現から8年後に“勇者”によって殺されたはず」
私の呟きを、首を縦に振って肯定するフィーアさん。
これは、歴史の生き証人ことギードさんから聞いた話の1つだ。各地で
ついでに、魔王と勇者のやり取りに、神と名の付く
「そして、“魔王”が現れれば、必ずフォルテンシアでは各地で“勇者”を持つ存在も現れる」
「勇者というと、魔王が持つ特別なスキル……〈死無効〉を突破できる、唯一の
魔王は、“勇者”の職業を持つ存在からの要因以外では、死なない。どれだけ高い位置から落ちようと。どれだけ強力な毒を飲もうと。殺すことが……死ぬことが出来ない。“魔王”は最後には必ず“勇者”によって討たれる。そういうふうに、決まっていた。
「勇者たちを、フォルテンシアの全生命が支える。……魔王に、勝ち目なんかない」
今度は淡々と、我が子の運命について語るフィーアさん。でも、だからこそ、彼女が理不尽な運命に殺される魔王への想いを必死に隠していることが伝わって来る。
――これが、生誕神フィーアさん……。
魔王と、フォルテンシアの住民たち。愛する我が子同士が殺し合うその様に
「だから、アタシは魔王に友人を作ったの。常に魔王の隣に立ち、最期の最期までそばに居る。そんな、最強の存在を」
彼女がフォルテンシアに生まれた命でもある魔王を思い、魔王のために友人を生んだと語るその優しさにも、納得できてしまった。
「“魔王の友”っていう新しい職業を作って、簡単に死なないように〈ステータス〉も盛って。死滅神に殺されないように〈即死無効〉も持たせて。強く、強くした」
“魔王の友”は、フィーアさんの予想通り戦いの最後まで生き残ったみたい。でも、魔王が勇者と対峙する、その直前で、フィーアさんも予想していなかったことが起きた。
「その子が、居なくなったの」
「居なく、なった?」
「そう。あたしの知る限り、倒されたという話も聞いてない。実際、勇者たちが魔王を話した話の中には、その子の話が出てこなかった」
確かに。私がギードさんから聞いた話でも、そんなに強大な相棒が魔王に居たなんて話、聞いたことがない。
「……まさか、よね」
タントヘ大陸は、魔王領とも呼ばれている。その理由はもちろん、大迷宮に魔物がたくさん居て、魔王が拠点とすることが多いからなのだけど……。
「もし生き残っていたとしたら、たくさんの人を殺す存在。必ず、スカーレットに殺すように衝動があるはず。でも?」
「ないわね……。例外があるとすれば、人知れず死んでいるか、あるいは……」
“魔王の友”が、フォルテンシアの目が届かない場所に逃げ込んだ可能性がある。そして、フォルテンシアの目から逃れることの唯一出来る場所と言えば……。
「迷宮ね」
エルラを始めとする魔素の濃度が高い場所の総称である迷宮だけが、私の死から逃れられる場所だ。そして、異食いの穴という名前の迷宮は魔王領タントヘ大陸の、その地下にある。しかも、かなり昔からね。消えた“魔王の友”と、その地下で長年放置されている迷宮。関わりが無いと思ったのは、私だけではないみたい。
「そう。あくまでも人々の敵として生み出されるだけの、心のない、ただの道具でしかないはずの魔王が。スカーレットの言った迷宮に、
サクラさんをチキュウに帰せるかもしれない異食いの穴。その最大の障害について、冷めた紅茶を口にしたフィーアさんが教えてくれたのだった。
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