○ついて行っちゃ、ダメ?
7月の25日目。ウルセウからイーラに戻って来た翌朝、朝食を済ませた頃。
「お嬢様。1週間ほど、お暇を頂いてもよろしいでしょうか?」
出会ってから初めて、メイドさんから休暇を貰いたいというお願いがあった。突然の出来事にしばし言葉を失ってしまったけれど、そもそも私に彼女の行動を縛るつもりなんてない。実際、彼女以外の死滅神関係者はそれなりに好き勝手してるわけだし。
「別に良いのだけど……。何かあったの?」
「はい、サクラ様と共に、カルドス大陸へ所用を済ませに向かいます」
「えっ、サクラさんまで?!」
私を置いて、メイドさんと、サクラさんが、2人きりで旅行……ですって? 確認のために邸宅2階、私の寝室の隣にあるサクラさんの部屋を尋ねてみると、
「あ、うんそれ、ほんと。ちょっとメイドさんと一緒に行ってくるね」
ベッドの上で着替えの整理をしているサクラさんの姿があった。
「ど、どうして……」
「ちょっとお買い物とか、野暮用を済ませにって感じ」
どうして私を置いていくのか。これって、聞いても良いのかしら。……いいえ、メイドさんとサクラさんが最近になってさらに仲良しになっていたのは知っていた。特に、私とリアさんが浮遊島に居た(らしい)あの時期を境にして、かしら。
「もしかして、ひぃちゃん。
「なっ?!」
ベッドの上でニシシッと笑ったサクラさんの言葉を、否定しようとするけれど。どうしても、出来なかった。
「それは……っ! それは、当然、じゃない……。仲間外れなんて、嫌に決まっているわ」
別に、どんな時も一緒に居なければならない、なんてことは無い。むしろそんなこと、出来るはずもない。頭では分かっているのだけど、いざこうして仲良しでどこかに行こうとするメイドさんとサクラさんを見ると、気持ちがこう……もやもやする。これを嫉妬と呼ばずして、何と呼ぶのかしら。
「……おいで、ひぃちゃん。今日は三つ編みにしよっか」
脇にあった旅行カバンを地面に置いてできた空間をポンポンと叩いたサクラさんが、私を呼ぶ。私は吸い寄せられるように部屋に入って、サクラさんの隣に腰を下ろした。
ベッドの脇にある小棚から
「何を、しに行くの?」
「さっきも言ったように、お買い物とか、観光とか。そんな感じ」
丁寧に。私の髪の手触りを確認しながら。あくまでもこれといった目的のない、あえて言うなら旅行が目的なのだとサクラさんは語る。それなら、と。思ってしまった私は、サクラさんを困らせると分かっていながら、聞かざるを得ない。
「……ついて行っちゃ、ダメ?」
髪を
案の定、そんな私にサクラさんは嬉しいような、困ったような顔を浮かべる。だけど、やがてゆっくりと首を横に振る。
「ダメ、かな。今回は、わたしとメイドさんだけで行きたいから」
「……な、なんで? どうしてよ? わ、私を仲間外れにする理由は何? 私、何か嫌われるようなことしちゃったの?」
情けないと分かっていながら、それでも私は
自分が無神経であることは、分かっているつもりだ。どれだけ必死に考えても、自重しても、すぐに欲望に負けてしまうし、職業衝動に飲まれてしまう。だからきっと、今回も。自分自身が知らないうちにメイドさんとサクラさんに何かをしてしまったのでしょう。
「ううん。ひぃちゃんは何も悪くない」
「じゃ、じゃあどうして私を置いていくの?! なんで、どうして――」
――どうして、私がこうして落ち込んでいるのに、いつもみたいに抱きしめてくれないの?
本当に、今回は連れて行ってくれない。その絶望のせいでサクラさんの腕を掴む私の手の力が抜けて、柔らかなベッドの上に落ちる。それでもなお、私の正面に居るサクラさんは私を抱きしめてはくれない。ただ優しく、私の頭を撫でるだけだ。
「あはは……。ひぃちゃん、本当にめんどくさい彼女みたいになってるよ?」
「……せめて、理由くらいは、教えてくれないの?」
きっと、旅行だけなら私を連れて行ってくれたはず。ということは、必ず、旅行以外の目的がある。そしてそれは、メイドさんとサクラさんが「所用」「野暮用」と濁した部分でしょう。
私に明かせない理由、いいえ、私に明かさない理由なんて。思いつく限りだと1つしかない。
「……やっぱり、私を嫌いになった――」
「あ、それは無いから大丈夫。全然大好き。ひぃちゃんラブ。多分、メイドさんもそう」
嫌いになったのか。そう聞こうとした私の言葉を遮って、サクラさんが優しく否定してくれる。その間も私の髪を編む手は止めていなくて、彼女のはつらつとした茶色い瞳と目線が合うことは無い。……こうなったら、手を変えましょう。
一緒に行けないなら、行かせない、行きたくないと思わせる。
「……良いの? 私、放っておいたらすぐにだらけるわ? 部屋だって散らかすし、鍛錬だって手を抜くから」
「大丈夫。その辺りはリアさんがきちんとしてくれるし、ひぃちゃんが鍛錬に手を抜くことなんてない。だって、わたしと……メイドさんが居るから」
メイドさんの信頼を勝ち得るために、ひぃちゃんは手を抜かないよね? と、私のことを分かった風にサクラさんは言う。……まぁ、実際、そうなのだけど。
「……自分で言うのもなんだけど、私はまだまだ弱いわよ? もし私を恨み人に奇襲されれば、あっけなく殺されるわ?」
「それも大丈夫。ポトトちゃんが居るし、信者の人がそう簡単に信仰対象のひぃちゃんを殺させないはずだから。威厳にかけてね」
メイドさんと同じか、それ以上にわたしのことを知るサクラさん。何を言っても、すぐに言い返されてしまう。もういっそのこと、この前の命令権を使って「1週間一緒に居て!」なんて言おうと思ったけれど。
――結局、1週間経ったら行ってしまうでしょうね……。
何より、そもそもの話。私なんかがメイドさんやサクラさんの行動にとやかく言う権利なんて、これっぽちもないのだから。
その事実に気付いた時、ようやく、自分の中で折り合いがついてくる。
「そう……。もう私が何を言っても、無駄なのね……」
「あ~、また“自分なんか”とか思ってるな、この子は。言っとくけど、今回カルドスに行くきっかけは、ひぃちゃんなんだからね!」
私の髪を1本の三つ編みにし終えたサクラさんがようやく、私の目を見てくれた。そして両の手で私の頬を掴んだかと思えば、私の目端にあった涙を親指で強引にぬぐった。
「ひぃちゃんの言動1つ1つが、メイドさんとわたしをどれだけ振り回してるか、知ってる?」
「あ、う、ご、ごめんなさい……」
「謝って欲しいんじゃない! 私が言いたいのは、人は何とも思って無い人のために行動しないってこと!」
私の目をまっすぐに見て言うサクラさんは、少しだけ怒っていた。でも私には、なぜ彼女が怒っているのか、そもそも何を言っているのか、ピンと来ていない。
「つまり、わたしも、メイドさんも。ひぃちゃんが大好きだから、カルドスに行くの! ……分かった?!」
「私が好きだから、カルドスに行く……?」
「そうですよ、お嬢様」
と、その時、背後からメイドさんの声がした。
「……メイドさん。ノックくらいしてくれます? 今、取り込み中だったんですけど? わたし、多分かっこいいこと言ってました」
「きちんとしましたよ? にもかかわらず、お嬢様の相手にばかり気を取られてその音を聞き逃すなんて……。サクラ様もまだまだですね?」
私の顔を両手で挟んだまま抗議したサクラさんに、メイドさんが落胆をにじませてお小言を漏らす。
「はんっ。この間ひぃちゃんを見失った挙句ぅ? 骨折までさせた人がよくもまぁ、言えますね? 従者なのに」
「くっ……。人が気にしていることをぬけぬけと……。良いでしょう。カルドス大陸には
「その優しさ、ありがとうですけど、結構です。もうわたしは退かないって、決めましたから。だから2人がお仕事してる時も、情報収集してたわけですし」
私を挟んで前後で口論する2人。なるほど、イーラに来てからちょくちょくサクラさんが居なくなることがあったけれど、何か調べ物をしていたみたいだった。それが今回、カルドス大陸を訪れる理由になっている……? なんて考えていたら、背後から柔らかな感触が伝わって来た。
「メイドさん? 後ろから抱いてきて……どうしたの?」
「レティ。いつだったか、話しましたね。お嬢様が頑張っているから、人はあなたを見るのだと。サクラ様が仰っていることも同じなのです」
メイドさんが言っているのは、ポルタでお金の話をした時のこと……よね?
「え、嘘。この話、前にもしてたんですか?」
「ええ、まだ、どこぞの邪魔者が居なかったポルタで。レティと2人きりの時に。……二番煎じ、お疲れ様です」
「先に居たマウント、
サクラさんと言う通り、さっぱり話は見えてこない。その後も私を置いて、メイドさんとサクラさんの仲の良いケンカが続くこと、しばらく。
「えっと、私が同行できないのは分かったけれど。結局2人はどうしてカルドス大陸に行くの?」
私の問いかけにようやく2人は閉口する。そして、2人して目を見合わせた後。
「……ふむ、サクラ様。こちらの
「え、櫛をですか? なんで……って、あっ、なるほど。良いですよ」
そんなやり取りののち、背後から私を抱いていたメイドさんが私の目の前に櫛を持って来る。そして、もう片方の手に翡翠のナイフを持ったかと思えば、櫛を真っ二つに切断してみせた。
「これこそ。
「櫛を、切る事?」
「はい。
その言葉を残して、メイドさんとサクラさんはカルドス大陸へと向かってしまうのだった。……結局、何をしに行ったのかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます