○改めて状況を整理しましょう
長い前振りの後、メイドさんが語ったのはジィエル、そして、カルドス大陸全体を飲み込もうとする疫病の話だった。
「はい、質問です、メイドさん」
そう言って手を挙げたのは、ピンク色の寝間着を来たサクラさん。
「サクラ様。どうされましたか?」
「それこそフォルテンシアにはポーションがあるんですよね? 病気とかと無縁なのかなって思ってたんですけど……」
どうやらサクラさんは、フォルテンシアには病気がないのではと考えていたみたい。だけど、思い出して欲しいのは別荘でのこと。あの時、寒空の下で動き回った私はしっかり風邪を引いてしまった。
メイドさんも同じことを引き合いに出しながら、話を続ける。
「確かに、ポーションは存在します。しかし、それはあくまでもステータス上の『体力』の減りを軽減、あるいは取り除くものでしかないのです」
メイドさんの言う通りね。基本的に病気になると、ステータス上の『状態』欄に何かしらが付記される。〈病気/微小〉みたいにね。これによって、フォルテンシアに生きる人々は『体力』が減ったり、ステータスの恩恵が減ってしまったりする。
そんな時に登場するのがポーション。そもそもポーションは高濃度の魔素が溶け込んだ溶液のことを言うわ。ゼレアの花が持つ〈回復〉のスキルを活性化させて、飲んだ人の『状態』にある付記に作用する。『体力』そのものを回復させる効果を持つポーションもあったはず。
「ですが、風邪や病気は継続的に身体を
外傷であれば、適切なポーションを飲んで根本的な治療をすることが出来る。ポーションを飲んで『状態』欄にある〈怪我/○○〉を取り除けば、取り込んだ魔素を通じて身体も治ってしまう
だけど、病気はそうもいかない。この辺りはサクラさんの方が詳しかったはずだけれど、病気には目に見えない小さな生物が関わっていることが多い。ポーションはそんな生物たちに直接働きかけるわけでは無いから、時間が経つと同じ『状態』に戻ってしまう。
「例外があるとすれば魔素酔いだったり船酔いだったりで付記された〈病気/○○〉ね。ポーションを飲めばステータスの付記が取り除かれて、体力の減りが止まるわ」
……まぁ、気持ち悪さは残るし、原因を取り除かなければ――船酔いであれば船から降りなければ――また〈病気/○○〉になってしまうのだけど。他にも、オオサカシュンが持っていた特製ポーションならどんな病気もどうにかしてしまいそう。あれはフォルテンシアに存在してはならないくらいの、規格外の代物だもの。恐らく固有スキルで作ったもののはずだから、もう増えることは無いはずよ。
「じゃ、じゃあ病気になっちゃったら……」
「ポーションを飲んで時間稼ぎをする間に、適切な処置を
大体は安静にしている事しかできない。風邪だったらそれでどうにかなるけれど、メイドさんの口ぶりからして、簡単に治療出来るモノじゃないことは分かる。
「それで? メイドさん、今カルドス大陸で流行っている病気って?」
「巷で『狂人病』と呼ばれるものです。なんでも
「何それ、怖いわね……」
『状態』に〈病気/大〉が付記された後、時間をかけて『知力』が大きく下がって、感染者を攻撃的な性格に変えてしまうらしい。
「原因も、感染経路も不明か~……。あれ、結構それ、不味いんじゃ?」
「はい。まさに、由々しき事態なのです」
硬い表情で、改めてそう口にしたメイドさん。ポトトも眠ってしまっているし、部屋には沈黙だけが下りる。
「あ! ひぃちゃん。もしかして町に居た人たちの格好って……」
「格好? あっ、口の布ね」
「そう! あれ、マスクだったんだ」
私とサクラさんが思い出すのは、町で見かけた口元を布で覆っていた人たち。てっきりおしゃれだと思っていたのだけど、違う
「アイリスさんがジィエルを訪問した理由も『狂人病』にあったのかしら?」
「いいえ。さすがに疫病があると分かっていれば、
それについては、私の考えすぎだったみたい。ともかく、不測の事態が発生していることは分かった。シロさんのことは気になるけれど、今は自分達の身を……最低限、サクラさんとポトトの身の安全だけでも確保しないと。
「ひとまず、カルドス大陸から離れましょう」
「わたしも賛成。でも、多分ですけどメイドさん。この状況で船って……」
恐る恐る聞いたサクラさんの言葉に、メイドさんは大きく頷く。
「はい。探してみますが、恐らくカルドス大陸から出る船を受け入れる国は無いでしょう」
「そんな!」
なんて言ってみたけれど、当然と言えば当然よね。誰も好き好んで病気を自国に持ち込ませようなんて考えないはず。
「申し訳ありません、お嬢様。本来であれば、ジィエルに来る前に確認しておくべきでした」
メイドさんがベッドから立ち上がり、深々と頭を下げる。
「いいえ。シロさんの情報集めに注力していたんだもの。仕方ないわ」
それに、私たちがフィッカスを出た時点で疫病の話を知れたかどうかなんて分からない。アイリスさんが2か月前にジィエルを訪れることが出来ていたことから考えても。ここ最近で一気に狂人病が流行り始めたと見るべきでしょう。
カルドス大陸から出られないのなら、さっさと考えを切り替えるべきね。
「まずはもう一度、状況を整理しましょう」
色々な情報が押し寄せて来て、私の頭は一杯一杯。メイドさんへの確認も兼ねて、言葉にしながら現状を整理していく。
「大切なのは、ジィエルに来た目的でもあるシロさんの話よ。彼女が居るのはチョチョさんという人の所。彼は狂人病に
私の問いにメイドさんが首を縦に振る。
「シロさんを買った理由は今のところ不明。だけど、シロさんがホムンクルスであることに理由がありそう。これも合ってる?」
「はい。リリフォンでお嬢様を狙ったこと、ホムンクルスの研究を援助していたことからもそう考えるべきでしょう」
メイドさんが私の考えを補足する。
「ふむ。そして、狂人病をどうにかする時間を稼ぐ良質なポーションを買うために、チョチョさんはリリフォンを訪れていた、と」
チョチョさんからすれば、そうして時間を稼ぎながら今か今かと待っていた
「それにしても、チョチョさんって人。奥さんのこと愛してるんだね」
「どういうこと、サクラさん?」
「だってお金たっくさん使って延命措置して、グレーな方法まで使ってシロさんを買ったんでしょ? 奥さんを愛してないとそんなことできないと思うけど」
愛。それがチョチョさんの行動の根幹にあると、サクラさんは言う。
「愛……。愛、ね」
「どうかされましたか、お嬢様?」
私の中では愛が重いことで有名なメイドさんが、
「愛、ケーナさんの実験、ホムンクルスの作り方と使い方……。それが奥さんの治療法につながる……? あっ」
そうして言葉にして、ようやく。私は、とある結論にたどり着く。……なるほど。最大の手掛かりは私自身だったのね。手掛かりと言うか、答えだけれど。結局、愛を前にすると、どの人も考えることは同じなのかも知れないわ。
「メイドさん。チョチョさんの居所は分かっているの?」
「はい。明日、向かおうと思っておりましたが……」
それは好都合ね。
「じゃあ明日。一緒に行きましょう。サクラさんはお留守番ね」
未知の病気がチキュウ人であるサクラさんにどう影響するか分からないし、どうやって病気が広まっているのかも分からない。だったら、可能な限り感染の可能性を下げるべきよね。
「……むん」
私の言葉に「むぅ」と「うん」を合わせたような返事をしながら、渋々頷いてくれたサクラさん。私の言いたいことをきちんと理解してくれているみたい。
「それから、メイドさん。もう1つ確認なのだけど、アレはまだ残っているかしら?」
私の言葉に、メイドさんは「残り1つですが」と微笑んで答えてくれる。……良かった、私とメイドさんは同じ考えを持っているみたい。さっきまで気持ち悪かった点の繋がりが、今度はありがたく感じる。
「アレ? アレって何?」
「ふふ、内緒! ね? メイドさん?」
「かしこまりました♪」
「あ~! わたしだけ仲間外れ、良くない~! ……チラッ」
別に「アレ」が何か言っても良いのだけど、ベッドの上で駄々をこねるサクラさんが可愛いからこのままにしておきましょう。それに、女性は秘密を持っている方が良いみたいだし?
「これでもダメか~。じゃあ、こうだっ」
「きゃー!」
この後5分も続いたサクラさんのくすぐり攻撃で口を割らなかった自分を褒めてあげたいわ。
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※主人公「スカーレット」のイメージ画像がある近況ノートへのリンクです。ご興味がありましたら、覗いてみて下さいね。(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330655626113351)
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