○繋がる点が気持ち悪い……

「由々しき事態です」


 硬い表情でメイドさんがそう言ったのは、ジィエルに来て6日目の夜だった。場所はジィエルに居る間お世話になる宿『シャーラウィ』。1部屋1泊、素泊まりで8,000nの質的には中堅どころの宿屋になる。

 部屋はそれなりに広くて、2人で眠る大きなベッドが2つ。物を冷やして保存する小さな冷石庫れいせきこや簡易な浴室までついていた。

 いつになく真剣な顔で、情報収集について語るメイドさん。食事を済ませて寝間着に着替えた私とサクラさんはお互いに目を合わせた後、


「どうかしたんですか?」


 サクラさんが改めてメイドさんに聞き直した。


「まずは……そうですね。シロ様を売った商人を突き止めました」

「あら、良いことじゃない。情報を集めてくれてありがとう。それで?」


 メイドさんいわく、最初、商人がシロさんを売った相手……顧客について話すことは無かったらしい。だけど、エルラのオオサカシュンのお店で手に入れている裏取引の証拠と引き換えに、商人は顧客の情報を売ったらしかった。


「信用が第一の商人としては下の下と言うべきでしょう。人柄も、とても褒められたものではありませんでした」


 メイドさんとしては、もっとに情報を聞き出したかったらしい。だけど、強引な手法は使わないで、と言った私の言いつけをメイドさんが守ってくれた形ね。


「シロ様を買われた方の名前はチョチョ様。名うてのガラス細工職人の方でした」


 実はこのチョチョさんと私たちの間に因縁があることを、この後私は初めて知ることになる。


「お嬢様、サクラ様。リリフォンで私たちが予定を早めて出立したことを覚えていらっしゃいますか?」


 リリフォンで……? 記憶をたどってみると、確かにそんなことがあったような気がする。その理由を思い出そうとしていると、サクラさんが答えを言ってくれた。


「確か、ひぃちゃんとメイドさんがホムンクルスだってバレたんだっけ?」

「そうよ、思い出したわ! ササココ大陸だと人族以外は差別の対象になる。だから、私たちがホムンクルスだとバレたかもしれなくて、町を出たんだった」


 私とサクラさんの記憶に間違いがないことを確認して、メイドさんが続ける。


「そして、ディフェールルへと向かう道中。わたくしたちは賊に襲われましたね?」

「ええ、それははっきりと覚えているわ。ドドギアとその一味ね」


 あの時、サクラさんの胸で号泣してしまったんだもの。忘れるはずがないわ。


「その時に彼らが言っていたこと……お嬢様を『依頼品』だと言っていたことを覚えておられますか?」

「そう言えば……」


 そんなことも言っていたような気がする。私が狙いでメイドさんたちを巻き込んでしまった。そんな悔しい覚えをしたはず。だけどどうして今になってその話? 依頼品が私であることとどう関係が……。

 思考を巡らせる私よりも先に答えを導いたのは、あごに指を当てて考え込んでいたサクラさんだった。


「依頼品。ってことはドドギアさんたちは“誰か”に依頼された。……話の流れからして、そういうことですか、メイドさん?」

「はい、さすがサクラ様です。ドドギアに依頼した人物こそが、チョチョ様でした」


 なるほど、ここでリリフォンでの一件がつながって来るのね。そして、私を狙う理由なんて多くない。シロさんを買ったことから考えても間違いないでしょう。


「あの時からずっと、チョチョさんはホムンクルスを探していたの?」

「そのようです。さて、そしてもう1つ。お嬢様にとっては因縁の深いケーナ様の話をしましょう」


 ケーナさん? これまたどうしてここでケーナさんの話が出てくるのかしら。


「お嬢様、気になりませんでしたか? 国から異端として煙たがられていたケーナ様がお金のかかる研究を続けていたことを」

「いいえ、全く」

「ひぃちゃん、素直!」


 だけど、言われてみればそうよね。イチさんや私に掃除を任せて研究所にこもりきりだったケーナさんが、どうやって研究費用を稼いでいたのか。あれだけの素材や機材をそろえるにも、かなりのお金が必要だったはず。じゃあそのお金はどこから来ていたのか。


「……なるほど。チョチョさんはホムンクルスを探していた。つまり、そういうことね?」


 メイドさんが私の確認に大きく頷く。簡単な話で、チョチョさんがホムンクルスを研究していたケーナさんを金銭的に支援していたというわけね。ケーナさんとチョチョさんと知り合いということなら、そもそもの話。広いディフェールルの町で私とケーナさんが出会ったのは、必然だったわけね。

 そして、ケーナさんに出会った時に使われた何らかのスキルで、私がホムンクルスだということを確定させた。


「本当に最初から、私目当てで接触してきたのね……」

「はい。わたくしもケーナ様について調べる過程で初めて、チョチョ様の名前を知ることになりました」


 何かしら。この点と点がつながっていく感じ。……すごく、気持ち悪い。


「チョチョ様にとって恐らく予想外だったのは、ケーナ様がお嬢様を利用して新たな研究を行なおうとしたことでしょう。結果、研究所とイチ様というホムンクルスの完成体を失った」


 しかも、ケーナさんのせいで、研究所内に捕らえていた私をみすみす逃してしまった。後を追おうにも、私たちはアイリスさんの飛空艇『ミュゼア』で発ったばかり。あの時、急いでディフェールルを出た理由は騒ぎが大きくなる前に、だけでは無かったのね。むしろ騒ぎを利用して私を逃がすために、メイドさんは宝剣を使ってまでディフェールル政府に取引を持ち掛けたと見るべきだわ。もしかして別荘にかなり長く滞在したのも、雲隠れして行方をくらませるため……?

 どこまでがメイドさんの計算で、どこまでが偶然なのか、本気で分からなくなってきたわ。


「ではなぜ、最初、チョチョ様はリリフォンを訪れたのでしょうか?」

「リリフォンを訪れた理由……?」


 メイドさんの言葉で、私はあの霧深い町を思い出す。リリフォンの特色と言えば、屋内都市と排他的な人々の雰囲気。そして――。


「フォルテンシア随一の、ポーションの生産地……」

「はい。そして、人がポーションを求める理由など、限られています。その理由を探す過程で、由々しき事態が発生していることを突き止めました」


 ポーションを求める理由は、怪我を治したり、病気を治したりすること、かしら。だとしたらメイドさんが言う由々しき事態とは……。


「今、カルドス大陸では未知の疫病が流行しつつあるようです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る