○希望? それとも絶望かしら?

 高さ数千メートルはある、生命いのちの樹と呼ばれる巨大な木のてっぺん。直径500mほどの平らな盆地の真ん中で、お昼ご飯を食べながらフィーアさんとお話をする。今回は死滅神と生誕神の語らいということで、メイドさん達は少し離れた場所でお昼ご飯を食べていた。


「200年も生きていると、退屈なのよ。だからこの町に来た色んな人のまねをして、驚かせているってわけ」


 リアさんお手製の真ん丸おにぎりを食べながら、フィーアさんがこれまでの奇行についての弁明をする。


「最初に見せたのが、メスガキ。いまが、ツンデレ。スカーレットはどっちが好み?」

「どっちも嫌。動物たちに見せていたあなたの顔が、好みだわ」


 私がメイドさんお手製の三角おにぎりを食べながら言うと、フィーアさんが食べる口を止める。そして私を金色の瞳で上目遣いに見ると、


「見てたの?」


 少しすねたように言う。


「ええ、少しだけ、ね」

「……寝たふりしてたんだ。スカーレット、悪い子だね」


 もう一度、小さな口でおにぎりを食べ始めるフィーアさん。寝たふり、と言うと、そうなるのかしら。とりあえず、フィーアさんとしては素の自分というのを見られるのが嫌だったみたい。一度目を閉じたフィーアさんは、つんでれ? の顔になる。


「いずれにしても、アタシはあらゆる生物に愛されるように出来ているわ。いいえ、愛されなければならない。そのためには、人によって態度を変えなければならないってわけ」


 生誕神として。相手が求める像を演じて、愛されることを望んでいるフィーアさん。その姿勢、考え方は、リアさんの在り方とよく似ている。……切り出すとしたら、今かしら。


「ねぇ、フィーアさん。フェイさんが私たちホムンクルスを作ろうとしていたこと、知ってたんじゃない?」


 指についた米粒を舐め取って尋ねた私の問いかけに、フィーアさんはあっさりと頷いた。


「ええ。なんなら協力したもの」

「協力、と言うと、血肉を分けたとか?」


 私の確認に、フィーアさんは小さな顔を縦に振る。


「あの時……確か20年前くらいね。あの子……メイドの職業ジョブを“死滅神の従者”にして欲しいと言いに来たときに、実験の話を聞いたわ」


 その際、ちょうど長くて邪魔だった髪の毛を分けてあげたらしい。その長さ、50㎝。今のフィーアさんも腰まで届くかなりの長髪だけれど、当時は地面スレスレまであったそうよ。


「生誕神のアタシに、ホムンクルス……疑似生命体の話をするの。しかも、愛娘まなむすめ職業ジョブを決めるって言う頼みごとまでしておいて。本当に、不遜ふそんだと思わない?」

「まぁ、そうね……」


 生物としては、異質な生まれを持つホムンクルス。やっぱり、生物をつかさどる者として、フィーアさんも思うところはあったみたい。


「でも、あなたはフェイさんに協力した。どうしてか聞いても良い?」

「かっこよかったからよ。アタシ、世に言う面食いなの」


 けろっとした顔で、あけすけに理由を語るフィーアさん。


「半分だけど、アタシと同じ森人族の血が混じっていて。背も高くて顔立ちも良い。それに、目が良かったわ」

「目……?」

「そう。アンタと同じ、真っ赤な目。鋭くて、周りにいる人みんなを、諦めたように見る目。なのに、たまにとっても優しい顔をするの。そのギャップに、やられたわ」


 つまり、フェイさんのことが気に入っていた。だからフィーアさんは彼の実験に協力した、と。


「でも、フェイは絶対に自分が幸せになることを許さなかった。結婚だってそう。絶対にモテたのに、誰とも結ばれようとはしなかったわ」


 木の実の三連串さんれんぐしを食べるフィーアさん。事前情報としてお肉を食べないと聞いていた通り、フィーアさんは穀物だったり、木の実だったり。あとは卵、チーズ――牛乳を固めた物、だったはず?――を使った食べ物ばかりを食べていた。


「なのに、ある日あの子を『娘』って言って連れて来たの。は? ってなるわよね?」

「なるほど、だからメイドさんを……」


 言ってしまえば、フィーアさんにとってメイドさんは、恋敵との間に出来た子供だったということ。


「ホムンクルスだと分かってとりあえず溜飲りゅういんは下げたけど、あの子は嫌い。逆に、アタシとフェイの子供であるリアのことは大好き。愛していると言っても良いわ」


 リアさんを「アタシの」と表現したのも、そういった経緯があったみたい。フェイさんに結婚……子を成す意思はない。でも、自身の血肉を使ってホムンクルスを作ろうとしていることを知ったフィーアさんは、喜んで自分の髪を実験材料として差し出したわけね。


 ――でも、これでリアさんについて色々納得がいくわね。


 リアさんの見た目がフィーアさんに似ているのは当然ね。50㎝もの髪の束。量としては相当だったはず。結果、フィーアさんの特徴が、リアさんにも色濃く遺伝した。動物たちから愛される理由も、生誕神の血を貰っているからと考えれば納得は出来る。さらに言えば、リアさんにはフィーアさんの記憶それ自体があるのかもしれない。動物たちへの接し方も、相手の言動から様々な好みを推し量る技術も。フィーアさんが約200年かけて手に入れた物を、リアさんもまた持っているのかもしれなかった。


 ――でも、行動理念は少し違うのかしら……?


 さっき、フィーアさんは相手から愛されるために演じていると語った。一方でリアさんは、尽くすために演じている。フィーアさんが自分本位なのに対して、リアさんは尽くす相手に重きを置いているような気もする。ここは恐らく、ホムンクルスとしての性質が強く出ているのでしょうね。


 ――まぁ、夜這いをするときは、自分の欲望に忠実なのだけど。


 こう考えてみると、フィーアさんの考え方は私やユリュさんに似ている気がするわね。まずは自分があって、その次に相手がある。言ってしまえば、幼い。物事の考え方は見た目に左右される、なんて言うのは、どこで聞いたのだったかしら。


「そして私は死滅神。不老、つまりは、成長することができない……」


 考え方が、大人になることはない……? ともすれば、自分本位な考え方がさらに悪化していって、コトさんを始めとする、フォルテンシアの敵に似通った思考になっていく可能性だってある。あと、胸もお尻も大きくならないんじゃ……?

 気付いてしまった、衝撃の事実。絶望のあまりおはしを落としてしまう私。


「大丈夫よ、スカーレット。そんなちんちくりんな体でも、もの好きな人は居るはずだから」

「フィーアさんだけには、言われたくない!」

「そう? これでも私、10人くらい旦那が居たわよ?」

「……え?」


 更なる衝撃が、追い打ちをかけてくる。えぇっと……。色んな意味で、衝撃的すぎない? ルゥちゃんさんの比にならない、まさしく子供のフィーアさんが10回も結婚した? いえ、200年で10人は少な……やっぱり多いわよね。何より、このフィーアさんに求愛した人が居るということ?


「こんな、幼いフィーアさんに……?」

「ね? 世も捨てた者じゃないでしょう?」

「そう、ね。……そうなの?」


 これって喜んでいいことなのかしら。捉えようによっては、世も末なんじゃ……?

 このことを深く掘り下げると世界の深淵しんえんが見えてきそうだから、話題を変えましょうか、話題を。というより、どうしてこんな話になったのだったかしら。まぁ、良いわ。


「そういえば、フィーアさんに聞きたいことがあったの」

「何?」

「“異食いの穴”っていう迷宮を知っているかしら? どうやらその奥に、とっても強い敵が居るみたいなのだけど」


 これは、かすかに残っている“異食いの穴”の情報だ。思い出したのは私では無くて、メイドさん。どうやら異食いの穴の内部には強敵が居て、それを倒すことで「あちら」に行ける。そんな文言があったらしい。細かなところに気が付くメイドさんだからこそ、印象深く残っていたのかも。


「敵、と言われても……」


 私の言葉に食べる手と口を止めて、考える素振りを見せてくれるフィーアさん。彼女は生誕神だ。あらゆる生物について、知っていると聞く。ひょっとしたら何か情報を持っているかも。いいえ、持っていてもらわないと困る。そんな希望も込めて、私は出来る限り“異食いの穴”についての情報を話す。所在地はもちろん、出てくるときに記憶がなくなること。何人もの召喚者が帰って来ていない事なんかをね。


「ひょっとすると、死滅神わたしつの族の人でも倒せないような強敵かも知れないのだけど……」

「そんな生態系を乱すような生き物、いるわけ……あっ」


 不意に、フィーアさんが声を漏らした。この反応を見るに、間違いなく思い当たる節があったはず。だというのに。


「……知らない」


 フィーアさんはしらを切った。だけど、その声は落ち着いた低い声で、いわばフィーアさんの素の声。相当、動揺していることが分かるわね。


「何か知っているのね。吐きなさい」

「知らない」


 グイッと詰め寄った私に、それでもそっぽを向いて知らぬ存ぜぬという態度を見せるフィーアさん。


「……そう、それじゃあ、仕方ないわね」


 こうなったら、強硬手段ね。うやむやになっているけれど、あなたの失礼な態度に対する私の怒りは収まっていないの。四つん這いになって、ゆっくりとフィーアさんに歩み寄る私。もちろん、とうの昔にお弁当は空になっている。


「あ、アタシの方がレベルは上。スカーレットは、何もできない。攻撃も、無駄」

「そうね。今の私はあなたの200分の1しか生きていないもの。到底、ステータスで敵うはずもないわね」

「あは♡ だよね~♡ おねーさんの、ざぁこ、ざぁこ♡」


 余裕を取り戻してきたらしいフィーアさんが、めすがき? を演じ始める。……ちょうど、良いわね。私はあなたのその演技に、腹を立てたのだから。


「ふふ、ふふふ! 覚悟しなさい、フィーアさん!」

「ぷふっ♡ おねーさんがこのツヨツヨなフィーアちゃんに、何かできるわけないし♡」

「私は死滅神。大丈夫よ、心配しなくても、すぐにかせてあげるから」

「……ふぇ?」


 今度こそ、始めましょうか。教育わからせの、時間をね。

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