○頼み事って、何かしら

 “破壊神”ギードさんとの語らいの中、私は彼の言葉に悔しさを感じた。その理由を尋ねてみると、ギードさんは死滅神である私にだから明かすと言って、悔しさのわけを語り始めた。


「言った通り、我は破壊神だ」

「ええ」

「だが、見ての通りもう動くことすらできない」

「ええ、そうね」


 ぱっと見はただの黄色っぽい岩でしかないギードさん。会ってから身じろぎひとつしないことからも、彼がもう、ほんの少しも動けないことには察しが付く。だけど、動けないことがどのようにして、ギードさんが隠し切れない悔しさへとつながるのか。私がその答えにたどり着くよりも先に、ギードさんによって解答が明かされる。


「動けない。それはつまり、我が手で、我が足で、使命を果たせないことを物語っているのだ、スカーレットよ」


 その言葉を聞いた時、私は今一度、自分の愚鈍さに呆れることになった。

 ギードさんは、私と同じで神を冠する職業ジョブ“破壊神”だ。フォルテンシアのために生き、死ぬことを使命としている。私がフォルテンシアにあだなす敵を殺すことで人々の命を守ることを生きがいとしているように。ギードさんはフォルテンシアに不必要な物を破壊することで、人々の文明・暮らしを守ることを生きがいとしていた。


 ――だと言うのに、動けなくなってしまって。ギードさんは自身の生きがいを奪われたも同然よね。


 だから、悔しい。フォルテンシアのために生きなければならないと言うのに、その使命を果たせない。ギードさんが初対面にもかかわらず、私に事情を明かしてくれた理由はきっと、ここにある。

 人々から、誰よりもフォルテンシアのために生きることを望まれる4大神という存在。その期待に応えられない無念さは、同じ神と名の付く職業ジョブを持つ者にしか分からない。


「何度も声が聞こえるのだ。アレを破壊せよ。コレを破壊せよ、とな。しかし、我は動けぬ。破壊神である我を求める民が確かに居るのだ。なのに、我は動けずにいる」


 そう言えば。創造神や生誕神については、ちらちら話を聞いたし、意識することはあった。だけど破壊神については、これまでの旅路で噂をほとんど聞かなかったように思う。間違いなく、神々の中で一番、人々に認知されている存在だと言うのに。

 でも、これで噂を聞かなかった理由に納得ね。ここ30年、ギードさんが表舞台に姿を現すことが無かった。いいえ、出来なかった。だから人々は破壊神の活動を目にすることが無くて、噂も立ちようが無かったというわけね。


「え、じゃあこれまで使命はどうしていたの?」

「従者であるシャスリルやゲンジュ、その他の従者たちに代行させてきた。だが、な……」


 触れれば、生物以外のあらゆる物をちりの大きさまで分解して自然に帰すことが出来る〈分解〉のスキルを持つ破壊神とは違って、シャスリルさん達は一般人だ。道具なんかの小さなものならまだしも、建造物なんかを破壊するとなると相応の労力と資金、人員が必要になって来る。それだけじゃない。触れれば一瞬でちりと化し安全に建造物を崩壊させられる破壊神だけど、一般人が同じことを行なおうとすると、綿密な計算と準備が必要で、時間もかかる。


「どう考えても、限界があるわよね……」

「その通りだ。それに、少し前。シャスリル達が傷だらけで帰って来たことがあってな……」


 なんとなくギードさんの意識がシャスリルさんに向いた気がして、私も祭壇の下に居るシャスリルさんへと目を向ける。今シャスリルさんは、無表情だったのが嘘みたいにだらしのない顔で、ポトトとユリュさんとたわむれている。多分、子供や動物が好きなのね。……まぁ人見知りのユリュさんは当然として、シャスリルさんの過度なふれあいにポトトも食傷気味な様子だけど。

 視線をギードさんに戻して、私は話の続きを聞くことにする。


「どうやら、我が命令した建物の破壊に、周辺住民から激しい反発があったようでな」


 それだけで、何があったのかはおおよそ察しがつくわね。ギードさんは言葉を濁したけれど、恐らく、攻撃されたのでしょう。私にとってはなじみ深い、石を投げられたり、暴言を吐かれたりとかね。

 自分のことなら、耐えられる。だけど、例えばメイドさん達が同じ目に遭っていたのだとしたら……。想像もしたくない。


「どうしたのかと聞いても『大丈夫です』の一点張りでな。その時になってようやく、我は悟ったのだ。このままではまずい、とな」


 シャスリルさん達も主人を心配させまいと上手く隠していたのでしょう。だけど破壊神の使命はフォルテンシア全土に及ぶ。何度も、何度も、何度も、何度も。使命を代行して疲弊する中、ついに隠し切れなくなった、というところかしら。そうだとしても、ギードさんが動けなくなって30年。つい最近までギードさんに気づかせなかったシャスリルさん達の忠義には、敬意を抱かずにはいられない。


 ――主人が従者を思い、従者もまた主人を思う。……理想の関係ね。


 私の至らなさのせいで築けずにいる関係を持っているギードさん達には、改めて尊敬と嫉妬をせずにはいられない。同時に、私は理解できてしまう。自身の使命を果たせていない。従者に代行させようにも限界があることを知り、あまつさえ愛する従者が傷ついていることを悟ったギードさんが、何を思ったかなんて。


「なぁ、スカーレットよ。“死滅神”であるスカーレットに我から1つ、頼みごとがあるのだ」

「……。……何かしら」


 私が行なうのは質問ではなく、確認だ。同じ、神の名を冠する者として。フォルテンシアのために尽くせなくなった自分が果たすべき最後の使命として、私が考えているものと同じなのか。

 空っぽになった紅茶のカップをそっと膝の上に置いて、私はギードさんを紅い瞳で見つめる。やがて、ゆっくりとした口調でギードさんはお願いを口にした。


「我を、殺してはくれぬだろうか?」


 自分を殺して、新たに生まれる破壊神に使命を託す。その内容はまさに、私が常日頃から考えているものと同じだ。使命を果たせなくなった時、私は自死して、次の死滅神へと使命を託す。この考えは、正しかったみたい。だって誰よりも長く生き、神としての使命を果たしてきたギードさんがたどり着いた答えなんだもの。

 それに、これで死滅神たる私との接見を急いだ理由が分かると言うものね。


 ――最初からギードさんは、死滅神に殺してもらうために。私をこの場に呼んだ、と言うことね。


 とにかく、役目を果たせなくなったら自死すべき。そんな自分の考え方が正しかったことに安堵しつつ、私はいくつか確認することがあった。


「シャスリルさん達はギードさんのその考えを知っているの?」

「ああ。傷だらけで帰って来たその日の翌日。我を殺すように命令した。だが、強く反対されてな。ゲンジュに至っては涙を流していた」


 ゲンジュさんと言うと、ギードさんを馬鹿にした私に真っ先に刃を向けた牙族の少年ね。戦闘狂なのかと思ったけれど、年相応に可愛い所もあるんじゃない。


「反対されているのね」

「心配せずとも、我を殺したところでスカーレットに危害が及ぶことは無い」


 どうしてそう言えるのか。そう尋ねると、信者と従者たちをまとめるシャスリルさんだけはギードさんの自死に理解を示してくれているからだと言う。


「シャスリルであれば上手く信者たちをなだめ、次代の破壊神を支えてくれることだろう」

「……そう。まぁでも、私が心配しているのは身の安全では無くて、破壊神の信者さん達の気持ちで――」

「少々、よろしいでしょうか」


 これまで私とギードさんの間だけで行なわれていた会話に、控えめに、第三者の声が割り込んでくるのだった。

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