○side:M ジィエルにて

 皆様、お久しぶりです。出来るメイドここに在り。「純粋可憐なメイドさんこと」メイドです♪

 ジィエルに入って2日目から早速、わたくしはシロ様の情報を集めるために動いておりました。胸を締め付け帽子を被り、肩に詰め物をして肩幅を演出。これにて情報屋『メイソン君』の誕生です。

 最初にわたくしが接触したのは、港の従業員の方でした。存分に〈魅了〉と〈交渉〉、〈隠密〉のスキルを使い、先日入港したはずの密航船についての話を聞きます。かれこれ3時間ほどでしょうか。


「そういやぁ、よぉ。この前見かけねぇ小型船があってよぉ」


 顔を赤らめた倉庫番の方から話を伺うことが出来ました。

 彼の話では、1週間ほど前。お嬢様がここ、ジィエルに着く6日前に当たる3月の2日目。不審な船があったということです。


「あ、はいが乾いていますね! ささ、どうぞどうぞ!」

「お~、あんちゃん、気前が良いな!」

「折角お話を聞かせてもらっているんですから、当然です! それで? 船の乗組員の方は?」


 声を低くして、メイソン君としてお酌をします。口当たりも香りも良いですが、酔いが回りやすいことでも有名な穀物由来のお酒。倉庫番の口はどんどんと滑らかになっていきます。そうして1時間ほど酌をして手に入れたのは、乗組員……シロ様と彼女を売った商人を手引きした方の情報でした。


「すぴー……。すぴー……」

「ふぅ……。次はその方に話を聞きましょうか」


 眠りこけてしまった倉庫番の方にタオルケットをかけて、わたくしは次の情報源へと向かいます。点から点へ。情報を集めるには根気と時間が必要です。しかし、時間をかけていてはメイドの名折れ。20あるメイド道にも『メイドたるもの。情報収集は常人の3倍で行なうべし。なお、手段は問わない』とありました。


「それでは、ごきげんよう♪」


 そうこうして情報を集めること、3日。3月の11日目。わたくしはついに、シロ様を買い、別の顧客に売った奴隷商人クシ様の所へとたどり着いていました。クシ様は長身族の男性で、全体的に細い体躯をしていらっしゃいます。顔は面長で細く、細い目にぴっちりと丁寧に整えられた黒い髪をお持ちでした。

 時刻はお昼。場所はジィエルにある高級な宿屋です。わたくしは自身の役職を利用するために、あえてメイド服姿でした。


「それで? 話とは何でしょうか、“死滅神の従者”様?」

「はい。実はあなたが売買した奴隷、シロ様についてお聞きしたいことがありまして」


 わたくしは早速、本題を切り出します。本来であれば相手が欲しがっているものや情報を聞き出すことから始めるべきなのですが、今回はもう既にいくつかクシ様が求めているものを持っています。


「シロ……。はて、誰のことでしょうか? そもそも私はしがない行商人。奴隷を扱った覚えは――」

「オオサカシュン。ポーション。そして、こちらを」


 いくつかの単語と共にわたくしが示すのは、オオサカシュンのお店で手に入れた顧客の名簿、および、売買の証拠です。正しくは可能な限り正確に再現した模造品ですが。本物はもちろん、カーファ様を始めとしたエルラの衛兵の方が持っていることでしょう。


「これと引き換えでどうでしょうか? 今頃エルラでは、衛兵たちがあなたとこの名簿を血眼ちまなこになって探しているでしょうね?」

「……なるほど」

「クシ様もご存知の通り、わたくしが“死滅神の従者”であることも、良くお考え下さい」


 恐らくお互いに〈交渉〉のスキルを使用しているでしょう。“商人”である以上、スキルの練度や効果については間違いなくクシ様の方が上。自分の方が不利であることを、わたくしはきちんと理解しておかなければなりません。

 私が示した名簿を糸のような細い目で見ていらしたクシ様ですが、


「……良いでしょう。ですがもちろん、条件があります」


 そう言って、取引に応じて下さいます。その後、いくつかの条件を飲んだうえでクシ様が開示したのは、シロ様を売った顧客の名前が『チョチョ』であることだけです。ですが、その名前は、実はとある理由からわたくしが警戒するべき人物として覚えていた名前でした。


 ――何の価値もない模造品を使って得た情報としては、十分でしょうか。


 最低限、欲しい情報は手に入れました。今回はこれで良しとしましょう。去り際、わたくしは単純な好奇心からとある質問をしてみます。


「そう言えば。どうしてクシ様はお気に入りの少女を奴隷という名目で売りつけたのですか?」

「……何のことでしょうか?」

「いえ。実はあなたにかなりの嗜虐趣味があるとお聞きしまして。なんでも、従順な少女を高値で買って、切り刻んだり、痛めつけたりしていたらしいのですが?」


 加えてオオサカシュンが持っていたポーションを買い取ってまで、シロ様を痛めつけていたようです。そう。クシ様は最初、シロ様を商人としてではなく個人として買い取ったようでした。

 しかし、フィッカスの町長から「ホムンクルスを探している上客が居る」という情報を得ると、真っ先に飛びついて、奴隷としてシロ様を手放した。


「一端の侍女でしかないあなたが、どうしてそれを?」

「シロ様を手放す前。最後に“お楽しみ”をなさったことが、どこかから露見したのでしょう」


 過激な趣味ゆえに、どれだけ配慮してもそれなりに“音”が漏れてしまうものです。そして、人の噂とはどうやっても広がってしまうもの。欲望を前にすると、人の警戒は驚くほどに緩みます。睡眠欲や食欲、職業欲を前にするといつも隙を晒す、どこかの可愛らしいお嬢様のように。


「個人的な興味なので、お答え頂かなくても結構ですが?」

「……まぁ、良いでしょう。お答えします」


 改めてシロ様を手放した理由を聞いてみると、クシ様は苦笑しながら教えてくれます。


「あの子はどれだけ痛めつけても、悲鳴を上げません。泣けと言えば泣きますし、痛がれと言えば痛がりますが、それではあまりに興醒きょうざめでした」


 平然とした顔でそんなことを言います。そっと軽蔑するわたくしの前で、クシは続けます。


「どれだけ痛めつけても、剣で腹を割いても。あの子は私をまっすぐに見て、笑って言うんです。『次は何を?』と」


 彼女はきっと狂っている。そう、クシは言います。シロ様のことが段々と怖くなってきた頃、彼はチョチョ様の情報を得たようでした。


「ちょうど特製ポーションも尽きていた。であれば、不要なものを必要としている人の所へ届けようとするのが私の商人としてのさが。支払いも良かったので、元を取るために売ることにしたということです」

「なるほど、意味が分かりません♪」


 理解したくもありませんね。本音を言えばこの場で切り捨てたいところですが「殺しはダメ!」とお嬢様に言われています。可能な限り言いつけに従うと約束した以上、守るべきでしょう。……ですが、もしシロ様がご主人様の造ったホムンクルスだった場合には、地の果てまでこの男を追いかけて、きちんと処理いたしましょう。


「貴重なお話、ありがとうございました」

「こちらこそ。貴重なポーションにキリゲバの羽、証拠隠滅の協力、ありがとうございました」


 取引の条件として差し出した物品を示しながら、笑顔でお礼を言ったクシ。彼と別れたわたくしは再びメイソン君になって、チョチョ様の情報を集めにかかります。


 ――それにしても、チョチョ様がここで関わって来るとは。


 およそ半年ぶりに聞いた名前には感慨深さすら感じてしまいます。お嬢様は忘れていらっしゃるようですが、出来るメイドであるところのわたくしは忘れていません。ドドギアの一味が発した『依頼品』という言葉を。


 ――チョチョ様の名前をお伝えしたことはありませんが……。


 ホムンクルスを探していた。だからこそ、霧深いあの町で、お嬢様を見ていたのですね。そして、追っ手まで差し向けた、と。加えて、ケーナ様の研究にも一枚噛んでおられたご様子。

 一体なぜ、そこまでしてホムンクルスを求めるのか。宝剣ヒズワレアと交換でディフェールル政府から聞き出していたチョチョ様の名前。彼の思惑を明らかにするのを楽しみにしながら、わたくしはジィエルの町へと繰り出すのでした。

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